9-3 知らない訳にはいかないよ
コハルは自分の部屋に駆け込み、着替えもせずにベッドに倒れ込んだ。
「なんで…………なんで、なの……!」
枕に顔をうずめ、誰に聞かれずとも声を殺して泣きじゃくる。
スイレンはおそらく、キャサリンのように地下に行くのだろう。そして、その後は?……最悪の場合、二人とも退学かも知れない。
だが、そんな風に頭の中で回るありとあらゆる不安や嫌悪に勝って、何より苦痛な事実がある。
自分がスイレンのことを、嫌いだと思ってしまったことだ。
怖かった。
気持ち悪かった。
コハルが自分自身の言葉を探しているように、スイレンと一緒に彼女の心を探っていくことで、もっとわかり合えると思っていた。もっと、コハルが知らないスイレンに出会えると思っていた。
だが、いざ明らかになったその姿は――コハルが憧れていたスイレンの姿とは、遠くかけ離れていた。
2日前に突然「壊れて」しまったキャサリンと同じ……きっと、今までの「スイレン」の姿は、そうとう無理をして保たれてきたのだろう。
そしていざその姿を見せつけられたとき、コハルはあまりにもあっさりと、スイレンに幻滅してしまった。
大好きだと、思ってたのに……どんな悩みだって、受け止めるつもりでいたのに…………。
生まれて初めての、自己嫌悪。最低最悪の気分。
コハルはスイレンに対して、無自覚にも楽天的すぎる期待を抱いていたのだ……勝手に。
コハルはそもそも知りもしなかったからだ――醜さも、恐ろしさも。
そんなものとは無縁の世界に生きるのが、あまりにも当たり前になっていたからだ。
だって、あんな……あそこまで酷いなんて、知らなかったよ…………!
なぜあんなものが、一人のドールの心の中に棲みついていられるというのか。
「なんで誰も、教えてくれなかったの…………!こんな風に、なっちゃうって…………!」
もっと早くわかっていれば、どうにかしてあげられたかもしれないのに……。
――その慟哭に応えるかのように、コンソールがピコン、と通知音を立てた。
「…………?」
コハルは涙をぬぐいながら、コンソールの画面を開く。
画面上には、新しく見覚えのない資料ファイルのショートカットが表示されていた。その位置には本来、コハルが借りていた詩の書き方の本があったはずだが……。
請求番号は変わっていない。
――だが、そのファイルのタイトルは、「スイレンとソフィ」に変わっていた。
コハルは困惑しながらも、その資料を開く。一番初めに表示されたのは、目次ではなくこんなメッセージだった。
『――初めまして、コハル。このような形でしかお話ができず、申し訳ありません。直接通信でお話しするのは非常に危険なのです。あなた達ドールは、いつも監視されています。今はちょうどあなたを見ている人はいませんが、この文書は布団に隠れて読むことをお勧めします。』
監視…………!?
コハルは辺りを見渡すが、壁や天井に埋め込まれたカメラは見つからない。それでも怖かったので、言われた通り布団にもぐって文書を読み続ける。
『同じく安全のため、私の名前を明かすことはできません。ですが、私はあなたのことを知っています。あなたの疑問も、悩んでいることも、全て。あなたには、この学園の隠された真実を知っていたただきたいのです。』
コハルは恐る恐る、画面をスクロールしていく。
『同意していただける場合は、ファイルの編集で『はい』とお答えください。』
編集顕現があるということは、個人のコンソールで作ったプライベートなファイルと言うことだろうか。
知りたい、でも、知るのが怖い…………だが、相手はあまり待っている余裕がなさそうだった。
「――『はい。』」
すると画面にノイズが走り、ファイルの内容が入れ替わる。相変わらず、請求番号は変わっていない。中身のファイルだけが入れ替わっているのだろうか。
相手はどうやら、アーカイブの資料ネットワークを操作できる人物らしい。
『ありがとうございます。それではまずこれからお見せするのは、一年前の学園起こった『ライデンシャフトの悲劇』と言う事故の概要です。それを読めば、彼女の過去に何があったかわかるでしょう。』
再び画面にノイズが走り、文書が入れ替わった――
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一年前、スイレンは一学年下のソフィと言う生徒と交際していた。ソフィはコハルとよく似ていて、陸上部にも所属していた。
だがある時、とつぜん不具合を起こし、スイレンを追いかけ回し始めた。スイレンは無事だったが、その過程でソフィは、ライデンシャフトの生徒たちを虐殺した。
ソフィは退学になり、生徒たちは全て、彼女の記憶を薬で封印された。特にスイレンをはじめとするライデンシャフトの生徒たちは、その残虐な現場の記憶を強引に封じ込めたため、やはり様々な精神的不具合を起こすようになった。
『この学園の生徒すべてが、記憶や感情、体調を薬で制御されています。ソフィが暴走したのも、部分的にはその薬の生でした。しかし、学園はなぜそのようなことをするのでしょうか?ここからが最も重要なお話になります。きっとこの事実は、あなたにとって耐えがたいものです。あなたが今まで信じてきた世界の見方は、全て壊れてしまうでしょう。』
「………………………。」
『それでもいいというのであれば、どうぞ次のページにお進みください――』
今更、引き返せないよ…………!
コハルは構わずに読み進める。
知らなければならなかった。どうしてドールたちが、こんな歪な在りようなのか。スイレンもソフィもキャサリンもヘレンも、コハルも――
何のために……そして、誰のせいで?
「………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………」
え、
なに、これ?
……………………………………は?




