小話15 行き倒れの男3
「数多の野を越え、森を越え。立ちはだかる障害をくぐり抜けて来た!」
拳をぐっと握り込み、悲壮感を漂わよせる声音。自然と彼の声に引き寄せられ、聞き入ってしまう。
「ようやくたどり着いた、この街。心身共に疲弊し、指先1つすら震え出す程の極地。異国の人々からの不審な目。動くのも億劫な我が身に鞭打って、街を歩き始めた」
話が山場に差し掛かる。固唾を呑んで見守る客達。つい数分前の騒ぎが嘘だった様に、物音1つしない酒場。いつのまにか男の周囲に人の輪ができ、そこは彼の独壇場となった。
「しかし神の試練は、終わってなどいなかった」
向けられる視線をものともせず、自身が座っていた椅子に土足で上がる。皆の顔が一斉に上向き、男の語る話に期待を募らせた。そして。
「そう! 神が与えたもうた試練。それは、”財布を失くしてしまった事”だ!!」
『 ………… 』
長い沈黙。後。
「「 はぁぁぁぁぁぁ!? 」」
客達の声が同じ言葉を唱和した。
「おい! あそこまで期待させといて、なんだそのオチは!?」
「私たちの今の時間を返しなさいよ!」
秩序を失くし、男に向かう言葉のヤリ。だが男はなんのダメージも受けておらず、尊大に腕を組む。
「誰も英雄譚の話をしていない。正体を聞かれたから、そう答え、ここまで来る経緯を語ったまでだ!」
「むっ」
言われてみれば、彼の言う通り。別に彼が有名人な訳でも無く、予想外な展開を勝手に思い描いていたのは、自分達だ。何も言い返せない。そんな混乱する雰囲気の中、変わらない声が響く。
「椅子の上にあがるな。土足厳禁だ」
「あ、はい」
マスターである。
注意を受けた男は、そそくさと降りた。男は椅子に座り直すと、笑顔で言う。
「楽しかった! 人前で話すのは、吟遊詩人の醍醐味だからな」




