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3.違和

再試験の検討が始まった。


私は温度条件と精査と、保管条件の見直しを行った。仮説を立てた通り、アルメリアの根は抽出後の保管状態によって成分の変化が見られることが分かった。


最適な保管条件を見極めるため、私は実地実験を繰り返した。けれど、その道のりはけして順調ではなかった。


「シェリー、この文献の整理を頼めるかな」


「会議資料をまとめておいてほしい」


エルヴィンは薬効評価班で、候補薬剤の有効性を検証していた。本来なら、私は彼の補佐ではない。私に与えられた仕事は、温度条件の見直しと、保管条件の精査だ。

それでもエルヴィンは、以前と変わらず仕事を持ってきた。


文献の整理や会議資料の作成。

雑用と言えば雑用だが、無意味な仕事ではない。


「君が一番正確だから」


そう言われると、断れずに引き受けた。

断らなかった、という方が正しいのかもしれない。


彼の役に立てることは今でも嬉しかったし、それが当たり前になってきた。



その日の研究室には、もうほとんど人が残っていなかった。机の上には文献の山と会議資料。

ようやく最後の一枚に手をつけた時だった。


「まだいるのか」


顔をあげると、レオナルド統括が立っていた。


「統括…おつかれさまです」

「保管条件の報告書は進んでいるか」


「…すみません。まだ途中です」

「そうか」


レオナルドは机の上を見渡した。


積み上がった書類。薬効研究班の議事録。文献一覧。


「これは君の仕事か?」

「いや、その……」


答えに迷う。どれも必要ない仕事だった。研究に無関係ではない。だから悪いことだと思ったことはなかった。



レオナルドは小さく息を吐いた。


「今回、君に任せたのは保管条件の検証だ」

「…はい」


「ならば、まずはそれをやれ」


それだけ言うと、レオナルドは踵を返した。


去り際に一度だけ足を止める。


「君でなければ出来ない仕事を優先しろ」



その言葉は、不思議なくらい胸に残った。



次の日。


「ごめんなさい。今は保管条件の検証を優先したいんです」


そう告げると、エルヴィンは一瞬だけ目を見開いた。


「…そうか。たしかに君は、複数の仕事を同時に進めるのは苦手だったね」


優しい口調なのに、なぜか責められている気がした。


「以前も抱え込んで体調を崩しただろう?無理はいけないよ。保管条件の検証も、迷ったらすぐ相談するんだよ」



昔の私なら、素直に心配を受け取っていただろう。けれど、今は違う。


エルヴィンが一度も、『君ならできる』と言わないことに、もう私は気付いてしまった。



「はい」


私は短く答えた。

それ以来、エルヴィンから雑務を頼まれることはなくなった。




それから二ヶ月後。


私の提出した検証条件を元に、各研究施設で再検証した結果が出た。研究室は、朝からドタバタと忙しなく動いていた。


「急いでデータを整理しろ!」

「統計は出たか?」


私も紙束を抱えて資料の数字を見合わせていた。


レオナルド統括が、中央の長机に資料を広げろ。


「全施設分、揃ったな」


低い声が響いた瞬間、室内の動きがぴたりと止まった。


「温度補正をかけたところ、西武研究施設の有効率が七割を超えました」


一人の研究員が資料を見ながら説明する。


「研究施設毎のばらつきはほとんどありません。どの施設でも、有効率七割を超えています」



「環境差の問題は、解決と考えてよいな」


レオナルド統括の言葉に、安堵と納得が混じった空気が広がっていく。けれどその中で、統括だけは表情を崩さなかった。


「しかし、有効率は依然として基準に届いていない。」


(そうだ…七割程度では、期待値に届かない…)



「エルヴィン」

「はい」


「薬効研究班の進捗を報告しろ」


レオナルド統括の声が、会議室に響く。

薬効研究班の代表であるエルヴィンは、資料を手に取った。目の下には、薄い隈が広がっている。心なしか顔色も優れない。


(寝れてないのかな…)


私は心配そうに、彼を見つめた。


「候補薬剤の有効率について、報告します。有効成分の発現率は、理論値に届いていません。机上計算以外の原因があると考えていますが、まだ特定には至っていません」



「改善の見込みはどの程度ある」


「現在、追加投与条件と、抽出工程の見直しを進めています」


「分かった、引き続き進めてくれ」

「はい」


エルヴィンが席へ戻る。


薬効研究班は、ここ数ヶ月ずっと結果を追い続けている。有効率のばらつきは改善した。それでも、まだ足りない。


(何か見落としているものがあるのかな…)


昔からそうだった。

エルヴィンが困っていると、力になりたいと思ってしまう。

彼は初めて、私を評価してくれた人だから。


前世の記憶を思い出した今でも、その気持ちまで消えたわけではなかった。


私は、手元の資料へ視線を移す。



実験動物の経過観察記録。

食欲低下。

活動量の減少。

肝機能値の上昇。


どれも小さな異常だ。

研究員の多くは、それを副反応として処理している。


(……あれ?)


胸の奥に、僅かな引っ掛かりが生まれる。


副反応。

そう片付けてしまって、本当に良いのだろうか。


まるで、昔どこかで似たものを見たことがあるような。


そんな違和感だった。

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