表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

PR
4/12

4.兆候

その日の夜。


私は研究室に残っていた。机の上には文献の山が積み上がっている。


実験動物の観察記録。

アメルリアの根の成分分析。

過去の薬草研究。


何度も読み返しているうちに、胸の奥の違和感が少しずつ形になり始めていた。


(前世で似たような話を見たことがあるような気がする…)


根に毒素を持つ植物。

通常は問題ない。だが特定条件において、毒素が変質し、有効成分の働きを阻害する。そんな研究論文があったはずだ。


私は片っ端からアメルリアの文献を読み漁った。

しかし見つかるのは『アメルリアの根には微妙の毒素を含む』という記述ばかり。


毒素そのものについての研究はほとんど残されていない。


(もし毒素を無害化できたら…?)


有効成分の抽出効率が上がるかもしれない。


思いついた瞬間、私は立ち上がった。確証はない。それでも試してみる価値はある。気付けば簡易実験の準備を始めていた。



「…まだ残っているのか」


振り返ると、そこにはレオナルド統括が立っていた。


「統括」

「また文献の整理か?」


統括の視線は、机の上の文献へと落ちた。


「いえ、今回は違います」

少し迷ってから答えた。


「アメルリアの根に含まれる毒素について調べています」

「毒素?」

「もしこれが有効成分の働きを邪魔しているなら、無害化することで薬効率が上がるかもしれないと思って」


言いながら自分でも苦笑した。


「無害化できれば、の話ですが。それにただの思いつきです。検証するのは無駄かもしれません。」


「無駄じゃない」


低く、断言する声に、私は目を瞬いた。


「君は結果だけじゃなく、数字の裏側まで見て仮説を立てる」


レオナルド統括はもう一度文献の山を見下ろした。


「君にしかできない仕事だ」


胸が熱くなる。

エルヴィン以外の人に、研究を認められたのは初めてだった。


「ただ、」


レオナルド統括は、言葉を続けた。


「薬効研究班には伝えたのか?」


私は黙り込んだ。


「…まだです。個人の推測の域を出ないと判断しました」


レオナルドが眉を寄せる。


「一人で抱えるな。仮説でも構わない、共有しろ」


静かな声だった。


「ですが、まだ検証が…」


「研究は一人でやるものじゃない。君の仮説には価値がある」


統括は真っ直ぐ私を見て、言った。


「もっと周りを頼れ」


その言葉は、不思議なくらい温かかった。

できないから任せろ。傷つく前に諦めろ。

そんな言葉ではなく。

君の考えには価値がある。だから周りを頼れ。

そう言われたのは、初めてだった。



翌日。

私はまとめた資料を抱えて、薬効研究班の研究室を訪れた。


「エルヴィン、少しいいですか?」


机に向かっていた彼が顔を上げる。


「シェリー?どうしたんだい?」


私は昨晩まとめた文献を差し出した。


「有効率が上がらない原因として、少し気になることがあって」


「気になること?」


「まだ仮説の段階なんですが、アメルリアの根に含まれる毒素が、実験動物に見られる軽微な副作用の原因かもしれません。毒素が有効成分の働きを阻害している可能性はないかと」


エルヴィンは途中で口を挟まず、最後まで静かに聞いていた。


「…なるほど、面白い視点だね」


その言葉に、少しだけ力が抜けた。


「もし抽出前に毒素を無害化できれば、有効率が上がるかもしれません」


エルヴィンは資料を閉じた。


「ああ。ただ、今の段階で会議に持ち込むのは早いかな」


私は首を傾げた。


「なぜでしょうか?」


「仮説としては面白いが、個人の推測の域を出ていない。まずは僕が精査しよう」


エルヴィンは微笑んだ。


「期待だけ持たせて否定されたら、傷つくのは君だ。君のためにも、その方がいい」


そう言ってまとめた資料を手に取ると、エルヴィンは席に戻っていった。私はその背中を見つめていた。


『君の仮説には価値がある』


昨晩レオナルド統括に言われた言葉が脳裏を過ぎる。

私は無意識に、エルヴィンに渡した資料の控えに目を落とす。そこには昨晩まとめた仮説と参考文献、簡易実験の結果が示されていた。


(本当に、会議の場で共有しなくていいのかな…)


そんな考えが頭を過ぎった。けれどすぐに首を振る。

まだ結論は出ていない。今は結果を待とう。

そう自分に言い聞かせて、私は研究室を後にした。



後日、開発定例会議が行われた。会議室にはいつも通り各班の研究員が集まり、それぞれの進捗報告が行われた。


「次は薬効研究班だ」


レオナルド統括の声に、エルヴィンが立ち上がった。


「新たな仮説について、薬効研究班で検討を進めています」


私は思わず顔をあげる。

新たな仮説。その言葉に、胸が小さく跳ねた。


「薬剤に使用されているアルメリアの根には、微妙の毒素が含まれています」


会議室は静まっていて、全員がエルヴィンの声に耳を傾けている。


()()、この毒素が有効成分の働きを阻害している可能性に着目しました」


私は息を呑んだ。

それは、数日前に私がエルヴィンへ手渡した資料と、ほとんど同じ内容だった。


「この仮説を元に、我々は現在、毒素の無効化処理について検証を進めています」


数名の研究員が興味深そうに資料を捲る。


「毒素が薬効を阻害しているということか?」


「可能性のひとつです」


エルヴィンは落ち着いた口調で答えた。


(それはまた個人の推測の域を出ていない)


数日前に私に告げた時と同じように、同じ資料を持って、彼はその仮説を展開した。


「まだ検証段階ですが、有効率向上の手がかりになると考えています」


レオナルド統括の視線が、一瞬だけこちらに向けられた。


「…面白い仮説だな」

「ありがとうございます」


エルヴィンは静かに頭を下げた。そのやり取りを聞きながら、私は膝の上で手を握った。


研究は、共同作業だ。

仮説を共有した以上、薬効研究班の成果として扱われることは不自然ではない。

ましてや手柄を主張するような場ではない。


それなのに、胸の奥に小さな棘が刺さったような感覚だけが残った。


会議終了後、エルヴィンは他の研究員に囲まれていた。


「興味深い着眼点ですね」

「毒素に着目するとは」


私はその輪に加わることなく、そのまま会議室を後にした。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ