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迷宮竜と不思議な動物園  作者: かっぺとM田
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第3話 最後の迷宮(レガ・レイラ)

王宮の門を抜けると、空気が変わった。

王都の喧騒は背後へ消え、代わりに静寂が広がる。

エスメラルダの案内に導かれ、王宮に入る。

広い道を抜け、地下へ、地下へと進む階段。

長い階段を下ると、大きな広間へと出た。

広間の奥には巨大な黒鉄の門が仰々しく構えている。

門の奥にあるのが最後の迷宮(レガ・レイラ)

由来は太古のエルフ語で最後を意味するらしい。

プレトンガルに残された、世界で最後の迷宮だった。

「……久しぶりだな」

思わず口から漏れる。

最後の迷宮に来たのは初めてだが、久しぶりの迷宮の空気を肺に吸い込み、郷愁を感じる。

門の前には上級冒険者がズラっと並んでいた。

エスメラルダが許可証を見せると、彼らは渋い顔をしながらも道を開ける。

俺は横を通り過ぎながら、鼻を鳴らした。

「フン、歓迎されてねェな」

「研究者というのは大抵歓迎されませんわ」

「絶対それだけじゃねェだろ……」

ようやく迷宮へ入る。

湿った空気。岩壁。懐かしい魔素(まそ)の匂い。

思わず深呼吸する。

肺の奥に魔素混じりの空気が入り込む。それだけで少し興奮する。

「で、まず何を探しますの?」

エスメラルダが『万能カンテラ』で辺りを照らしつつ、俺に声をかけた。同時に興奮から連れ戻される。

「ンン、……まずは弱ェ奴だな」

咳ばらいをして、自分の興奮を諫める。

そうだった。

俺はもう冒険者じゃねェ。

「弱い魔物?」

「仮に動物園作るなら、まずは生きたまま連れて帰らなきゃならねェ……とその前に基礎の確認だ」

カンテラを持ち、歩きながら続けた。

「……流石に魔素については知ってるよな?」

「もちろんですわ」

エスメラルダは即答した。

「迷宮内に存在する特殊なエネルギーですわね」

「あァ」

俺は頷く。

魔素。迷宮に満ちる、人間には作れない謎の力だ。

夜光草が光るのも。

魔物が普通の生き物じゃあり得ねェ能力を使うのも。

魔道具が動くのも。

全部こいつのおかげだ。

「人間にとっては便利な資源ですわ、このカンテラもその象徴みたいなものですし」

エスメラルダはカンテラを掲げながら指を指す。

「だが魔物にとっては空気みてェなもんだ、見ろ」

俺は壁に生えた苔を指差した。

一見すると普通の苔にしか見えねェ。

だがよく見ると淡い光を放っている。

これも名前こそ付いていないが魔物の1種なのだろう。

「迷宮の中じゃ植物も魔素を食う」

「ええ」

「虫も食う、獣も食う。だから魔物になる」

「魔素による進化、ですわね」

エスメラルダが手帳を見ながら言う。

「俺たち、人類が酸素に適応して地上で進化していったように、魔物たちも魔素を食べて進化していった……とかなんとか。詳しいことは俺には分からねェ」

肩をすくめる。

「だが……例えば狼が魔素を食えばホラアナオオカミになると言われてる」

「魚なら?」

「陸を泳ぐ魚、シャドウフィッシュだ」

俺は続ける。

「問題はここからだ」

迷宮の奥を見つめる。

「魔物は迷宮の外じゃ長く生きられねェ」

「魔素が足りないからですわね」

「あァ。俺たちが酸素が無ければ死んでしまうように、魔物も魔素が足りなきゃ死んじまう」

だから資源の保管が難しい。

生きたまま、捕まえることはできる。

問題はその後だ。

餌だけ与えても死ぬ。

檻に入れても死ぬ。

怪我が治っても死ぬ。

結局のところ、迷宮の外で魔素を維持できないからだ。

「だから今まで誰も作れなかった」

「魔物の動物園を、ですわね」

「動物園だけじゃねェ。牧場、資材置き場、言い方は何でもいいが……とにかく魔物の素材を迷宮に行かなくても入手する手段がどこにも存在しねェンだ。魔素を産み出す根源が分からねェからな」

俺の言葉に、エスメラルダのペンが止まった。

「……祖父も同じことを書いていましたわ」

「ツァボリータが?」

「ここに祖父の書いていた手記の写しがありますわ」

エスメラルダは手帳をめくる。

そこには古い筆跡を書き写した文章が並んでいた。字が汚くて、俺には読めないが。

エスメラルダが読み上げる。

「『人は魔物を利用する方法は研究している。しかし魔物を魔物たらしめる根源、』……」

「……」

「『すなわち魔素とは何か?』」

エスメラルダは手記を閉じた。

「……ここまでしか書いてないのです」

その時だった。

コツン。

付近で妙な音がした。

「……ン?」

長年の反射で剣の柄に手を掛ける。岩の影からしたようだ。

「嬢ちゃん、……少し下がれ。魔物だ」

エスメラルダはうなづいて、俺の後ろへと回り込む。

俺は音がした方向へゆっくりと近付いていく。

そして、岩陰を覗き込んだ。

「……は?」

思わず間の抜けた声が出た。

そこにいたのは巨大なカタツムリだった。

大人の拳ほどの殻、がひっくり返ってしまって中身が見えている。

手足らしきものが殻からはみ出し、必死に体を元の体制に戻そうとジタバタともがいているようだ。

「……なんだこりゃ」

俺は思わず呟いた。

魔物に襲われるかと思えば、目の前にいたのはひっくり返ったカタツムリらしき生き物だった。

「ミー!ミー……」

ジタバタするカタツムリから鳴き声が聞こえる。

「助けを求めているみたいですわ」

後ろから付けてきたエスメラルダがカタツムリの前にしゃがみ込む。

「ただひっくり返ってるだけだ」

「同じことでは?」

「違ェよ。上層の魔物に助けを求めるほどの知性は無ェ」

俺はため息を吐いた。

迷宮の魔物なんてものは基本的に危険だ。

弱い奴でも油断すると噛みつく。

毒を持つ奴だっている。

だから普通は不用意に近寄らない。

だが__目の前のコイツは。

あまりにも情けなかった。

「オオカタツムリだな」

仕方なく俺はしゃがみ込み、殻を軽く押した。

コロン。

あっさり元に戻る。

するとオオカタツムリはしばらく静止した。

急に何かに助けられ、困惑しているかのようだ。

やがて触角と目が融合したかのような器官がぴょこんと飛び出す。

左右へフラフラと揺れた後、ゆっくり俺の靴へ触れた。ビクっとしてすぐに触角と手足を殻に仕舞い込む。

「まぁコイツならアンタの実験にはちょうどいいかもな。見た通り無害だし、資源価値が無いから上級冒険者にも文句を言われんだろ」

カタツムリの貝を鷲掴み、エスメラルダの掌に置いた。

「可愛らしいですわ」

エスメラルダは目の前にいる魔物につぶやく。

「そうかァ?」

「ええ」

エスメラルダは目を輝かせている。

研究者の感性は分からん。

カタツムリはエスメラルダの掌の上でゆっくりと触角を伸ばした。

そして。

ぺたり。

エスメラルダの指先へ触れる。

「……ミー」

小さな鳴き声。

カタツムリはそのまま彼女の手をグルグルと這い始める。

敵意は全く無い。

むしろ妙に懐いているように見えた。

「随分と人を恐れませんのね」

「さっき資源価値が無いって言ったろ。コイツを狩っても金にならねェからな。だから冒険者もわざわざ狙わねェ」

俺は肩をすくめる。

「それに上層は魔素が少ない分、下層の強い魔物は寄ってこないし、過度な攻撃性が無くても生き残りやすいンだろ」

「この子、面白いですわ」

エスメラルダはそう言って顔を近付けた。

カタツムリも不思議そうに触角を伸ばす。

触角の先端が彼女の鼻先へ触れた。

「きゃっ」

「ハッ」

思わず吹き出す。

エスメラルダはムッとして頬を膨らませた。

「笑いましたわね」

「そりゃ、笑うだろ」

「失礼ですわ」

カタツムリは何が起きたのか分からない様子で再び鳴いた。

「ミー」

その間抜けな声に、また笑いそうになる。

笑ったのも久しぶりだった。

「で、どうしますの?」

エスメラルダが尋ねる。

「どうするって?」

「捕獲ですわ」

その言葉に俺はカタツムリを見る。

確かに条件は悪くない。

他の冒険者から狙われない。

危険性が無い。

研究対象としても扱いやすい。

何より__

「まァ、最初の1匹にはちょうどいいか」

俺は呟いた。

「でしょう?」

エスメラルダはどこか誇らしげだ。

まるで自分で捕まえたみたいな顔をしている。

「ただし」

俺は指を1本立てる。

「生きたまま、外へ出せるかは別問題だ」

「魔素ですわね」

「あァ。コイツが地上で生きられるなら、アンタの夢にも少しは現実味が出る」

逆に死ねば終わりだ。

魔物の動物園なんて夢物語だったと証明される。

エスメラルダもそれは理解しているらしい。

真面目な顔で頷いた。

「でしたら連れて帰りましょう」

「そうだな」

俺は腰の捕獲袋を取り出した。

昔、傷付けたくない素材を運ぶ時に使っていた布袋だ。

中へ柔らかい苔を敷く。

「ほら」

カタツムリを持ち上げて袋へ入れる。

最初は少し嫌がったが、苔に触れると大人しくなった。

「ミー」

袋の中から小さな声が聞こえる。

エスメラルダが覗き込む。

「名前を付けても良いですかしら」

「……名前を付けると死んだ時が辛いぞ」

「研究対象にも識別名は必要ですわ」

「......ま、好きにしろ」

エスメラルダは少し考えた後、

「『ル・カルコル』……そのままでは愛嬌が無いし……ルカルンはどうでしょう?」

と言った。

「ルカルコル?なんだそりゃ」

「古代エルフ語で『大きなカタツムリ』を意味します」

だがカタツムリは満足そうだった。袋の中から再び鳴き声が聞こえる。

「ミー」

「気に入ったみたいですわ」

「そうかァ......?抗議の声かもしれねェぜ」

俺は袋を肩へ担ぐ。

こうして、最初の1匹の魔物は、あまりにも間抜けな形で捕獲されたのだった。

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