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異世界酒場小話集  作者: 愛組
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小話27 「こうありたい」自分2

 頼んだ料理や酒が出てきて、男は包帯が巻かれた腕を動かす。黒い衣服に白地の包帯は目立つ。客達は「なんだか事情がありそうだ」と思い、気になっても声はかけず自分の事に集中する。

 その時だった。男が小さく呻き声を上げたのは。


「くっ、腕が」


 急に右腕を抑え、苦悶の表情を浮かべる黒い男。その姿に常連客の女が立ち上がって、男に近づいた。

「あんた。なんか、大丈夫?」

「え? あ、あぁ」

 声をかけられ顔を上げた男は、曖昧に頷く。その歯切れの悪い返答を聴きながらも、女は彼の右腕に視線を送る。じーっと見つめられている事に何を思ったのか、黒い男はその腕をずいっと女の前に突き出す。女は驚いて瞬くと、男は顔に笑みを浮かべて口を開く。

「これ、気になったのだろう?」

「まぁ、そうね」

 先ほどまでの苦悶の表情はなんだったのか、と問いたくなる位自信満々。女は次第に困惑していった。突き出していた腕を自分の眼前に引くと、己が腕を見つめる。



「この腕には、秘められし力が封印されている」

「……は?」



 突然の告白に女の目が点になった。

「時たま暴れまわって、激痛をが走るのだ」

「はぁ」

「このままではいけない、と旅に出たのだが」

 そう俯き加減で己の過去を語る、黒い男。しかし口元には笑みが浮かび、表情と言葉に温度差があった。そして。



「で? 本当は何なの?」

「え?」


 女の質問に、男は間の抜けた声を出す。その姿に女は大きくため息をついた。


「あんたは、冒険者を甘く見過ぎよ」

 女はそう告げると、彼の右手首を掴む。

「常に死と隣り合わせの冒険者が、嘘に気づかないと思ったわけ?」

「いや、その」

「本当に封印や強い力を持つ者は、そんな軽々しく自分の事情を話せない」

「 …… 」

「私が言った”大丈夫”は、大嘘を吐くあんたの頭ん中よ!」


 厳しく真剣みを帯びた瞳に、男の余裕の表情は搔き消え、みるみる顔が紅潮していく。顔の火照りに気づき、男は女の手から逃れ、顔を両手で覆う。



「うわぁぁ! ごめんなさい、こっち見ないで!」

「ちょっと」


 赤面して声を上げる男に、周囲から奇異の目が向けられる。女は慌てて視線を彷徨わせた。意を決して、酒場全体を睨みつける。

「見世物じゃないわよ!」





 しばらくして、黒い男は落ち着きを取り戻した。向かいの席に女が座わる。

「取り乱してすみません」

「それが素のあんた?」

「……はい」

 男はそう言って、真実を語り出す。


 彼は、弱気で恥ずかしがり屋な性格だった。けれども理想の英雄や、自身が求める姿を演じる内に、それが本当の己であると思い込んでしまったらしい。弱気な自分にフタをし、演じている自分を楽しんでいたのだ。だが、その見栄は本当に「ただの見栄」であったと思い知らされた。今この場で。

「なるほどね。確かに理想を演じる事で得られる物もあるわ。でも」

「でも?」



「演じてるだけじゃ、理想は超えられない。超える努力をする方が、得るものが大きいのよ」

「!!」



 その言葉が頭の中で染み込んでいくのを感じて、男は一瞬息を止めた。女は視線を外して、酒場を見渡す。

「ここにいる人達もそう。こうありたい、って言う自分と出会ったから何かしようと思った。私だって始めは、冒険者を知らなかったけど」

 服装や腰の獲物に手を触れ、女は笑う。



 そこへ皿を持ったマスターがやって来た。皿をテーブルに置くと、マスターが呟く。


「求めるなら、動け」

「は、はい!」

 

 マスターの言葉に、男の中で希望が芽生えた。


「あーあ。いいとこ、取られちゃったなぁ」




ーーーーー

 それから数年後。

 黒い男は英雄の1人として、その名を馳せた。語り継がれるその英雄譚の中には、こう伝わっている。

「神の如きその右腕で、彼の者は人を救う」と。

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