〼〼〼 宣戦布告
それからコハルは、エリーに詩の書き方を教わり始めた。
「……詩って言っても、初めての人は韻文は難しいと思うから、まずは散文から……。それと、自分の言葉を磨くことが目的なら、何も詩だけを書く必要はない。だから、例えば――」
「……よし。」
――コハルは自室の机にコンソールを開き、ノートの新しいページを開く。
今から、人生で初めての日記を書こうと言うのだ。
「とりあえず、今日あったことを書けばいいの、かな……?」
今日はお散歩をしたよ。
なんかよくわかんない悩みがあって、苦しかったけど、エリーちゃんに会って相談したら、どうすればいいか教えてくれた!
「自分の言葉を探してみよう」だって!
詩を書いたり、こんな風に日記を書いたりしてれば、いつか自分だけの言葉が見つかるんだって。
エリーちゃんって本当に頭いいなぁ……。
自分の言葉とか、まだよくわかんないけど、きっと何か変わるはず、って信じてる。
明日から頑張ろう!
「……………………あれ。何、で…………?」
書き終わってから読み返して、コハルは茫然とした。
ちがう。こんなことが言いたかったんじゃないはず…………。
コハルが悩んでいたことが、全く説明されていない。エリーから受けた啓蒙も、その結果起こった変化も、何もかも単純化されすぎている。
こんな……こんなに、軽くなかったはずなのに!
ちょっとした問題が起き、それが友達の助けでわかりやすく解決する――コハルは自分が無自覚のうちに、出来事をいつも通りの「作法」にあてはめて解釈していることに気づいた。
細部を付け加えて書き直そうとしてみたが、どうにも満足のいく言葉は出てこなかった。
『自分の気持ちがよくわかんなくなっちゃった』
『スイレン先輩のことが好き。でもどうすればいいかわかんない』
『点数を、無理してあげなくてもいいと思った』
『無理してたって訳じゃないけど、なんか違う気がしてた』
『自分らしく生きられない』
『違う。自分らしさとかじゃない。自分らしさとかが、むしろ嫌だ。苦しいし、窮屈
だし。もっと自由になりたい。』
『違う。自由とかそう言う問題じゃない。』
「違う…………ちがうちがうちがうちがう………そうじゃないのに!」
コハルは机を拳で叩いた――今まで一度もやったことがない行動に、自分で驚く。
だが、その馴染みのない怒りと言う感情には、何か重大な意味がある気がした。
コンソールのホログラムに映る自分の目は、怒りに燃えている――コハルが、「コハル」をにらみつけている。
そうだ……「コハル」だ……。私は、コハルに怒ってるんだ…………。
自分が思いつく言葉はどれもあまりにも拙く、子供じみている。
自分らしさだの自由だの、けっきょく散々繰り返されてきたドールのスローガンを援用した、お仕着せの言葉ばかり。
それらは全て、コハルの中にどうしようもなく染みついていた。
それをすべて洗い流し、削り直さなくてはいけない——自分自身を、否定しなければいけない。
エリーがこう言っていた。
『自分を探すって言っても、どこかに正しい『本当の自分』がいるわけじゃない……。感情は常に、解釈によって選択されるもの。新しい解釈が、新しい自分を創っていく。言葉を使って、自分を解釈し直す……それが、自分を探すということ。その過程では、選ばない言葉や感情もたくさんある。選ばれず、捨て去られる無数の自分があるの。』
自分を、捨てる――それはもしかすると、激しい痛みを伴うものなのかもしれない。
今まで愛していた自分を――わかりやすく、純朴で愛されやすい、居心地のいいカタチを捨てなくてはならないのだから。
コハルは変わるために、傷つかなければいけないのだった。
『私たちには、少しずつだけど、自分を解釈しなおす自由がある……コハルちゃんも、きっと変われると思うよ……変わりたい理由が、あるなら。』
エリーはそう言ってほほ笑んだ。
「……わかったよ。じゃあ、やってやる……!」
音声入力によって、自分の言葉が文字になって、自分に跳ね返ってくる。
「私は、コハルを捨ててやる……!誰かの『解釈』なんて、もう必要ない……!難しくても、苦しくても、妥協なんかしてあげないから……!私は、私を捨てて……私を手に入れてやる!」




