9.突破
私は、解析班から借りた装置の前に座っていた。
研究室には私しかいない。机の上には、アルカリ処理前後の分析結果と、追加試験の計画書。
深く、息を吐く。
まずは、AM-12が本当に減少しているのかを確認する。そこからだった。
数日後。
追加試験が始まった。
薬効研究班、解析班、成分分析班。
複数の班が協力し、アルカリ処理前後の試料を再解析する。
私一人の仮説ではない。だからこそ、一人の結果で終わらせてはいけなかった。
同じ条件で試験を繰り返す。
測定方法を変える。
別の研究員にも解析を依頼する。
何度も検証が行われた。
そして。
結果は一致した。
「……違う」
報告書を見た研究員の一人が、小さく呟いた。
AM-12は失われていなかった。
アルカリ処理によって構造が変化し、別の形へ移行していただけだったのだ。
さらに解析班の報告によって、その変化後の成分こそが灰熱病への薬効と強く相関していることも明らかになった。
これまで有効成分だと考えられていたAM-12は、薬効の指標として利用されていただけで、本当の有効成分ではなかった。
私は報告書を握り締めた。
その日の定例会議。
会議室は異様な緊張感に包まれていた。
解析班の主任が立ち上がる。
資料が配られ、会議室に紙を捲る音が響いた。
「アルカリ処理後に出現した成分を分離したところ、灰熱病改善率との強い相関を確認しました」
ざわり、と空気が動く。
「薬効研究班の結果は?」
レオナルド統括が問う。
エルヴィンが立ち上がった。
「投与試験でも同様の結果が得られています」
以前より少し硬い声だった。
「変性後成分を用いた群では有効率が大幅に改善しました」
資料へ視線を落とす。
「現時点では、この成分が実際の薬効を担っている可能性が高いと考えています」
私は小さく瞬きをした。
数週間前まで、エルヴィンは『有効成分は失われた』という結論を支持していた。
けれど今は違う。データがそれを否定した。
研究者として認めるしかない。
レオナルド統括は頷く。
「異論はあるか」
誰も手を挙げない。
レオナルド統括は資料を閉じた。
「検証は完了したな」
「はい」
解析班主任が頷く。
「複数班による再現試験でも同様の結果を確認しています」
レオナルド統括は会議室を見渡した。
「なら次だ」
低い声が響く。
「変性後成分を前提に、製造工程を組み直せ」
その一言で方針が決まった。
そこから先は早かった。
研究班総出で検証が行われた。
変性後成分の抽出。
投与条件の見直し。
製造工程の再構築。
何度も失敗を繰り返しながら、それでも研究は前へ進んだ。私も保管条件や処理工程の調整に加わり、毎日のように実験室へ籠もった。
研究者たちは皆疲れていた。
それでも誰も止まらなかった。
そして。
二か月後。
最終試験結果が提出された。
有効率。
九十三パーセント。
会議室が静まり返る。
誰もが数字を見つめていた。
やがて。
「……成功だな」
レオナルド統括が言った。
その瞬間、室内から大きな息が漏れた。
肩を落とす者。
笑う者。
机に突っ伏す者。
数か月間張り詰めていた空気が、一気に解けていく。
私も資料を握り締めたまま動けなかった。
本当に終わったのだ。
灰熱病特効薬開発計画は、成功した。




