5.発見
その日の夜。
私は研究室に残っていた。
机の上には、アルメリアに関する文献と、実験動物の経過観察記録が広げられている。
根に毒素が存在することは分かっている。
(…どうやって無害化する?)
私はペン先で机を叩いた。
アルメリアの文献を何冊見返しても、有効成分の抽出方法ばかりで、毒素の処理についてはほとんど触れられていなかった。
私は椅子にもたれ、目を閉じた。
前世の記憶を辿る。なにか、なにか手がかりになるものはないか。
製薬会社で働いていた頃。似たような植物由来の毒素を扱ったことがある。確か、あれは花弁に含まれる成分だった。
そしてーー。
(アルカリ処理?)
私は顔を上げた。うまく思い出せない。植物の名前も、論文のタイトルも。
けれど毒素を失活させるために、アルカリ処理を行っていた記憶が、脳裏を過ぎる。
(アメルリア…薔薇科…)
その瞬間。
別の記憶が浮かび上がった。
学生時代。
薬草学の課題研究で、薔薇科植物の花弁色素の変化について調べたことがあった。
(その時に、確か…)
私は研究室の、棚へ向かう。
「S1-023……024……025…あった」
奥に押し込まれていた古い箱を引っ張る。
学生時代の、研究ノートだった。
懐かしい文字を追いながら、頁を捲る。
『薔薇科植物の花弁色素について』
植物分類。
成分分析。
色素評価。
そして。
『ベルローズ。』
私はその頁で手を止めた。
『花弁に微量の毒素あり。色素への影響は確認できず。アルカリ処理により花弁の変化を確認
』
「これだ…」
思わず呟く。もちろん、ベルローズとアメルリアは別の植物だ。だが同じ薔薇科である以上、共通する性質を持つ可能性はある。
(もし、花弁色素の変化が、毒素の失活だったら。もし、アルメリアにも同じ性質があるとしたら。)
ーー試してみる価値はある。
私は必要な箇所を手早く書き写し、ノートを閉じた。
その時だった。
ひらり、と一枚の紙が床へ落ちる。
(あ……)
拾い上げる。古いメモ書きだった。
『生育環境と温度による薬効有効率の分布について』
(懐かしい……)
それは、学生時代、仮説を立てて独自で調べていた研究内容だった。
ーーそして、何より。
『面白い研究だね』
そう言ってエルヴィンが興味を示してくれたテーマだった。
だからよく覚えている。
懐かしさに想いを馳せながら元の場所へ戻そうとして、私は違和感を覚えた。
七十八。七十九。ーー九十七。
頁番号が、飛んでいる。
何度か前後を見比べる。間違いではない。
数頁分が、ごっそり無くなっていた。
「……?」
当時の私は、薬草の有効成分について調べていた。植物ごとに決まった部位だけが薬効を持つ。それが当時の定説だった。
けれど私は、『生育環境や季節によって、有効成分の分布は変化するのではないか』という仮説を立てていた。
何よりエルヴィンが興味を示してくれたテーマだ。よく覚えている。それなのに、肝心の研究内容が書かれていた頁だけがなくなっていた。
製本部分には、紙を破ったような跡が残っている。
(こんなことしたっけ……)
しばらく考えたが、思い出せない。学生時代のことだ。整理の際に自分で破ったのかもしれない。
私は首を傾げながらノートを閉じた。
今はそんなことよりも優先すべき事がある。
アメルリアだ。
もしベルローズと同じような性質を持つなら。アルカリ処理によって毒素に変化が起きる可能性がある。
私は実験台へ向き直ると、新しい試験計画書を引き寄せた。
翌日から、私は空き時間を見つけては検証を進めた。
アルメリアの根を細かくすり潰す。煮沸の段階で、アルカリを使用する。
(毒素は…残ってる。まだダメだ)
アルカリ濃度を変える。処理時間を変える。加熱条件を変える。
空いた実験台を借りては、ひたすら記録を取り続けた。
数日後。
ようやく一つの結果が出た。
「……減ってる」
毒素反応が明らかに低下していた。何度測定しても結果は同じだ。私は思わず拳を握る。
(やっぱり…!)
仮説は間違っていなかった。アルカリ処理によって、毒素は失活する。前世は正しかったのだ。興奮したまま、有効成分の分析結果を確認する。
そして。
「………え?」
思わず声が漏れた。
有効成分まで、減少していた。
毒素は減っている。
だがそれと同時に薬効の核となる成分も失われている。私は何度も計算をやり直した。測定ミスではない。結果は変わらない。
毒素を消せば、有効成分も消える。
これでは、意味がなかった。




