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小話⑩2つの顔を持つ男
貿易都市にある、とある酒場。
ここは、酒も料理も美味いと評判であり、多くの人で賑わう。勿論、オフの衛兵もいれば、冒険者も。それだけ色々な人が集まれば、自然と騒動も起こるものだ。
パンっと朝の店内で、乾いた音が響いた。
音の発生源は、入り口入って左奥のテーブル。2人の男女が座る席。女性側が憤って席を立ち、必死に抗弁を続ける男の横面を叩いたのだ。呆然と見上げる男性を尻目に、女性は目のふちに涙をためて酒場を出て行く。対して男は追いかける事無く、その場で俯いた。この都市では珍しい黒髪と、茶色の瞳。体の線は細くとも、ひ弱さは感じられない。
その「モテる」だろう容姿の美青年は、拳を握りしめ、嗚咽をこらえていた。おそらくなんらかの事情で振られたが為に。
それだけ見れば、日常で何度か見覚えあるだろう光景。他の客達も慣れているのか、大きな騒ぎに発展する事はない。だから気づかなかったのかもしれない。
「……ふはっ」
美青年の口元に、笑みが浮かんでいた事を。
嗚咽をこらえていたのではない。必死に笑いをこらえていた事を。




