7-2 誰のせいで
…………あ、やばっ。
キャサリンの頭が、一瞬フリーズする。
「あっ…………いや、こっちこそごめん、ちょっと、イライラしちゃってさ……あたしももうちょっと気を付けないとな、アハハッ…………!」
キャサリンは無理やり張り付けた笑いと共に、ヘレンに手を差し出す。
彼女は一瞬、訳の分からない表情を垣間見せてから、その手を取った。
――あ?何だ今の顔……もしかしてこいつ、キレてんのか?逆切れ?
キャサリンは気のせいだということにしようとした――だが、
「そう、だね……キャサリンちゃんも、もうちょっと、気を付けて欲しいな……ヘレンちゃんももう、直せるところは直してる、から……。」
リーダーのドールが突然そう言った。
「…………え?直せるところ……いや、そんなことないだろ。まだこれから――」
「あのさ!あの!ずっと!ずっと言おうか、迷ってたんだけど…………!ヘレンちゃんは、全然動き間違ってなくて……!むしろ、キャサリンちゃんの動きが、ちょっとおかしいって言うか…………。」
「…………あ?」
キャサリンの笑顔が固まる――それ自体が、周りを威圧しているということにも気づかずに。
「アタシが、おか、しい……?え?なんで…………?い、いや。今まで普通に――」
「その、ごめん、なさい……!みんなそう思ってて、今まで何度か話し合ってたんだけど……やっぱり、キャサリンちゃんにも、ちゃんと言った方が、良いと思って……。」
リーダーが弁解気味に言う。
何だよ、それ…………アタシの方が、下手ってこと……?こいつより?
確かに、少し思い当たる節もあった。
キャサリンは派手な立ち回りや挑戦的なポーズは得意だったが、実はさりげなく何度も「きちんと止まるところで止まれていない」と指摘されていたのだった。
嘘だ。そんなはずはない——ドジなのはコイツの役回りだ。キャサリンはそれを励ます立場であって、こんな、こんな――
「べ、別に責めてる訳じゃないんだよ。ただ、ヘレンちゃんも頑張ってるから、キャサリンちゃんも——」
「えええ~~いやちょっと待ってちょっと、ちょっと、さ…………。」
そう言いながらキャサリンはリーダーに詰め寄り、肩を叩く。
ぽん、ぽん、と。
自分でも、何がしたいのかわからなかった。
肩を叩く動作――励ます、慰める、アドバイスする……言い聞かせる?
違う。どれも違う。
キャサリンの知っているレパートリーが一つも今の状況に当てはまらず、どうしようもなくなって出た行動だった。
「えっ…………え?え?」
キャサリンは解除できなくなった笑い顔と共に、ただ、間が抜けたように疑問符を繰り返すしかなかった。
「ヘレンちゃんはっ……キャサリンちゃんに迷惑かけたくないって言って、ずっとリーダーたちと一緒に、付きっ切りで練習してて……!」
他の誰かが叫んだ。
「だからさ…………そんなに、怒らないで、あげて……!」
その場にいた全員の思考が、一瞬停止する――これは、シナリオ的に間違っている。
その発言は、完全に空気を読むことに失敗していた。
「…………怒るって、誰が……?」
画面越しにその場面を見ていた監視員は、固まったままパニックになっていた。各エントリーチームの練習の追い込みは、全てノンカットで配信中だ。
ただの険悪な空気と言うならばいい。だが、それが普段のキャラと一貫性のない怒りによるものなら、まずいどころの話ではない。……それは「キャサリン」と言う一つの人気ブランドの、終わりを意味し得る。
そして、それを防げなかった監視員たちの罪は、重い……最悪、命を持って償わされる。
キャサリンも、ヘレンも、リーダーも、監視員も――「その場」にいる全員が、次の展開を主導できずにいた。
だが、今更どうしようもない。
配信は続き、コメント欄では困惑が吹き荒れている。
――こうなったのは、誰のせいだ?
「…………別にっ……アタシ、怒ってないからさ……ああ、なんだよ、そんなことなら、言ってくれればよかったのに……悪かったな、うん……じゃあ、具体的にできてないところ、もっと教えてよ、うん。へ、ヘレンも、すごいなお前、知らなかったぜ……一緒に、頑張って直そうな…………。」
「クスッ…………う、うん…………そうですね!頑張りましょ~!」
ヘレンは笑って答えた――笑って、答えた。
キャサリンは頭が真っ白になるのを感じた――だが、顔が赤くなったりはしない。それは任意のタイミングでしか起こらないようになっている。
キャサリンは……………………何とか、耐えきった。
それ以上何も言わずに、列の中に戻る。
「…………うん、じゃあ、えっと……みんな、疲れてるだろうから!今日はここで一回終わりにしようか!」
副リーダーが声を上げ、全員がまばらに賛同の意を示す。
今のキャサリンの顔を見れば、このまま続けるのが危険だということは、明らかだった。
もはや、何も感じていない顔。
ただ、次の一押しだけで、自動的に何もかも壊す機械と化しそうな、不自然な薄ら笑い――




