6-5 素晴らしい新世界(1)
ドールたちの中には、何らかの理由で、養成機関から「退学」させられる個体がいる――通称、「色落ち」。ジオフロンティア中のあらゆる施設で、最下層で機械整備を行わされているらしい――下級職員は知ることのできない情報だった。
聞けば、この場にいる整備員たちは全員、「ライデンシャフトの悲劇」で負傷し容姿を損なったため、社会的価値を失った「色落ち」達だそうだ。
オットーは目の前に座る、単発を黒く染めた少女――ハンナを見つめた。彼女の伏せた顔面には、斜めに大きく走った二本の痛々しい傷跡がある。
彼女の顔の傷と、デイビッドから聞いた話だけで、事件がかなり壮絶なものであったことが分かった。……ただ、相変わらずなぜそんな事件が起こったのかは、わからなかったが。
トラウマを抱えている本人たちに、根掘り葉掘り聞くわけにもいかない。オットーたちはそれ以上話を掘り下げることは無く、読書会に移った。
普段ならば、各々が読んだ本の短いまとめやディスカッションをするらしいが、今日はオットーのためと言うのもあって、ドールとSIRIESの歴史の話がされた。
……新世界に入ってからの話ではあるが、やはり本来であればアクセス禁止の情報たちだ。
DOaL――Domestic Organization as Ladies。旧世界のとある研究所が開発した、一種の人造人間とされる。
そして同じ研究所が、DOaLと食料の生産のために用いた技術は、SIRIESと呼ばれる一連の資源生産システムに組み込まれていた。
新人類連邦は研究所を国立機関として取り込み、SIRIESを一元管理する委員会を発足させた。
だがそこで問題だったのは、委員会が富裕層のみで構成されていたことだ。彼らは資源の優先権だけでなく、新たな社会の実質的な支配権をも握った訳だ。
「その当時のことは、僕らの一つ前の世代なら、多少は知っていたらしい……僕の恩師でもある前の館長が言うには、この当時のドールの扱いは、奴隷も同然だったらしい。」
外向きには人間と対等な人権を謳いながら、実際は権力者たちの性的な玩具となり、子を産む機会として酷使されるのが当たり前だった。
……そしてそのことが既成事実になると共に、誰も非難の声を上げることもなくなっていった。
なぜなら、既に一般大衆はドールのおかげで有形無形の様々な恩恵を受けていたからだ。もはや核を恐れて、陽光の当たらない地下都市に住む必要もない。わざわざ文句を言うことは無い。
同調圧力、権力構造、全体主義、大衆の政治――デイヴィッドは、時々オットーたちが聞いたことのない様々な言葉をつぶやきながらも、極めてわかりやすい説明を続ける。
「……ところで、この時代の『大衆』と言うのは、旧世界のそれとは違って、中流階級のみを指す。支配層が金持ちで、参政権を持つのは中流、そして最下層でドール以下の扱いを受けていた肉体労働者達――彼らは、『デブリ』と呼ばれるようになっていた。」
デブリの中には、その後数十年にかけて少しずつ、風俗街でドールに産み落とされた、美しき第一世代が混ざるようになっていった。
そのうち、少女たちはほとんどSIRIESに「徴収」されていったが、一部の「取り残し」や少年たちは、母親たち同様スラム街で奪い合いに遭い、いっそう悲惨な人生を送ることになった。
「人類は大昔の露骨な差別と不平等の社会に逆戻りした……というだけじゃない。むしろ、もっと悪くなったと言える。……なぜなら、人類は表向きの『社会』から、デブリたちが全く見えないようにしたからだ。」
差別だって?とんでもない、我々はそんなことはしていない ——そんなことはあってはならないのだから!
「新世界連邦は旧世界の、『人権』の考え方をそのままプロパガンダとして継承した――そして、それにそぐわない現状からは、徹底的に目を逸らすことにしたんだ。」
スラム街を解体し、貧民を奴隷化して少しずつ地下に追いやり、封じ込めた――かつて人類全体がそこに住んでいた、負の歴史と一緒に。




