7-3 「スイレン」
――同じ頃、2日目の個人ステージの練習を映す配信枠の一つ。
そのうちの一人であるスイレンは持ち前の声を活かし、二日目のオオトリとして歌唱で出場する予定だった。
おおよそどの出場者にも平等に「カメラが回って」来るようになっているが、中でもスイレンがいる防音室が映る時間は、やや長い。
仕上がりは上々。まだ本番ではないにもかかわらず、もはや歌っているスイレンそのものが芸術作品に見えるほどだったが、ときどき心ここにあらず、ということも多かった。
彼女を監視していたブォエンは、他の監視員にスイレンを映すタイミングを調整するよう指示する。更にそのまま、少しずつ違和感がない程度に、彼女を映す時間を短くしていく。
スイレンは最近あの夢をよく見るようになってから、酷く惨めな気分になることが多くなっていった。
おかしい。何かがどうしようもなく間違っている。こんなはずじゃ無かったのに——
今の幸せな生活には、何も欠けている所なんてないはずだ。それなのになぜか、寂しくて仕方ない。もうずっと前から、取り返しがつかない何かを失ってしまっている気がする――
気分が重い。胸が苦しい。何にも集中できない――傍から見れば,いつも通り万能なスイレンに見えるようだったが、スイレンはいつ「これ」が露呈するのかと、戦々恐々としていた。
もしそうなったら——そうなってしまったら。
ダメ。
ダメ、ダメダメダメダメダメ――!
そんなことは、あってはならない。
スイレンが、学園のみんなの模範でなくてはならないのだから。
自分自身の存在を以て、みんなの心を支えなくてはならないのだから。
清く、正しく、美しくなければならないのだから。
毎朝毎晩、不安になった時はいつでも、コンソールを開いて自分の性格プロファイリングを確認し、諳んじる。
スイレンは冷静でいなければいけない。スイレンは常に微笑んでいなければならない。スイレンはおしとやかでいなければいけない。スイレンはみんなのお姉様でなくてはならない。スイレンは貞淑でなければならない。スイレンは面倒見がよくなければならない。スイレンは可憐でなくてはならない。スイレンは才色兼備でなければならない。スイレンは文武両道でなくてはならない。スイレンは後輩を愛さなくてはならない。スイレンはスイレンはスイレンはスイレンは――
……………………苦しい。
誰か、助けて——
そう言わなければならないのに、自分では気づかない。なぜなら、そんなことがあるはずはないからだ。スイレンはこれまで、そんな自分の存在は教えられてこなかった。
だがそんな中、辛うじて彼女の心の均衡を支えている存在があった――コハルだ。
コハルは最近、自分から積極的にスイレンに話しかけるようになってきた。単なる世間話や部活動の話だけではなくて、なんというのか……以前までとは、何かが違っていた。
ある時スイレンが、何気なく「可愛いわね」と言った時、コハルはいつも通り照れて戸惑いながらも、「ちなみに……可愛いって、どういう風にですか?」と聞いて来た。
そんなことを考えたこともなかったスイレンは、答えに戸惑ってしまった。
「楽しいわね」――「はい……!ところで、楽しいって、どういうことなんでしょう。」
「コハルは趣味とかないの?」――「特に、無いんですけど……友達と一緒にやることが、全部趣味かも知れないです。」
「私、卒業したらSIRIESに就職するつもりなの。」――「さすがです先輩!ちなみになんですけど……どうしてですか?」
どうして…………「どうして」?
わからない。
最近のコハルの質問は、意味が分からないことが多かった。
そんな話、スイレンからは全くしていないのに。まるで、他のみんなには見えない、そこにないはずの扉を開こうとしているようだった。
でも、これだけは確かだった——コハルは、他の誰とも違うレベルで、スイレンのことを気にかけてくれている。
あったばかりの頃は漠然としていたが、今やスイレンは確信に近いものを持っていた――コハルは自分にとって、特別な存在だ。
傍にいるだけで、幸せが満ち溢れる。とても懐かしい感覚。
やはり、前にどこかで、あったことがある気がする――もしかすると、生まれる前、とか…………?
コハル…………あなたは、いったい誰なの……?
コハルのことが気になってしょうがない。歌の練習に集中するために、歌そのものを彼女に捧げるつもりで歌うことにした。
今も、会いたくてしょうがない。いつものように、またこの重い気分から、今すぐ助け出して欲しい――
そんな時ちょうど、インターホンの映像に、コハルの姿が映った。
「――スイレン先輩!練習中失礼します……!は、入っても、良いですか……?」




