第13話 救いの形
教会の外はすっかり暗くなっている。
空には無数の星が瞬いていて、先ほどまでの重い空気を忘れさせてくれた。
あたし――ミンテはくるりと振り返って、後ろに付き従っているセルピナさんの顔を覗き見る。
はじめて会った時から思っていたけれど、綺麗な人だ。
銀色の艶やかな長髪と、黄金の瞳。凛とした表情は大人びて見えるのに、話してみると意外なところで冗談を言ったり、お茶目な面を覗かせる。
こんな人が自死を選ぶなんて、どんな苦難があったのだろう。
……あたしも周りからはそう見られていたのかもしれない。そう思うと、少しは寄り添える気がした。
「どうしましたか?」
じっと見つめていたので、セルピナさんは怪訝そうに問いかけてきた。
ゆっくりと深呼吸をして、もう一度彼女に向き合う。
聞き方を間違えてはいけない。あたしは意を決して口を開いた。
「セルピナさん。何を隠しているんですか?」
無表情なセルピナさんが、僅かに瞳を揺らす。
「どういう意味でしょうか?」
「上手く言えないんですけど……セルピナさんの依頼は、ご自身の最期を望むだけではないと思ったんです」
核心を突いたつもりだったけれど、残念ながら彼女の顔色は変わらない。
でも、あたしの厄介な癖が働きかける。小さな挙動の変化を目ざとく見つけてしまう観察眼。
セルピナさんは、動揺すると手にした杖をギュッと握るみたいだ。顔ばかり見ていると気づかないけれど、少し力んでしまうらしい。
「勇者を始末してほしいと言ったセルピナさんの言葉に、嘘はなかったと思います。そして、その対象がご自身だというのも本当でしょう」
「はい。それで話は全てです」
「違いますよ」
言いながら、一歩セルピナさんに歩み寄る。
今度は分かりやすく、彼女の眉がピクりと動いた。
「暗殺対象の話をする時、セルピナさんは慎重になりすぎています。まるで、自分以外の誰かに言及しないよう言葉を選んでいるみたい」
「……」
相手の嘘を暴くあたしの悪癖。
いや、嘘というと大袈裟かもしれない。隠したい何か。そこに踏み込んでいく、お世辞にも褒められない特技を持っている。
「セルピナさんは自らの命を絶とうとしている。けど、もう一人――始末したい別の勇者がいるんじゃないですか?」
どちらも本当の望みなので、明確な嘘ではない。だから確信を持つのに時間がかかった。
セルピナさんは自分の死を口にすると同時に、別の人間を殺してほしいと考えている。
それが、旅の間その動向を観察し続けたあたしの結論だった。
「なんの根拠もない話です。気のせいではありませんか?」
「それならいいんです。でも、明日にはオルクさんが任務を遂行するんです。せっかくなら最期に全部話してみませんか?」
じっと彼女を見て、あたしは微笑みかけた。
根拠がないのは事実だ。ここで突っぱねられて対話が終わる可能性も充分にある。
それでも、願いを込めて見つめ続けることしかできない。
「……面白い子ですね、あなたは。それは女神の加護なのですか?」
セルピナさんがふっと息を吐き出し、観念したように肩の力を抜く。
「いえ。これはあたしの、生きるための知恵ってやつです」
「恐れ入りました。ミンテには隠し事ができません」
どうやら、話してくれる気になったみたい。
強情なオルクさんに胸を張って自慢したかったけれど、後回し。今はセルピナさんに問いかける。
「どうして他に始末したい相手がいるのに、オルクさんに自分の死をお願いしたんですか?」
「この依頼は、最初から私の死が最終目標です。もう一人の勇者に思うところもありますが、暗殺をお願いするつもりはありません」
勇者を殺してほしいという言葉には、その勇者への恨みが込められている。
だからといってオルクさんへ依頼をするつもりはなく、自分が死ぬことですべてを終わらせるつもりらしい。
あたしにはイマイチ分からない結論だった。
どちらにしても、あたしは旅の中で仲良くなった彼女の死を受け入れたくない。
「その勇者をどうにかして、セルピナさんが死なずに済む未来はないんですか?」
「あるかもしれません」
食い下がってみると、意外にもセルピナさんはあっさりと認めてくれた。
「なら……!」
「それでも、疲れてしまったのです。不死の力がある以上、今の暮らしを抜け出しても私は戦いを避けられない」
軍人を辞めて、トリストリア王国の目が届かない遠くに逃げてしまえばいい。
あたしはそんな風に思ってしまうけれど、セルピナさんは戦いの呪縛から逃れられないと考えているんだ。
表情はほとんど変化していないのに、セルピナさんは先ほどよりも弱々しく見える。
「そんな私を殺せる存在。オルクがトリストリア王国にやってきたという噂を聞いて、私は決断しました。この出会いは、私にとって救いだったのです」
「救い……」
その言葉に、あたしは胸の奥が締め付けられる。
意味は正反対だけれど、彼女もオルクさんにそれを感じているんだ。
「セルピナさんも、そうなんだ……」
「ミンテ?」
セルピナさんが疑問の目を向けてくる。
思わず口に出してしまった。どう説明すべきか悩む。
「あ、えーっと。その」
「ミンテも、オルクに救われたのですね?」
「は、はい。まあ」
過去のことはあまり思い返さないようにしているのだけれど。
セルピナさんは妙に食いつきがいい。あたしに向けて、柔らかい語調で話しかけてくる。
「二人に何があったのか、話してくれませんか?」
「え!? そんな、面白いものじゃないですよー!」
「いいじゃないですか。せっかくなら最期に、です」
「うぅ……」
先ほど告げた言葉をそのまま返されてしまった。
そう言われると弱い。
「聞きたいですか?」
「はい。冥土の土産です」
「それが嫌なんですよー!」
あくまでも死の手土産にするつもりなのが癪だ。セルピナさんには生きていて欲しいのに。
でも、いいかもしれない。
あたしはオルクさんと出会ったことで生きる決意ができた人間だ。それは間違いなく救いだった。
この気持ちが伝われば、セルピナさんの心を動かすことができるかもしれない。
「もう。仕方ないので、話しますけど」
「ありがとう、ミンテ」
村の中央にある、かつては噴水だったと思われるオブジェ。その石段に腰かけて、セルピナさんは話を聞く態勢をとる。
それを見て、あたしは過去に思いを馳せた。
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