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司書の独り言

『そうか、コハルも仲間になったんだ。エリーに感謝しないとね。』


『さすがはカール氏のお墨付きだな。アレはドールとは思えないほど教養も深い。旧世界だったら優れた思想家にでもなっていただろうに。』


 デイビッドはコンソール上の『本』と会話しながら微笑む。


 デイビッドはエリーが初等教育教室にいた時、彼女が禁書にアクセスできるようにしていた。担当者のカールが、「彼女には素質がある」と言っていたからだ。

 エリーには自分がいる環境も、自分自身の内面についても、俯瞰的に物事を見る癖があった。彼女の「思索」は自然的な弁別訓練により、AIの前で語られることは無かった。彼女の日記のデータを見たカールだけが気づいていた。

 カールは彼女を欠陥品として廃棄はせず、矯正もしなかった。


 デイビッドはエリーに禁書と共に、『これを読んでいることが知れたら、君は廃棄されるかもしれない』という警告も送った。

 カール曰く、エリーは躊躇していたが、けっきょく読み始めた。そして何十冊も、何百冊も――


 こうやってデイビッドたちは、無数の小さな種をまき続けてきた。多くはついえたが、芽吹いたごく少数が今、学園中で大きなうねりを起こそうとしている。


『それにしても、くれぐれも学園の生徒たちの安全保証は念入りにしてくれよ。特に、キャサリンやスイレンのようなことはもうなしだ。』


『わかっている。学園に突入した際に暴走しそうな個体がいれば、麻酔ガスで鎮静化する。』


「……………………。」


 デイビッドは眉を顰める。多くの協力者たちは、彼ほどドールのことを心配していない。


 キャサリンはただの事故だったかもしれないが、スイレンの件は、本当は防げたはずだった。それなのに、反乱の「前座」として配信を台無しにするために、投薬をなすがままにさせたのだ。


『それより、自分の心配はしないのか?ほぼ確実に廃棄処分だぞ。あと数時間で、裁判所があなたを呼び出すそうだ。』


 デイビッドは数週間前、ある情報を得るために二つの文書をハッキングした。アーカイブ上の最もセキュリティが厳しい所に眠る代物だった。

 何年もかけてセキュリティを分析し、細心の注意を払って挑んだにもかかわらず、委員会により探知されていたらしい。


 だが、デイビッドに後悔はない。既に情報は安全な方法で仲間たちに託した。


『仲間たちの存在がバレなければ、それでいいさ。どうせ作戦の決行は数日後だ。』


 わずかな沈黙の後、再びメッセージが表示される。


『あなたの犠牲は無駄にはしない。頂いた情報は有効に使い、作戦を必ず成功させる。』


 どうせ、たいして悲しいとも思っていないのだろう。デイビッドは苦笑した。


『ところでその情報の話だけれど、文書Aについてはともかく、結局Bも公開するのかい?』


『ああ。SIRIESの秘密の一切を暴くつもりだ。』


 文書Bの前半に書かれているのは、旧世界、はるか古代の民間伝承記録。


 地中海のとある島で祀られていた、豊穣をつかさどる神と、毎年捧げられていた若い娘の生贄について。


 更に時代を経て、その神が大陸から来た魔術師たちに封印された伝説。


 そして、後半には――


『これ以上、君たちと一緒に真実が知れないのが残念だよ。』


『やはり好奇心のためでもあったのか?慎重なあなたが、危険の前で引き返さなかったのが不思議なのだが。』


『そうかもね。』


 この安全な通信方法も、元々デイビッドが発明したのだ。すなわち文書の請求番号を一時的に入れ替えることで、普通の本に偽装しながら、プライベートな文書の編集機能で「会話」する方法だ。


 まず、誰かが借りている本を話したい相手が作った文書と入れ替える。次に、その文書に書き込む形で「返信」し、それを更に相手の持っている本と入れ替える――この繰り返しによる疑似的な「会話」機能が成立する。


 通信系の監視は厳しいが、一方でアーカイブの本に関してはデイビットの庭のようなものだ。

 皮肉なことに、監視社会化と共にAIによる自動化が進み、知識を求めてアクセスする者が減ってしまったので、資料館のセキュリティが見直されることもなかったのだ。


『わざわざ命を賭けなくてもよかったのに。』


『僕にとって真実より大切なものはないさ。』


 デイビッドは、彼にしては珍しく余計な質問をしているな、と思った。


 また、数秒遅れて返事が来た。


『そうか。』


 そしてすぐに、


『もう話すことは無い。失礼する。』


 そんな淡白な別れの言葉と共に『通信』は終わった。


 ……「迎え」が来るまでの時間が手持ち無沙汰だ。デイビッドはデスクトップ上で、自分の閲覧履歴の「本」たちを眺める――別れを惜しむように、ではない。むしろ自分はこれから、この思想家たちが眠っているのと同じ場所に行くことになるのだ。


 それはどこでもない沈黙の世界か、それとも理想の国家か、あるいは純粋な善や美そのものに触れることができる天上の世界か――相変わらず、考えるだけで愉快だった。


 別れを惜しむとすれば、読書会の面々だろう。デイビッドが蒔いた種たち……旧世界の哲人たちの善い意志は、明日につながってくれるだろうか。


「後は頼んだよ、みんな…………。」


 資料館の司書は暗闇の中、そんな独り言をつぶやいた。

いよいよ最終章が近づいてきました。と言うことで、今日はさみだれ式に、あと3話続けて投稿して章を閉じます。

もしここまで続けて読んでくださっている方がいれば、ぜひ評価・コメント(これまでの展開に対するご批評、結末の予想など)よろしくお願いします!

書くことを楽しむだけでなくて、読者の方に向けて書き、何かを共有できるような活動にしたいと思っています。ご批評など、何らかの形でのフィードバックが頂ければ幸いです……!

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