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第三話 二度目の断罪裁判

そして迎えた、二度目の断罪裁判の日。




大広間は前回と同じ場所だった。


でも今日は、景色が違う。


前回、私はあの真ん中に鎖で繋がれていた。


でも今は、被告人の隣に弁護人として立っている。




レーナが隣に座っている。重ねた小さな手が震えている…。


私は前回の自分を思い出した。

あのとき私も、こうやって震えていた。



「レーナ、大丈夫。手が震えててもいいわ、声さえあれば戦える」



レーナが顔を上げた。



「……はい」



小さいけれど、しっかりした声だった。



私は深呼吸をしながら、手元の書類に目を通していた。


ふと、傍聴席をみるとそこにはエルミナ様が来てくれていた。



エルミナ様はにこっと笑って、私に小さく手を振ってくれた。


……聖女がそこにいるだけで、胸の奥にある緊張が少しだけ和らぐ。



エルミナ様の隣に、見慣れない若い男が座っている。


真剣な顔で手元に開いた帳面に何かを書き込んでいる。

見覚えのない人物だけれど…裁判を記録するために来ているのだろう。




告発者のクラウス男爵が正面に立った。


五十代半ば、身体は細く痩せている。

鷹のように尖った鼻と、絶えず動いている落ち着きのない目。


姿勢は正しくしているようだが、その目は絶えず泳いでいる。



……この人、緊張しているだけじゃない。何かに怯えている。



この人は、何かに追い詰められてこの法廷に立っているんじゃないだろうか?


でも、だからといって…十五歳の子供を巻き込んでいい理由にはならない。




「では、これより裁判を始める。告発者クラウス男爵、告発の内容を述べよ」

ハーゲン卿が開廷を宣言した。




「我が家に代々伝わる希少宝石、月涙石が盗まれた件について述べよう。捜索させたところ、ミュラー商会の娘レーナの箪笥の中から発見された。……商人の小娘ごときに、貴族の家宝を盗まれるなど、到底許されることではない。厳罰に処していただきたい」



大きくはっきりとした声だけれど、なんだか台本を読み上げているような不自然さがあった。


それに、誰の顔を見ているわけでもなく、私とも目が合わない。そもそも、私の方を一度も見なかった。


何か理由があって、私を避けているのだろうか…それとも、自信がないということかしら?


告発に自信がある人間は、弁護人の目を見る。自分の主張に隙が無く、真正面から反論を受けて立つ覚悟があるから。


見ないのは、暴かれることを恐れている証拠だ。



「弁護人、何か質問はありますか?」


ハーゲン卿が私を見た。



「はい。まず、宝石がどのように発見されたかについて確認させてください」



私はレーナに軽く目配せした。事前に打ち合わせた通りだ。



「ではレーナさん。あなたの家のことを少し説明してもらえますか」



「はい。うちは商家なので、お客様は一階の応接間にお通しします。

応接間から奥は家族の生活する場所で……布や染料を扱うので、奥の部屋は板張りの床で、家族は室内履きに替えて生活しています。外の泥が商品につくと困るので」



これで傍聴席の人たちにも前提が伝わった。でも大事なのは次だ。



「ありがとうございます、では、宝石が見つかったあなたの箪笥について教えてください」



「はい、私は毎朝、箪笥の中身を整理しています。仕事で使う帳簿を入れ替えるからです。

でも事件の前日の夜に閉めたときには、何も入っていませんでした。でも翌朝開けたら……見たこともない宝石が中に入っていたんです」



「つまり、その宝石は前日の夜から翌朝の間に、誰かが箪笥の中に入れたということですか?」



「…そうなります」


レーナの証言を聞くと、周りがざわめき始めた。



「その間、あなたの部屋に入れた人物はいますか?」



「父と、二十年来の使用人のマルテだけです。それ以外に家の奥に入る人はいません。……ただ」



「ただ?」



「その日、クラウス男爵のお使いの方が帳簿の確認で来られて、応接間にお通ししたんです。でも私は二階の倉庫に帳簿を取りに行かなくてはならなくて……五分ほど、一階を空けてしまいました」



「応接間から、あなたの部屋までの距離は」



「……廊下をまっすぐ歩いて、1分ほどです」



五分あれば、歩いて宝石を仕込んで戻るには十分な時間だ。


ここで状況は整った。


でも、もちろん「使いの者が怪しい」というだけでは状況証拠にすぎない。


ここからは物的証拠で押そう。



「ハーゲン卿。一つ、物的証拠についてお見せしたいものがあります」



ハーゲン卿が頷いた。



「先ほどレーナさんが証言した通り、ミュラー家では居室は板張りの床で、家族は室内履きで生活しています。外靴で奥の部屋に入る人は、通常いません」



私は証拠として提出した布を広げた。

ミュラー家の廊下の板から転写した靴跡だ。



「ところが事件の翌日、レーナさんの部屋の前の廊下と、箪笥の正面の床に、外靴の土汚れが残っていました。応接間から廊下を通って、レーナさんの部屋まで一直線に続く靴跡です」



傍聴席がどよめいた。



「家族と使用人は全員室内履きです。外靴のまま家の奥に入った人物は、あの日二人しかいません。クラウス男爵と、そのお使いの方です」



クラウス男爵の顔がこわばった。が、すぐに声を上げた。



「た、たかが靴跡など……!レーナが…いや他の家の人間でも、自分で外靴を履いて歩いた可能性だってあるだろう!」



「レーナさん、あなたは自分の家の中で外靴を履くことはありますか?」



「ありません。商家では居室に外の汚れを持ち込むのは厳禁です。父にもマルテさんにも小さい頃から厳しく言われていて……」



そう、これは「商家の習慣」として根付いているもので、レーナが自分でやる動機がない。


それに靴跡の大きさを見れば、レーナの小さな足ではなく、大人の男の靴底だということもわかる。



「靴跡の大きさについても確認しています。レーナさんの足と比較すると、明らかに成人男性の靴の大きさです」



クラウス男爵が唇を噛んだ。

反論の言葉を探しているが、見つからないようだ。



ここで畳みかける。



「では次に、宝石の鑑定書について確認します」



私はハーゲン卿に許可を得て、鑑定書の写しを掲げた。



「クラウス男爵。この鑑定書は、盗まれたという月涙石のものですね」



「……ああ、そうだ。もちろん間違いない」


男爵の声から、さっきまでの勢いが消えている。



「この鑑定書の日付を、ここにいる皆さんにもわかるように読み上げていただけますか」



クラウス男爵が鑑定書に目を落とした。


「ああ、もちろん読み上げてやろう…第七月の…!?」


一瞬、動きが止まった。

日付に気づいたのだ。でも、もう遅かった。ここからごまかすことは到底できないだろう。



「……だ、第七月の……十二日だ」



「ありがとうございます。ではここでクラウス男爵に確認させていただきたいのですが……この宝石、月涙石の盗難届が出されたのは、何日でしたっけ?」



「……この月涙石の盗難書を出したのは……第七月の十五日だ」



「そうですね。皆さん…お聞きになりましたか?」



私は傍聴席に向かって言った。



「盗まれたはずの宝石を鑑定した日付が、第七月の十二日。

しかし盗難届が出されたのは第七月の十五日。つまり、盗まれたという宝石の鑑定書が……盗まれる三日前に急に作られていたことになります」



広間が静まった。

数秒の沈黙のあと、あちこちでざわめきが起きた。



「……盗まれる直前に、なぜ鑑定が必要だったのでしょうか?」



クラウス男爵の顔が強張っている。

唇が動いた。何か言おうとして、言葉を探している。



「そ、それは……以前から持っている宝石を鑑定に出していただけだ。家宝の管理として、当然のことだろう」



「なるほど。では、以前から鑑定していたのなら、この鑑定書より前に作られた古い鑑定書もあるはずですよね。でしたらそちらも見せていただけますか?」



「……」



「もちろん、ないんですね」



私は一拍置いた

。法廷の空気が張り詰めている。



「この鑑定書が唯一の鑑定書。家宝の定期管理のためではなく、この告発のために、本来の家宝とは違うものを家宝として、あらかじめ鑑定させて…盗まれたとした後に証拠として残しやすく作った……そういうことではないですか?」



「ちっ……違う!それは違うんだ!」



男爵が声を荒げた。追い詰められて語尾が崩れている。

さっきまでの貴族然とした口調はもう消えていた。



「いいや、たまたま日付が前後しただけの話だ……!鑑定書が先だったのは、そう、……偶然……いや、管理として……」



言い訳が支離滅裂になっている。もう一押しだ。



「ではハーゲン卿。最後に一つだけ、この宝石について確認をお願いしたいのですが」



ハーゲン卿が頷いた。



「法廷に提出されているこの宝石の重量を、秤で測っていただけますか」



書記官が精密秤を持ってきた。

宝石を乗せる。法廷中の目が注がれる中、目盛りを読む。



「……四十四グランだ」


ハーゲン卿がはっきりと読み上げた。



「ありがとうございます」



「な、なぜ今更この宝石の重量を量らねばならないのか!そんなもの、鑑定書があるからふ、不要だ!」


男爵は大きく身を乗り出し、声を荒げている。



私はもう一度鑑定書を掲げながら言った。


「…異議あり!」


これ、やっぱり言うと気持ちいい。


「ぐっ……!」



「……この鑑定書には、月涙石の重量は四十七グランと記載されています」



私は宝石と鑑定書を交互に指した。



「しかし今、ハーゲン卿が秤で計測した結果は四十四グラン。約三グランもの差があります」



「いいや……誤差だ!秤の誤差に決まっている!」


クラウス男爵は叫んだ。顔が真っ赤になっている。



「補足します。グランというのは宝石の世界で使われる精密な重量単位で、鑑定士が使う専用の秤で量ります。三グランの差は、この秤の誤差の範囲を大きく超えています」



ハーゲン卿が頷いた。


「ウム、その通りだ、この秤の精度は私が保証する。三グランの差は別の石だと考えるのが妥当だろうな」



「つまり……」



私はクラウス男爵を見た。



「この法廷に提出された宝石は、鑑定書に記載された月涙石とは別の石です。本物の月涙石は盗まれてなどいない。まだ男爵のお手元にあるのではないですか?」




広間が騒然となった。


クラウス男爵はとうとう諦めたのか、崩れるように膝をついた。



「……お、俺は…俺はただ……」



「クラウス男爵……」



私は声を落とした。追い詰めすぎてはいけない。

ここからは、攻撃ではなく対話だ。



「あなたがミュラー商会にかなりの額の借金があること、私は知っています」


私は、男爵の耳元でそう小さく囁いた。



その瞬間、男爵がびくっと体を震わせた。




「返済を求められて、追い詰められていたことも。その苦しさは……想像できます。借金は人の判断を狂わせる。前の……いえ、昔からよく言われていることです」



周囲に聞こえないくらいのトーンで小さく話す。


男爵が初めて私の目をはっきりと見た。目は涙が溢れていて、赤くなっている。



「でも、その追い詰められた苦しさを……十五歳の子供に押しつけていい理由にはなりませんから」



男爵の目がぎゅっと閉じ、苦しそうな顔をしていた。


唇を噛んで、何かをこらえている。



「リーゼロッテ君、どうしたかね?」


「……いえ、励ましの言葉を掛けていただけです」


ハーゲン卿が立ち上がった。



「被告人レーナ・ミュラーに対する告発を棄却。よって無罪とする」



一瞬の間。


そのあと、傍聴席から拍手が起きた。



「また、クラウス男爵については虚偽告発の疑いにより、別途調査を命じよう」



ハーゲン卿はそう告げてから、静かにこう続けた。



「……弁護人が立たなければ、この真実は闇に葬られていただろうな」



その言葉は私にではなく、法廷全体に向けて呟かれたものだった。




レーナが私の隣で泣いていた。


ミュラーが走ってきて、娘を抱きしめた。


「よかった……レーナ、よかったなぁ……!」


ミュラーは泣いていた。大きな背中が震えている。


私は二人から少し離れた場所に立って、それを見ていた。




よかった。勝てた。無実の人を守れたんだ。



……でも。

この子は、「たまたま」私のことを知って弁護を頼めただけだ。


たまたま知らなかったら。頼む相手がいなかったら。


きっと、レーナは有罪になっていただろう。

それも、十五歳の…無実の子供が。


弁護人のいない裁判は、告発者のためだけの一方的な裁判だ。



……前世なら、こんな制度は絶対にありえない。


私が、この国を




裁判が終わった後、クラウス男爵がどこかへ連行されていくのを見ていた。



男爵の表情は蒼白だった。

でも、恐怖の色は裁判の結果だけに対するものじゃないように見えた。


何か別の……もっと大きな何かを恐れている顔だった。



出口で、男爵は私の方を振り返った。



「……俺を潰しても無駄だぞ。もっと上がいるんだ……俺はただ言われた通りに……」



声は震えていて、最後は独り言のように消えた。


男爵自身に言った言葉なのか、自分に言い聞かせているのかわからなかった。



「もっと上」……。


クラウス男爵を動かしていた人間がいる。

男爵に偽造鑑定書を手配し、告発をさせた人間。



……鑑定書をあんな短期間で用意できるということは、鑑定士にも手を回せる人間ということだ。


男爵のような没落貴族にそんなコネがあるとは思えない。



もっと上…一体誰が……。



考え込んでいる私に、後ろからフィーネの声がした。



「お嬢様、エルミナ様がお庭でお待ちです」



「……ありがとう、フィーネ。今行くわ」




難しいことを考えるのは、あとにしよう。

今は、この勝利を噛みしめたい。




大広間から帰った後、公爵家の庭でエルミナ様とお茶を飲んだ。



「リーゼロッテ様、今日もすごかったです……!靴跡のところなんて、傍聴席のおばさまたちが「おおー!」って声出してましたよ」


エルミナはかわいらしく笑いながら話す。



「……恥ずかしいからやめてください」



「でも本当にすごいんですもん。あの男爵の顔、途中からもう真っ白でしたよね」


エルミナ様は嬉しそうに紅茶を飲んでいる。



「ええ、でもあの人にも、何かそうしなければならなかった事情があったのですかね」


「でも…リーゼロッテ様って、どうして他人のために弁護するんですか」



……前にも聞かれた質問だ。

前に聞かれた時にはごまかした。でも今日は、素直に少しだけ答えてみようと思った。


もちろん、前世のことは話せないんだけれど……。



「……前世で……いえ、昔の私は、一人で戦ってばかりでした。理不尽なことに声を上げても、誰も隣にいてくれなくて。だから……誰かが理不尽に巻き込まれているのを見ると、放っておけないんだと思います」



「ぜ、前世?」



「いえ、なんでもないです……お茶、もう一杯いただけますか」



エルミナ様が不思議そうな顔をしたけれど、何も聞くことなく紅茶をもう一杯注いでくれた。



「あ、そういえば。ハーゲン卿が、弁護人を義務にすべきだって上申書を出してくださったそうです。断罪裁判に必ず弁護人をつける制度にしたいって」



「……本当ですか」



「はい。そうすれば、今日みたいに…罪のない人が泣かなくて済みますよね」



「……上申書、通るといいですね」



「きっと通りますよ!だってリーゼロッテ様が二回も勝っちゃったんですから!」



そうだといいのだけど。




正直なところ、嫌な予感がする。


貴族の集まりで感じる冷たい空気。

あれは単なる保守的な反感だけじゃない。



誰かが意図的に「弁護人なんて秩序の破壊だ」という空気を作っている気がする。


でも、それが誰なのかはまだわからない。



それに、クラウス男爵の去り際の「もっと上がいる」という言葉が頭から離れない。



……考えすぎかな。


深く息を吐いて、紅茶を飲んだ。

エルミナ様が向かいでにこにこ笑っている。


今日のところは、レーナが無事だったことだけ考えよう。





帰り際、エルミナ様がふと足を止めた。



「……あの、リーゼロッテ様。一つだけ聞いてもいいですか?」



「もちろん、なんですか?」



「もし……もし私が何かに巻き込まれたとき…弁護、してくれますか」



冗談かと思って顔を見たけれど、エルミナ様は珍しく笑っていなかった。



「……何かあったんですか」



「いえ、なんでもないんです。最近ちょっと……教会の方々の目が、変わった気がして。私の気のせいかもしれないんですけど…」



エルミナ様はそう言って、いつもの笑顔に戻った。



「ごめんなさい、変なこと言って。今日はお疲れ様でした!ゆっくり休んでくださいね」



エルミナ様はそう言って去っていった。


……気のせいだと、いいんだけど。


~つづく~

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