6-4 「読書会」
オットーはエリックに連れられて、資料館の最下層――B3階にまで降りて行った。旧世界の情報を専門とした階――禁書へのアクセスが可能な階。
「この階って……俺たちのライセンスじゃ使えないんじゃないか?」
エレベーターの中で尋ねたが、エリックは「黙ってついてこい」とだけ返した。
あれ?ていうか……なんでそもそもエリックのIDで、この階まで降りられるんだ?
あまりにも自然に認証操作をしていたので、深く考えていなかった。
そしてよく見てみれば、エリックの持っている認証カードは、個人用のものではない……固有番号が彫られていない。いわば、共用の合鍵のようなものだろうか。
こいつ…………何者なんだ……?
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――数分後。
オットーはとある閲覧室の一角に座らされていた。部屋の中には、オットーとエリック以外にも多くの人がいる。
「最初に言っておくけど、ここでの監視記録は全部偽装してある。何を話しても問題ない……さっきの部屋も一緒だ。」
エリックがそう言いながらオットーの二つ隣に座る。そして彼の席の更に一つ先には、赤毛でスポーツ刈りの少年が座っていた。
その他にも恐らく様々な部門の人が、各々ホログラムで資料を閲覧している。何人かは最下層の整備部門から来ているようで、黒いキャップを目深にかぶっているため顔が見えない。
丸メガネをかけた壮年の男が、オットーの傍に立った。
先ほどオットーを迎え入れてくれた、この場所の代表のような立ち位置の男だ。白髪交じりで、人のよさそうな笑みを常にたたえている。
オットーは今まで(地上でもジオフロンティアでも)これほど物腰が柔らかな人間には会ったことは無かった。
この人も、デブリなのか……?
「オットー君。改めてようこそ、『読書会』へ――僕はこの資料館の館長、デイビッドだよ。」
「ど、どうも…………。」
「ここは、旧世界のありとあらゆる『本』を読むことができる場所なんだ。普段はみんな、それぞれ業務終了後に来て読んでいるのだけれど、週に一回、こうやって集まって、同じ本について話し合いをするのさ……全員集まったから、そろそろ始まる時間だ。」
「マジかよ、カレーってニホンの食べ物じゃなかったのか……!?ああ、ナンとライスで別なのか、へぇ~……!」
一つ先の列で、大きな声を上げている少年がいる――孵化管理部門のマサルだった。
オットーは驚く。……もっとも本と縁が無さそうな奴なのに。だがオットーは、彼が読んでいるのが食べ物の歴史に関する本だと気づいて納得した。
「……あ、あの…………ここで読んでる、本って……。」
「ああ、禁書も含まれているね。そうでなくても、君たちは本来読むことを許されていない本ばかりだ。でも心配はいらない。閲覧履歴は全て偽装してある。そして偽装した履歴と、この階と行き来する一枚のカードの履歴は全て私のものだ。ここに来ている人は君以外、居住区から裏道を通ってここに来ている。その証拠はデータ上どこにも残らない。つまり、君たちが参加者だとバレる心配はほとんど無い。」
デイビッドはこともなげに言った。
万が一の時は、この人が全て罪を被る、ってことか……?それに、中央部門の禁書庫に、「裏道」……?
オットーは何が何だかわからなくなってきた。
「どうして……これって、犯罪、ですよね…………?なんで、そんな危険を冒してまで……。」
「――真理の探究のためさ。その方が、今の法律よりよっぽど大切なことだからね。」
「真理…………?」
デイビッドは笑みを崩し、真顔でオットーに語りかける。
「ここにいる人たちはみんな、世界の真理を求めているんだ。……君もそうなんだろう?ドールと言う存在は何なのか……そして、今の社会がどうしてこんな構造になったのか。」
「…………はい。」
オットーはためらいながらも答える。
「よろしい。……ただ、前者の答えについては、残念ながら僕は知らない。旧世界の資料として残っている手がかりもないしね。しかし、後者についてはある程度知っているから、本を読まずとも直接教えてあげられるだろう。……他に何か、知りたいことはあるかい?」
「他に…………。」
オットーは思案する。ここのデータベースには、旧世界のあらゆる知恵が眠っていると言う。ならば、オットーのあらゆる疑問への答えが見つかるのだろうか?
……敢えて一つ、挙げるなら――
「…………『幸福』。幸せが何なのか、知りたい、です…………。」
「……『幸せ』か、ふむ……そうだな、オットー君。今の君は、自分が幸せだと思っているかい?」
デイビッドは部屋の端においてある共用スクリーンに近づく。
「……わかりません。多分、違うと思うけど…………でも、友達がよく言ってるみたいに、ドールたちの方が幸せだって言うのも、なんか違う気がしていて…………。」
その言葉に、オットーの目の前に座る整備員が固まる――だが、オットーは気づかない。
「……どうしてそう思うんだい?」
「…………わかりません。そりゃもちろん、ドールたちが羨ましいって思うことは、ありますけど……でも、どれだけ条件を比べて考えても、外から見てるだけだと、誰が本当に幸せなのかって、よくわかんなくて……。ていうか、本当に幸せの正しい定義がわかって、それを選べば幸せになれるかも、分かんないし…………でも、SIRIESが言ってる『人類の幸福』っていうのは……違う、気がする。」
オットーは今まで、一度も口にしたことがない本音を言った。ここでは許されるとわかっていても、握った拳に汗がにじむ。
「――論理的に理解したからと言って、実践できるかどうかはわからない……あるいは、その対象を『知った』とは言えないかもしれない、と。それは良い洞察だね。その前提があるなら――」
デイビッドはスクリーンに、いくつかの本のタイトルを表示する。
「——君には、『哲学』がおすすめだ。僕の一番好きな分類だよ。いくつか僕の共用端末で、幸福論に関する本を貸し出してあげよう。」
「え……い、良いんですか。俺、今日来たばっかりだし……。」
と言うより、禁書を借りるのは危険だ……だが、デイビッドはそんなオットーの心配もわかった上、と言う様子だった。
「僕たちは構わない……読書会に参加するかどうか、決めるのは君だ。……リスクに見合う利益があるかどうかも、ね。まずは一冊でも読んでから、考えてみて欲しい。
「…………じゃ、じゃあ、お願いします……。」
オットーはひとまずうなずいた。参加しないにしても、怪しい連中と関わりを持った時点で不安まみれだった。だが先のことはともかく、今はただ、読んで見たかった。
「なかなか骨が折れるだろうからね。僕の注釈ノートも参考にすると良い。」
「おいおい、随分押しが強いな。『ようやく弟子候補が現れた』って思ってるか?」
エリックがタメ口でデイビッドを笑う。
「ハハハ……無理に押し付けるつもりはないさ。」
「……ていうかさ、オットー。お前、ここに来た当初の目的、忘れてねーか?」
「え…………あ。」
そうだった。オットーは「ライデンシャフトの悲劇」について、知っている人物に会いに来たのだった。
「あの……デイビッドさん、もう一つ聞いても良いですか?」
「なんだい?」
「『ライデンシャフトの悲劇』について、何か、知ってるんですか……?」
――その瞬間、オットーは場の空気が凍り付くのを感じた。
デイビッドは、相変わらず静かな口調で答える。
「少しだけね……僕も、そこの彼女たちに聞いて知ったんだ。」
「……………………え?」
今、『彼女』たち、って言った……!?
向かいに座る整備員が、恐々と顔を上げ――オットーと目が合った。




