6-6 素晴らしい新世界(2)
政府は、貧民たちの救済を含め、人類全体の進歩を謳っている。確かに、ジオフロンティアで働くデブリたちの生活水準は、何の不満もないほどだ。
解体されつつあるスラム街の一角で、「よりよい生活」のために自分の意思で徴用される世代が、まさにオットーたちである。
教育も受けられるし、努力さえすれば出世できる。誰もがそれぞれのやり方で、人類の発展に貢献する役割を得られる——入学式でのスイレンの演説は、SIRIESのプロパガンダそのものだった。
だがそれは、あくまで「人類の成果」として見せびらかすための、一面的なものに過ぎない。
そもそも社会構造からして、どう足掻いてもデブリの出世には限界がある――そんなことはわかりきっていた。
貧富の差は、根本的に解消されない。
その他にも、選挙の不在、デブリの去勢と地上への移動制限、ドールの「学園」と「配信ビジネス」など――明らかに、政府が掲げる「美しき人類」の思想と矛盾することばかりだった。
「そうは言っても実は、この欺瞞自体は旧世界の終わり頃からあった……すなわち、全人類に幸福になる権利が『ある』と言いながら、誰かの不幸は放置し、そのことに矛盾を感じないように自分自身を騙す。……今の世界ではもっと極端になった。地上の人は機械化された生活をしているから、そもそも貧民たちの労働を見ることさえ無い。電子空間上の『みんなが幸せ』と言うスローガンだけを共有し、仮想の理想郷に生きていく……そして、デブリたちもその幻想を信じたがる。」
「っ…………確かに、そう言う感じ、ですよね……。」
オットーは自分の友人たちの薄幸そうな笑顔を思い出し、歯噛みした。
ドールたちが、画面越しに自分たちに向かって笑ってくれる――だから、「自分たちは認められている」んだ、と感じられる。惨めさを忘れたまま、ヘラヘラと生きていける――
「そんなんでいい訳ねえだろ、ったく。あの愚図共がっ……!」
エリックが毒を吐く。
そうだ、みんなそれは嘘だってわかってるはずだ……それに、ドールたちだって、実際は――
オットーは、目の前のハンナを見遣る。
「…………え~とさ……要するに、どうすればいいんだ?」
マサルが苛立ったように言う。
「旧世界はひどかったけど、今の世界は実はもっとダメってこと?そんなこと言ったって、どうしようもなくね!?」
彼としては、毎日それなりに手ごたえのある仕事をして、美味しい食事が摂れればそれで満足なのだ。
……だが一方で、デイヴィッドが主張する「善く生きる」と言う考え方には、確かに不思議な魅力がある。……問題は、それを主張して何になる?と言うことだ。
「——確かに、今の社会の仕組みを変えるのは難しいのかもしれない。仮にそうなったとしても、誰かがより多くの苦痛を引き受けるのは仕方のないことなのかもしれない……。」
デイヴィッドは静かに語る。
「歴史上、人類は「人権」も含めて、様々な道徳の考え方を持っていた。僕はその全てについて長年読んできたけれど、やっぱりどの考え方やシステムがもっとも正しいのか、なんて言いきれないと思う――でも少なくとも、自分が信じる道徳に嘘をつくべきじゃない。これだけは確かだ。」
デイヴィッドは席の列の間を歩きながら、みんなに呼び掛ける。
「もし誰かが、他の誰かの利益のために苦痛を負うことになるとしても、だよ。……平等にせよ自由にせよ、みんなが同じものを大事にしているとしても、それが《《現実にその通りになっている》》と思えなければ、満足して生きることはできないんじゃないだろうか……。」
「……そうしないと、幸せにもなれない、ですか……?」
「さあ、どうだろうね。幸せにも色々あるから……でもある種の幸せは、確実に手に入らなくなるだろう。ちなみに、幸せの種類については、僕が貸した本に書いてある。」
「ある種って言うのは……。」
デイヴィッドはオットーの方を向いて、立ち止まる。
「自分の人生に、『意味がある』と感じられること――生きること自体に価値があると、確信できることさ。」
デイヴィッドとオットーの間に位置するハンナは、それを聞いて少し肩を震わせる。
デイヴィッドはその様子をちらりと見遣るが、特に何も声をかけない。
彼女との対話はこれまで何度も繰り返してきた。……デイヴィッドが新しく教えられることは、何もない。




