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第十二話「私が選んだ場所」

公聴会の朝。



連邦議会の議事堂は、白い石造りの巨大な建物だった。


正面に八本の柱が並んでいて、入口の上にエルベルトの紋章——青い鷲が彫り込まれている。


中に入ると、半円形の広間。国内の法廷より二回りは大きい。


天井が高くて、声がよく響く。

傍聴席が三段になっていて、すでに多くの人で埋まっている。



連邦の議員たちが正面に座っている。

ライナによると、公聴会を主催するのは議会の法務委員会らしい。

五人の議員が質疑を行い、最終的に勧告を出す。



実際、その勧告に法的拘束力はない。


でも、議会の勧告は連邦政府を動かす力がある。

ここで黒を証明できれば、ゲッツの連邦での活動を止められるというわけだ。



弁護席に座った。


隣にカスパルがいる。傍聴席にフィーネとライナ。


コンラートは証人控室で待機している。



向かい側に、ゲッツが座っていた。


いつもの穏やかな笑み。背筋がまっすぐで、堂々としている。

隣に連邦の弁護士を一人つけている。



目が合った。

ゲッツが小さく笑顔で会釈した。まるで知人に挨拶するように。



……この人は、自分が追い詰められていると思っていない。

追い詰められることに慣れている、という方が正確かもしれない。




「ゲッツ・フォン・アイゼンベルク氏に対する法律顧問活動に関する公聴会を開会します」



法務委員長が宣言した。五十代の女性議員。

眼鏡をかけて、声は低い。厳しそうだけど、公平そうでもある。



「まず、告発側から。リーゼロッテ・ヴァイス嬢、および連邦弁護士カスパル・ヴィント氏」




「…はい」


私は立ち上がった。



心臓がうるさい。手汗がびちょびちょだ。

でも、声は出る。声が出れば、戦える。



「ゲッツ・フォン・アイゼンベルク氏は、二つの国で法制度を私物化してきました」



まず事実を並べる。


リーゼロッテの国での経緯。断罪裁判の悪用。影の法官のネットワーク。公聴会での告発と逃亡。



次に、連邦での活動。

法律顧問としての表向きの活動。裏での陪審操作の指南。鑑定遅延の手口。


ヴァルト男爵の事件を具体例として提示した。



「これらの活動は、連邦の法律には違反していません」



そう言った瞬間、傍聴席がざわめいた。



「法律に違反していない。だからゲッツ氏は堂々としていられる。……でも、法律に違反していないことと、正しいことは、違います」



ゲッツの弁護士が立ち上がった。



「委員長。法律に違反していないなら、この公聴会自体が不当ではないでしょうか、この公聴会では何を裁くのですか?」



委員長が眉を上げた。



「これは裁判ではありません。公聴会です。法的拘束力のある判決は出しません。事実を確認し、必要に応じて勧告を出すだけです。……続けてください」



「ありがとうございます。では、証人を呼びたいと思います」



コンラートが証人席に立った。


緊張で顔が白い。手が震えている。


でも、目はまっすぐだった。



「私はゲッツ様の書斎で三年間働いていました。ゲッツ様は毎晩、名簿のようなものを書き写していました。私は掃除の際に、その一部を見てしまいました」



「その名簿には何が書いてありましたか」



「人の名前と、金額と……『処理済み』という印。処理済みの隣には、別の人の名前がありました。誰に何をさせたか、という記録だと思います」



「その名簿の中に、連邦の関係者の名前はありましたか」



「はい。名前の一つに…連邦の法務大臣の名前がありました」



議場がどよめいた。議員たちの顔色が変わった。



ゲッツの弁護士がすぐに立ち上がった。



「使用人の証言だけで名簿の存在を証明することはできません。名簿の現物はどこにあるのですか」



「名簿の原本はゲッツ氏が所持しています。しかし、コンラート氏が記憶している名前と、我々が独自に調査した顧問契約リストの名前が一致しています」



カスパルが書類を提出した。ライナが調べた顧問契約リストと、コンラートの証言の照合表。


八割以上が一致している。



「偶然の一致とは思えませんね」



カスパルが静かに言った。冷静だけど、目が燃えている。




ゲッツが立ち上がった。


弁護士が止めようとしたが、ゲッツは手で制して、マイクの前に立った。



「……私から話してもよろしいですか」



委員長が頷いた。



「リーゼロッテ嬢。あなたの熱意には敬意を表します」



穏やかな声。会場が静まった。



「ですが…一つだけ確認させてください。私は連邦の法律に違反しましたか?」



「いいえ、貴方は法律の隙間を——」



「隙間を使ったかどうかは聞いていません。私はどこで、法律に違反しましたか?」



「……それは、していません」



「ありがとうございます。では、私が行ったことは合法な法律顧問活動です。この国の法律が許可している範囲で、私は依頼者に助言をしただけです」



ゲッツが傍聴席を見回した。



「私を裁きたいなら、まず法律を変えてください。法律がない行為を罰することは、法の支配の否定です。……あなたが一番よく知っているはずだ。法のない裁きがどれだけ危険なのかが…ね」



……痛いところを突かれた。


その通りだ。法がないのに罰することは、断罪裁判と同じ構造だ。

告発者の感情で有罪が決まる。


私が否定してきたものと、同じ構造になってしまう。



言葉が詰まった。



「……ゲッツ宰相」



「はは、もう私は宰相ではありませんが」



「あなたは法を道具だと言いました。確かに、法は道具かもしれません」



深呼吸をした。手が震えている。でも、声は出る。



「でも、道具には正しい使い方があります」



フィーネを見た。傍聴席の三段目。フィーネが小さく頷いた。



「この名簿に名前が載っている人たちの中に…十五年前、エルベルト東部で土地を没収された家族がいます。その家族は暮らせなくなって、国を離れました。子供は五歳でした」



フィーネの目が潤んでいる。



「その子供は今、この傍聴席にいます。そう…私の大切な侍女です。私が最初の裁判で脅されて偽証させられた時から、ずっと隣にいてくれた人です」



フィーネが立ち上がった。



「私はフィーネ。この国で生まれました。五歳の時に、家族と一緒にこの国を出ました」



フィーネの声が震えている。でも、止まらなかった。



「お母さんは、なぜ引っ越すのか教えてくれませんでした。大人になってもずっとわからなかった。……今日、やっとわかりました」



フィーネが名簿の写しを掲げた。



「この名簿に、私の家族の名前があります。土地を取り上げられた人たちのリストに。……ゲッツさんが法を道具と呼ぶなら、この名簿は、その道具で壊された人たちの記録です。この記録を遡るのならば、貴方は法律の違反どころか…犯罪者ではないでしょうか?もちろん…私は直接的な被害者ですので、告発の権利もあります」



議場が静まった。

でもフィーネはその沈黙にも怯まずに続けた。


「法は道具かもしれません。でもこの道具は、声を上げられない人が声を上げるためにあるものだと、私は信じています」



議員たちの表情が変わった。


委員長が眼鏡を外して、目を拭った。



ゲッツの表情が、初めて揺れた。

穏やかな笑みが消えて、唇が薄く結ばれた。




その後の判定は、一方的だった。



法務委員会の勧告:ゲッツ・フォン・アイゼンベルクの連邦における法律顧問活動の即時禁止。身柄の拘束。名簿の押収。



ゲッツが立ち上がった。

連邦の兵士に囲まれながら、こちらを見た。



「……お嬢さん。お見事です」



穏やかな声。でも、笑みはなかった。



「ただ、一つだけ覚えておいてください。影の法官は名簿だけではない。私がいなくなっても、仕組みは残る。……あなたが本当に壊すべきものは、まだ見えていませんよ」



ゲッツが連行されていった。

背筋がまっすぐなまま。最後まで、崩れなかった。




公聴会の後。

フィーネと二人で、議事堂の外に出た。



白い柱の間から、夕日が差し込んでいる。

エルベルトの夕日はオレンジ色が強くて、白い建物を金色に染めている。



「フィーネ」



「はい」



「あの弁論は……予定になかったよね」



「……す、すみません。勝手に立ち上がっちゃって」



「謝らないで、結果として大成功、お手柄なんだから。全く、主人よりかっこよく決めちゃって…」



「えへへ…お嬢様には及びませんよ」


フィーネが照れくさそうに笑った。



「お嬢様の真似をしただけです。最初の法廷で、お嬢様が自分で弁護するって立ち上がった時の……あの感じを」



「……そうだったの」



「はい。あの日から、ずっと思ってました。いつか私も、自分の言葉で何か言いたいって…」



フィーネの目がまっすぐだった。

あの最初の裁判で、脅されて泣いていた子とは、もう別人だ。




三日後。

帰国の準備をしていた時、フィーネが切り出した。



「お嬢様。一つ、お願いがあるんです」



「どうしたの?」



「私……少しだけ、この国に残りたいんです」



「…」



「お母さんの故郷を、もう少し知りたくて。パン屋のおばさんにも、もう少し話を聞きたくて。……お母さんがなぜ私に何も言わなかったのか、もっと知りたいんです」



「ええ、わかったわ、もちろん良いわよ。ただ長くってなると雇用の関係がどうなるか…家に帰って一度確認が必要ね」



「も、もちろんそんなに長くは予定してないです!

そうですね…大体二ヶ月くらいで戻ります。カスパルさんが、その間の身元保証をしてくれるって」



フィーネの目はまっすぐだった。その決意は揺らがなそうだった。

自分で決めたことを、自分の言葉で言おうとしている。



「……本音を言うと、すごく寂しいわ」



正直に言った。



「でも、止めないわ、フィーネが自分で決めたことだもの」



フィーネの目から涙がこぼれた。



「必ず戻ります。お嬢様の隣が、私の場所ですから」



「……ずるいよ、フィーネ。そんなこと言われたら…私も泣いちゃうじゃない」



「今は泣いていいんです、お嬢様」


フィーネが泣きながらにっこり笑った。





カスパルが見送りに来てくれた。



「リーゼロッテ嬢。一つ聞いてもいいですか」



「なんですか」



「あなたの国にも、法学書を作ろうとしている人がいると聞きました。フェルディナントという人です」



「ええ。知ってるんですか?」



「ライナから聞きました。……僕もこの国で、同じことをしたいと思っています。連邦の法を体系化する教科書を。あなたの弁護を見て、そう思いました」



「びっくりしました……フェルディナントと同じことを言いますね」



「彼の子とは知りませんが、きっと同じことを思っているからでしょうね」



カスパルが少しだけ笑った。出会ってから初めて見る笑顔だった。



ライナが馬車のそばで待っていた。



「また来てください。この国にも、あなたを必要とする人がいます」



「……ありがとう、ライナ」




馬車が走り出した。

フィーネがいない馬車。荷物が少し少なくて、隣の席が空いている。




窓の外を、白い建物と平たい屋根が流れていく。


パンの匂いが、かすかに風に乗ってきた。



馬車の中で、届いていたエルミナ様からの手紙を開いた。



『リーゼロッテ様。もうすぐ帰ってこられると聞きました。

リーゼロッテ様がいない間に、おいしい紅茶を探しておきました。林檎の香りがして、すっきりしてておいしいんです。帰ったら一緒に飲みましょうね。紅茶を用意して待っています。——エルミナ』



(林檎の紅茶か。楽しみだな…)



一人で紅茶を飲んだ。持ってきた最後の一杯だ。


フィーネがいつも淹れてくれるより少し薄いけど、苦くない。




断罪裁判の元被告人で、弁護人で、二つの国の法廷に立った人で、今は少しだけ、友達が遠くにいる人。



変な肩書きだけど。

悪くない。全然、悪くない。




……フィーネの手紙が届くのは、いつかな。





帰国したら、ハーゲン卿が待っていた。


執務室の扉を開けた瞬間、ハーゲン卿の顔色がいつもと違うことに気づいた。

眉間の皺が深い。いつもの厳しさではなく、困惑の色がある。





「……リーゼロッテ様。お帰りなさい。無事で何よりです」



「ハーゲン卿。ただいま帰りました。…何かあったんですか」



「ああ……あなたが不在の間に、一つ見つかったものがあってね」



ハーゲン卿が机の上の書類を差し出した。



「影の法官の名簿の、残りの半分だ。ゲッツが持ち出した分とは別に、宮廷の書庫に隠されていた控えが見つかった」



「残りの半分……そこには何が書いてあったんですか?」



ハーゲン卿が一瞬、言い淀んだ。


この人が言い淀むのを、初めて見た。



「……あなたの、お父上の名前です」



手から書類が滑り落ちた。



【続く】



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