7-4 生まれ変わって
「ど、どうぞ…………。」
スイレンは動揺を隠しながら彼女を招き入れ、ソファに座らせた。
やっぱり、私が一番つらい時に、コハルは来てくれた……私のこと、わかってくれてるんだ……!
隣にコハルの温もりを感じていると、今すぐ泣き縋りたい衝動が沸き上がってくる。スイレンは強いていつも通り冷静に、用件を尋ねた。
「あ、あの、忙しい所、ごめんなさい……でも、この後は先輩も私も、時間が無くなっちゃうかも知れないので……。」
そう言いながらコハルは、コンソールを介してドキュメントを送ってきた。
タイトルには単に、「光」とだけ書かれている――「これって……?」
「私が……先輩のために書いた、詩です……。」
「詩…………。」
これが一種の、愛情表現であることに間違いはない……だが、スイレンが考えたこともないようなやり方で、だった。
やはりこの子は、特別なんだ――そんな思いが、ますます強くなる。
スイレンは馴染みのないものへの不安と共に、ドキュメントを開いた――
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光
夜空に輝く一番星
いつか夢に見た煌めき
私もあなたに近づきたい
そう思って走り出した
息を切らして,胸が鳴って
触れているのにわからない
見えているのに関係ない
どうして?って聞いたのに,甘い匂いにかき消された
ぬくもりが欲しいだけじゃなくて
体を超えて通じ合いたい
簡単に解けてしまったのに
どう考えたのかわからない
絡まった意図は解けない
そんなことばかり
数えきれない喜びよりも、数えられない美学が欲しい
説明なんて欲しくない
どんな愛の言葉でもない
文字の間を指でなぞる
近さよりも深く触れたいのに
その夢の秘密は,きっとあなた自身も知らない
虹の色の境界線
重なってブレるその隙間に
見えない色が隠れている
近づくたびに変わっていく
でも,その曖昧さが愛おしい
綺麗な肖像を突き抜けて、暗い底まで探ってみたい
私たちを隔てる,透明な壁は
どこまで登っても,きっと超えられない
だったらいっそ,
梯子から手を放して, 宙に身を投げ出してみたい
あなたと一緒に跳んでみたい―― 一緒に生まれ変わってみたい
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――読み終わったとき、スイレンは荒い息と共に泣いていた。
「えっ……だ、大丈夫ですか……。」
「っ……ご、ごめんなさい…………大丈夫、よ……ちょっと、すごいな、って思って…………。」
「ど……どう、感じたんですか……!?」
コハルが食い気味で聞いてくる。
「そうね…………とっても、良い詩だと、思ったわ…………。」
「本当ですか!?」
そう言いながらもスイレンは、実のところ詩の意味はほとんどわからなかった。
だから途中まではただ、コハルが自分に対して特別な感情を募らせていて、それを複雑な言い方で強調しているのだ、と言う読み方をしていた……だが、ある一節で、そんな感傷さえも吹き飛ばされた。
――その夢の秘密は、きっとあなた自身も知らない。
夢――スイレンの奇妙な夢。コハルは、その秘密を知っているというのだろうか。
しかも、それだけではない。最後の一節――
―― 一緒に生まれ変わってみたい。
生まれ変わり――それはまさに、ついさっきまでスイレンが考えていたことと全く同じではないか。
偶然とは到底思えない。やっぱり。間違いない――コハルもきっと、心のどこかで覚えているのだ。スイレンとコハルは、生まれる前からずっと、運命の糸で結ばれていた……!
「っ!?ちょ、スイレン先輩!?」
スイレンはコハルに抱き着いていた。もう気持ちを隠す必要などなかった。
「ありがとう、コハル…………!この詩を書いてくれてっ、私に、気持ちを伝えてくれて……………………!」
ありがとう。本当にありがとう――わかってくれて、ありがとう!
コハルは黙って、スイレンの背中をさすった……だが、実際のところ何もわかってなどおらず、ただ困惑していた。
ハグされることに恥ずかしさと戸惑いもあったが、それ以上に不安が増してしまった。
やっぱり先輩、最近変だよ…………。
「…………大丈夫ですよ。あ、後で、ゆっくりお話ししましょう…………。」
「ええ…………後でゆっくりね…………。」
スイレンはコハルから顔を離し、微笑んだ。
「ありがとう。私、練習頑張るわ……この詩のお返しに、あなたのためだけに歌ってあげる。」
この上なく色めいた、蕩けるような笑み――コハルはその瞳に、心臓を射すくめられてしまった。
今までとはまた違う、胸の奥の熱――だがそれは同時に、なにかものすごく冷たいものを刺し込まれる感覚も伴っていた。
何かが、おかしい。
本当に、これで良いのかな…………?
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――これでいい。何も問題はない。
ブォエンは配信画面を見ながら両手を組む。コハルとスイレンは既定路線をたどっている。だが、肝心なのはここからだ。
コハルのコンソールに、10点が追加された旨が通知されるだろう。彼女は喜ばないかもしれないが、そんなことはどうでもいい。
そろそろコハルが点数の仕組みにも気づきそうなものだが、そのことはブォエンの頭にはなかった。
視聴者はおおむね肯定的な反応だが、その内実は、困惑の混ざった感動だった。やはり、難解な詩の意味が分からなかったため楽しめなかったことと、スイレンのキャラが何の前振りや伏線もなく崩れたことがネックだろう。
だが、表面上大まかな流れに違いはない。それに、その違和感を言語化できるような知性を持った視聴者はいないだろう。
無教養で愚かなヒト達…………。
ほとんど誰も彼も、自分の見たいものしか見ようとしていない――視聴者も、スイレンも。
だが監視員であるブォエンは、全てを見通している――そう、全てのことを。
何も見落としているはずなどない。……障害になるものは全て、排除できている。




