11-7 女神様
SIRIESのコアから伸びる配管は、ジオフロンティア中に「ネクター」と呼ばれる物質を運んでいる。わずかな電気エネルギーであらゆる組織や蛋白質を生成できる、魔法の分泌物だ。
最高顧問はブォエンの指示で、古い制御装置を起動させた。ボタンやレバーがやたらに多く、ホログラムによるマニュアルなどもない。
「……お、お前たちは、いったいこれからどうするつもりだ!?自分たちなら、今より良い社会を作れるとでもいうのか!?SIRIESをどれだけ弄っても、生産効率はこれ以上上がらないぞ!」
双子のドールが、くすくすと笑う。
「まさか。そんなこと考えてねえよ。見ての通り、このまま戦争に逆戻りだ……地上も巻き込んでな。俺たちはそう言うのを、全部終わらせようってだけだ。」
首輪の男はそう言いながら、初めて見る機械を流れるように操作する。
「終わらせる、だと…………?っ!まっ、待て…………!まさかっ、まさかお前たちは……!」
「装置に近づかないでください。」
ブォエンが最高顧問のこめかみに銃を突きつける。
「ま、待て……!お前たちは、コアをどう使うつもりだ?これの秘密をどれくらい知っている?」
「少なくとも、あなたよりはよく知っていますよ。……ずっと考えていたんです。なぜいくら調べても、ドールと言う技術の秘密がわからないのか。ですが、『ライデンシャフトの悲劇』で気づきました——そもそも一般の研究員達も、その本当の正体を知らないのではないか、と。」
人間を模して作ったドールが、なぜあのような予定外の変異をするのか——それは、それがあれらの本来の姿だったからではないか?
「つまり、ドールはそもそも人間がゼロから作ったものではない。それゆえ秘密の技術などあるはずもない。」
そしてその『本体』はこの場所——コアにあるに違いない。手がかりになったのは、監視員が何のためにか集めさせられている、ドールたちの「電磁波」のデータだ。
「そしてつい最近、SIRIESの仕組みと、とある『捨てられた神』についての情報を手に入れまして……私たちの仮説は、確信に変わりました。」
かつてその女神は、生贄の乙女たちと引き換えに、その地に大量の作物をもたらしたと言う。挙句、地面から肉まで生やしたと言うのだ。
女神は乙女たちを食べれば食べるほど力を増し、更に豊作をもたらした。……だがある時から、その力を以て人間たちを襲い、見境なく食らうようになった。
その悪行のため、女神は大陸から来た魔術師に封印された。
「だが数千年後……戦時中の地下都市の建造過程で、人類は女神の封印を解いてしまった。その結果、人類は呪われた。数千年分の恨み、ということでしょうか。ですが人間たちは科学の力で再び女神を封印し、むしろ利用することにした……大体、合っていますね?」
「そうだ!だから、もしそいつがまた覚醒したら、何が起きるか誰にもわからんっ!頼むっ、頼むから——」
「どうなるかはわかっていますよ……ドール達の嗜好を変えて、少しばかり怪物になってもらうだけです。」
「何だと……!?」
「おーできたできた!」
首輪の男が作業に成功したらしく、けたたましい警告音が鳴り響く。操作盤の一部が開き、無骨なレバーが露出した。
「……ありがとうございました。これであなたは用済みです。」
「やめろ!考え直せ!何をする気か知らんが、お前たちも無事ではすまな――」
ブォエンは最高顧問の頭を打ち抜き、銃を床に捨てる。
「……これでようやく、私たちの願いが叶う。」
薔薇の子たちは暗い光を宿した目で、ブォエンがレバーを引くのを見守った。
さようなら、人類。さようなら、ドールたち――
――その一瞬、ブォエンは余計なことを思い出した。
そう、スイレンは私の母に、よく似ていたのだ……、と。
だからこそ自分は、彼女を壊すことに強くこだわったのかもしれない。薄々自覚はしていた。
……だが本当に、それで良かったのか…………?
「…………今更、何の意味もないな。」
ブォエンはそう自嘲しながら、レバーを引き下げた。
複数の喧しい警告音と、赤いランプの光が飛び交う。
コアの下部から冷却用のガスが吹き出し、内部の温度が上昇していく。
鉄の殻が少しずつ開き、封印が解かれていく——そして、それは培養液の中に姿を現した。
「――おはようございます、女神様。」
耐久ガラスの表面に、ぴしぴしとひびが入る――そして直後、コアから七色の触手があふれ出した。
数秒後。
管理委員会本部の周囲で、巨人の雄たけびのような轟音が報告される。
そしてその場を中心に、世界中のドールが次々と変異を起こしていった。
「色落ち」の整備員たちも、孵化・条件付けセンターの胎児たちも、3つの学園の生徒たちも、残業にいそしむ新成人たちも、権力者のハーレムも、夫の帰宅を待つ主婦たちも――
――女神の子たちが、本来の姿を取り戻した。
追記:少しばかり「女神」について修正を加えました。




