9-6 もう一度新しく
「…………学園を壊して、その後どうするの?」
「わからないけど……今よりも良い、自由な未来が待ってるって、信じたい……。」
「……別に、今と変わらないんじゃないかな。」
コハルは真顔で言った。別に水を差すつもりはなかったが、どうしても言わずにはいられなかったのだ。
「だって、もし私たちが解放されて、もし今と違う性格で生きられてもさ……それは『本当の自分』とか、じゃないじゃん。結局、生まれる前から今まで受けてきた色んな影響は、変えられないでしょ?それでも幸せにはなれるんだろうけど……じゃあそれって、私があのまま何も知らずに学園生活を送っていても、同じことだったんじゃないかな、って…………ていうか、その方が幻滅せずに済んで、良かったんじゃないかな?」
コハルは自分でも、何を言っているのかよくわからなかった。
「……自分の今の好みとか、人間関係とか……始まりがどうだったとしても、それにどんな肯定的な意味を持たせるのかも、自分次第じゃないかな。」
エリーがよく言う、「自分への解釈」のことだろう。だがこの四日間で、コハルはその考え方すら疑わしくなってしまた。
「でも、その『捉え方』だって、気持ち次第でしょ?自分で自分の気持ちなんて決められないし、やっぱりなんか、操作されたことが影響してるかもしれないじゃん……!だって、本の人が言ってたんだよ――『ドールの想定外の個性とか欠陥は、何かの環境の影響でそうなったんだ』、って。それってつまりただの偶然で、自分で決められるものじゃないってことでしょ!?」
コハルはエリーに迫る様にまくしたてる。コハルの言葉は自分のことだけでなく、エリーの自由までも否定しているのかもしれない。酷いことを、言っているのかもしれない。
それでも、せめてエリーにだけは、自分の気持ちを全て受け止めて欲しい、と思ってしまう。
「……そんな偶然のせいでドールが壊れちゃうなら、いっそ全部決めてもらえた方がよかったのにっ!みんなが絶対幸せになれるように、もっと完璧な人形にしてくれればよかったのに…………!」
「コハルちゃん…………。」
「私はっ…………作られた幸せのままが良かった!いまさら自分で自分の意味を決めるなんて、無理だよっ……………!」
コハルは手すりに寄り掛かりながら、頭を抱える。
「どうなんだろうね…………。」
エリーはそっとコハルの隣に立つ。
「でも、0から1が生まれることだったら、たくさんあるよ。……そうじゃなかったら、そもそもこの世界だって存在してない。それに、既存の物理法則だけからじゃ生命が生まれることもない。ただのタンパク質だったドールが命を持ったことも、こうやって私やコハルちゃんが出会ったことも無かった……。知ってる?旧世界の人間たちはドールを作ったくせに、生命がどうして生まれたのか、結局わからなかったんだよ。これも『本』の人に教わったんだけど……。」
「……………………そう、なんだ…………。」
コハルは小難しいことはよくわからなかったが、全てがコントロールされているわけではない、と言うことだろうか。
「……じゃあやっぱり、自分で決めた方法で幸せになれってこと?」
「う~ん、そうじゃなくて……多分、自分で決めたとか誰かに決められたとか、どっちとも言い切れないんだと思う。ゼロから始まったということは、それより前から目的を決めておけるという訳ではない。ただ始まる、それだけ。だから、自分の気持ちのために生きる訳でもないし、誰かのために生かされている訳でもない……私たちは多分、ただ生きるために生まれてきたんだよ。」
「生きるためって…………何の理由もなく?」
エリーは作り物の空を見上げながら笑う――見ているものすべてが面白い、とでも言うように。今までも時折コハルに見せていた、不思議な笑い方。
「そう。誰も、何も決めてくれない。ただ存在しているだけ。……でも、それでいいんだよ。……私は今もまた、何か新しいことをしてみたいな、って思う。私たちドールの目的がこの先どうなるか、見てみたい。」
「…………みんな、ゼロからって……それってやっぱり、怖いよ……。」
「そうだね。でもさっき言った通り、今までのものが全部なくなる訳じゃない……さっきも言ったみたいに、もう持ってるものを大事にできるでしょ。」
私が今、持っているもの…………。
まさに今、目の前にいるエリーがそうだった。コハルが、大事にしたいもの。
誰が何のために作ったかなんて、関係ない――ただ、存在している。何に強いられるでもなく、コハルの友達でいることを選んでくれている。そう言うことではないだろうか。
そうだ、エリーちゃんだけじゃない。私が大事にしたい人達――
「…………そうだ!先輩とキャサリンちゃんっ、助けないと…………!」
一人で絶望などしている場合ではなかった。まだ、何もかも失ったという訳ではないかもしれない。
もちろん、変わり果ててしまった、コハルが「好き」ではない二人と会うのは恐い。
恐い、けれど――
それでも、このまま終わりにしたくない…………!
「…………それが、コハルちゃんの目的?」
「…………うん、多分……。」
コハルの中ではまだいろいろな気持ちが、混乱したままだった。それでも、少なくとも今はエリーの言葉と、自分の気持ちと――この先にあるはずの「自由」とやらを、信じてみようと思った。
「わかった……じゃあ、本の人に頼んでみようか。作戦の時、二人を助けられるように。」
「……うん!」
「——つまり、参加者が一人増えたってことでいいのかしら?」
突然割り込んできた声に、二人は揃って振り返った。
「…………カミラちゃん?」
「――もし参加するなら、私のことは『指揮官様』って呼びなさい。ちょうどさっき、作戦会議で任命されたんだから。……どう?『カミラ』にお似合いの役回りでしょ?」
カミラはバルコニーの入り口で、はにかみながらそう言った。




