第四話 偽物と呼ばれた聖女
エルミナ様が告発された。
その知らせを聞いたとき、私は紅茶のカップを落としそうになった。
「聖女エルミナの治癒は偽物である。通常魔法を使った詐欺行為として告発する」
告発者は聖光教会の鑑定士、ゲルハルトという男。
だが…告発の裏にいるのは大司教ヴェルナーだ、とハーゲン卿が教えてくれた。
「ヴェルナーは、エルミナ様を脅威と見ているのです」
ハーゲン卿が珍しく苛立った声で言った。
眉間にしわが寄っていて、彼が感情をここまで露わにしているのは珍しい。
「それはなぜなの?」
「大司教はエルミナ様が召喚される前、王国唯一の"神の代弁者"でした。
教会が運営する"神託裁定"……そう、貴族間の紛争を神の名で裁く制度の権限を独占していた。高額な裁定料を取り、教会の権威をそのまま自分の権力にしていた人物です」
「つまりエルミナ様は、ヴェルナーにとって単純に不利益なだけでなく…自分の嘘を暴く存在…ということ?」
「そういうことです。本物の奇跡を使える聖女が現れれば、ヴェルナーの奇跡が偽物だと知れ渡る。もちろん、神託裁定の信頼も落ちるでしょう……。ヴェルナーは地位と利権の両方を失いかねないということです」
「ヴェルナーがエルミナ様を潰す理由は十分にある…ということね。」
でも、もう一つ気になることがある。
クラウス男爵の裁判の後、あの男爵は「もっと上がいる」と言った。
あの事件の裏にいた上の人間と、今回ヴェルナーをけしかけた人物が、もし同一人物だったとしたら……。
考えているだけでは何も変わらない。
今はエルミナ様を守ることだけに集中しよう。
「もちろん、エルミナ様の弁護は私が引き受けます」
ハーゲン卿が頷いた。
まずはエルミナ様に弁護の報告に向かった。
エルミナ様は聖女の居室で、いつものように笑っていた。
でも、紅茶を持つ手は少しだけ震えていた。
「……エルミナ様。聞きました」
「はい。偽物って言われちゃいました」
笑っている。
でもその笑い方は、泣くのを我慢する時の笑い方だ。
私はもうそれを知っている。
「弁護は私がやります」
「……ありがとうございます。でも…リーゼロッテ様、もし本当に私の力が偽物だったら……どうしますか?」
「偽物じゃないから弁護するんじゃありませんよ。あなたが嘘をつく人じゃないから弁護するんです」
そう答えると、エルミナ様の目から涙がこぼれた。
さっきまで我慢していたのが全部出てきたみたいに。
「……ずるいです。そういうこと言われたら泣いちゃうじゃないですか」
「…泣いていいですよ、今は法廷じゃないですから」
それから、ハーゲン卿は若い男性を一人紹介してくれた。
「彼はフェルディナント・ブラント、今回から審判官補佐として加わります」
二十五歳くらいで、真面目そうな目つき。
どこかで見おぼえがあると思ったら、あの裁判で傍聴席にいたメモを取っていた男性だ。
彼が私に向かって小さく会釈した。
「あなたの弁論は、この国の法学書のどこにも載っていません……その弁護を教えていただけないでしょうか」
「教えるほどのことはないのですが……まずは裁判が終わってからなら」
「ありがとうございます、楽しみにしています」
わざわざここまでするなんて、きっと弁護に本当に興味があるんだろう。
変わった人だ。
まずは弁護前の証拠の確保だ。
「フィーネ。一つお願いがあるの」
「なんでしょう、お嬢様」
「教会の礼拝堂で働いている人たちに、こっそり聞いてみてほしいの、
あの日の夜——第一鐘ごろ、礼拝堂に出入りした人がいなかったか」
「……わかりました。使用人同士のほうが話しやすいこともありますしね、頼りにしてくださって嬉しいです、お嬢様!」
フィーネは明るく笑っていた。
でも、以前のようなただの弱い侍女ではなかった。
この子は、もう「言われたことをやる」だけじゃない。
あの裁判で成長したのは、私だけではなかったようだ。
そして、弁護の報告書と確認するため、エルミナ様の治癒を実際に見せてもらった。
聖光教会の礼拝堂で、エルミナ様が軽い擦り傷のある子供の手を治している。
エルミナ様が子供の傷にそっと手を当てた瞬間、金色の光が手から溢れた。
それは春の日差しのような暖かい光。
その光に包まれた後、子供の手から傷はきれいさっぱりなくなっていた。
治った跡には、うっすらと金色の残痕が残っていた。
告発側の鑑定士、ゲルハルトからの報告書によると「治癒現場に残された魔力は青緑色」だったという。
でも目の前の残痕は金色、報告書は青緑。色が全く違う。
報告書が嘘か、それとも現場で何かが起きたのか……。
改めて鑑定書をもう一度読んだ。
残痕の鮮度の欄には、極めて鮮明と書いてある。
鑑定書を何度読み返しても、「極めて鮮明」がどうしても引っかかる。
魔法の残痕については詳しくないけれど、十時間もたって極めて鮮明などありえるのだろうか?
でも、私はこの世界の魔法の専門知識は持っていない。
前世の経験だけでは限界がある。
ここはこの世界で詳しい人間に聞くべきか…
翌日、フェルディナントが分厚い本を抱えて訪ねてきた。
「教会の魔法学教本です。専門書なので正規の流通には乗っていませんが…
ハーゲン卿に頼んで、審判官の書庫から借りてきました」
「わざわざ……」
「弁護に必要なものは何でも揃えますよ、まだ教わる前ですが、これくらいのことは手伝わせて下さい」
彼が開いたページには、はっきりと書いてあった。
『魔力残痕は施術後、一時間ごとに約一割ずつ鮮度が低下する。十時間経過後の残痕鮮度は、施術時の一割以下まで低下する』
十時間後で一割以下。
それが「極めて鮮明」なんてありえない。
「……フェルディナント、あなた最高です」
「え?」
「いえ、なんでもないです。この教本、裁判まで借りていいですか?」
エルミナ様の治癒は昼の第二鐘ごろだったらしい。
でも、ゲルハルトが残痕を採取したのは夜の第一鐘。
約十時間後と、かなりの時間がたっている。
十時間後なのに"極めて鮮明……。
やっぱり、普通に考えたら薄れているはず。
つまりこの残痕は、エルミナ様の治癒の痕跡ではなく…採取の直前に、誰かが別に残した魔力ではないだろうか。
証拠の大まかな構造が見えた。あとは法廷で崩すだけだ。




