8-3 後の祭りになる前に
オットーとエリックは休憩室に入り、ベンチに並んで腰かける。ここなら誰にも聞かれることは無い。
「…………で、お前。あんだけキレたってことは、考えが変わったってことか?」
「え?」
「例の件だよ……俺たちの計画に、乗る気はあるのか?」
「あ…………。」
数日前の読書会でオットーに告げられた、「計画」――
デブリたちがジオフロンティア中で一斉に蜂起する、大規模な反乱計画のこと。
デイビッド曰く、ずっと前からかなり入念に計画されており、勝算も高いらしい。
オットーには最初、信じられなかった。SIRIESの厳格な管理体制を壊すなど、できるはずがない。
徹底したセキュリティと大量の警備ロボットに打ち勝つだけの人員が、どこにいると言うのか。そんな志のあるデブリなど、オットーの同僚には一人も見当たらない。
だが、デイビッドは嘘をつくような人間ではない。
彼は『力強い協力者たちがいるんだ』と言っていた――彼自身も含め、各主要施設でデータ空間上の管理権限を持つ者たちが最低一人ずつはいる、と言う。
加えて、最下層の整備員たちにも参加を呼び掛けている。
上層の戦闘に戦闘資源を投入している間に、SIRIESのハードウェアを支えるアナログな機構――ガス管、熱循環システム、送電線などに一斉に工作を仕掛ければ、高性能のAI達も手足をもがれたも同然だ。状況の回復は不可能になる。
……だが、それでもオットーは、決心がついていなかった。
「…………俺はまだ、わかんないよ……。もし失敗したら、みんな『廃棄』されるだけだし……それに、もしジオフロンティアとSIRIESを破壊したとして……その後は、どうするんだ?」
「……さあな。デイビッドとか、リーダーたちが中心になって何とか考えるだろ。」
「何とかって……本当にそれで、全部丸く収まるのか?SIRIESが無かったら人類の経済も生産活動も全部停止するんだぞ!?なんでも壊せばいいってもんじゃないだろ……。」
「全部ぶっ壊すわけじゃない。必要な部分は残して、もともと地位が高かったリーダー達が管理委員会を組織し直すらしい。」
「……そんなにうまくいくか?大混乱になるだろ。一次的にでもAIの監視と犯罪抑止が効かなくなったら無法地帯になるし……それに、地上の奴らがおとなしく従う訳ないだろ?数は圧倒的に向こうの方が多いし……また戦争の繰り返しになるんじゃないか……!?」
まくしたてるオットーに対し、エリックは苦し気に答える。
「そんなことまで、俺にはわかんねえよ…………。でも、だからってこのままでいい訳ないだろ!?少なくとも何か動きを起こさねぇと、どうにもなんないだろ。ずっとどん詰まりのまま、その間にスラムの奴らは酷い目に遭わされ続けて、どんどん死に続ける……ドールたちも解放されない、俺たちも飼い殺しにされたまま!それよりも、リスクを冒してでも戦う方がずっとましだろ!?」
「…………それは、そうかも知れないけど…………っていうか、ドールたちはどうなるんだ?また誰かの間で取り合いになるかもしれないだろ……ちゃんと保護の保証はあるんだよな!?」
「……俺も詳しくは知らないけど、もちろんドールの保護には努める。っていうか、つい昨日聞いたんだが――地上のドールたちにも、今回の作戦に参加してもらう予定らしい。」
「えっ……いつの間に、そんな…………。」
あの監視と録音に埋め尽くされた環境で、いったいどうやって彼女たちにコンタクトを取るというのだろうか。
「……本当に、協力してくれるのか…………?」
「さあな、あいつらの考えていることは俺にはわかんねぇし…………何度も言うけど俺、作戦の全体図までは知らねえから。」
「そうか…………。」
オットーはふと、さっきのエリックの演技のことを思い出し、聞いてみた。
「ねえ。エリックはさ、もしかして、その……本当にドールのことが嫌いなのか?」
「……嫌い『だった』ってのはほんとだ。…………俺の母さんは数少ない人間だったけど、ドールに仕事を取られて、けっきょく野垂れ死んだ……まあ、年食ってたしな。」
「あぁ…………。」
「俺の弟たちも、全員最後は飢え死にだった……なのにずっと繁華街で働くドールたちは、いつも俺たちよりいい服着て、いいもん食って、良い生活して……いつもきれいな笑顔を振りまいて、クソジジイ共に好かれて暮らしてた。それが、すっげえムカついてさ……ドールなんてみんな死んじまえって思ってた時期もあった。」
だったら、嫌いになるのも無理もないのだろう。オットーは物心ついた時はもう孤児院と言う名の労働施設に入れられており、親兄弟のことは全く覚えていない。
だから、エリックの感情を肯定することも、否定することもできない。
「でも、食っていくためにジオフロンティアに来て……よりによってドールたちを作る仕事をする羽目になってさ……それで、培養液の中のあいつらをずっと見てたら……あいつらも、自由がないって点だと俺たちと一緒なんじゃないかって思ってさ……わかるだろ?」
「うん。」
「で、俺は見ての通りドールの配信を露骨に睨みつけてたから、当時の班長に誘われて読書会に入ったって訳だ。」
そして何年か経ってライデンシャフトの一件があり、『色落ち』達が読書会に入ってきた。
「あいつらと色々話して、思ったんだ……ああ、やっぱり比べてもしょうがねぇな、って。お互い不幸だからお互い様、とかでも、すげぇ同情できる、とかでもなくて……やっぱりそれぞれ抱えてる苦しみは違うし、完全に分かり合うなんてできねえな、って思ってさ。でも、それはそれでいいんじゃないか、って思ってる。……あいつらにはあいつらの不幸がある。……それにどう向き合うかも、それぞれが決めることだ。別に理想を分かち合うとか歩み寄ろうとか、そこまで考えてねぇ……まあ、デイビッドはそう言うの好きだろうけど。」
エリックは立ち上がりながら、オットーの肩に手を置く。
「だからって言うか、話戻すけど……お前が俺たちと一緒に来るかどうかも、お前の自由だ。ただ、考える時間はあんまりないってだけ言っておく。……キャサリンが不安定になっただろ?あのせいでSIRIESは今、調査でかなり揺れ動いてる。」
つまり、絶好のチャンスと言うこと……。だがオットーとしてはむしろ、キャサリンのような事になる生徒をこれ以上増やさないためにも急がなくてはいけない、と言う気もしていた。
「様子見ながらだけど、文化祭が終わってから少なくとも一週間以内には決行する――今度は、俺たちの『祭り』の時間だ。まあ、当日参加でもいいけどな……どっちにせよ、後悔しないように決めろよ。」




