5-〼 A Tiny Error
「私も……点数に、囚われたく、ない……!」
コハルは絞り出すようにそう言った。
「コハル、ちゃん…………?」
コハルがゆっくりと上げた顔には、涙が流れていた。
「ごめん…………なんか、今ので、気づいたっていうか……。今まで私、みんなと……点数が上がるように、仲良くしてたんだって……なんの、理由もなく……!何も、疑問も持たずに…………なんで、気づかなかったんだろう……?」
「…………なんで、だろうね……。」
実を言うと、エリーにもよくわかっていなかった。ただ、何か見えない力で、ドールから言葉が取り上げられているのは確かだった。
そしてそれがなぜか、初等教育教室の時にエリーが見つけた書物には、及ばなかったということも。
「……私、みんなが自分らしく、仲良くなれてれば、それでいいって思ってた……でも、やっぱり違う……なんて言うか、自分をちゃんと、伝えられてない気がするし……。
コハルは嗚咽しながら、初めて自分の気持ちを言葉にする。隠していたわけでも、嘘をついていたわけでもない。
ただ、本当は知っていたことを、言葉にしていなかっただけだ。
「自分でも、色んな自分の気持ちがわかんなくなっちゃって……。他の人だって、何を思ってるのか、私はちゃんとわかってあげられてない気がして…………それが、すごく、嫌……。」
「そう、なんだ…………。」
ヘレンが思っていること。キャサリンが思っていること。みんなが自分に対して思っていること――
自分のスイレンに対する気持ちさえも、わからない。
……それが「恋」だとしたら、恋としての正解に従うべきなのか?
「交際したい」「キスしたい」「一緒に寝たい」――何一つ、具体的に願ったことなどなかった。
スイレンの自分に対する気持ちも……強い好意であることに、間違いはない。
だが、それはどういう種類の好意なのだろうか?
ペアリングの申し入れをすれば、きっと簡単に受け入れられるのかもしれない。
大好きな相手と、どういう風にするべきか――彼女もそのルールを共有しているからだ。
しかし、本当にそれで、お互いの想いまでも共有したことになるのだろうか?
スイレンはどうして、自分にあれほど関心を抱くのだろうか――薄々感じていた、違和感。
もしかすると、他の誰かに似ているから……?
わかんない。私、先輩のこと、何もわかってないよ……。
「……私も、自分の言葉が欲しい…………!自分のことも、他人のことも……もっとちゃんと、知りたいのに……。」
エリーはコハルの肩を抱きながら、答える。
「じゃあ……コハルちゃんも書いてみる?詩…………。」
「…………うん……うまく、できるかな……?」
「うまくなくても、いいんだよ……辞書とかも使って、たくさんやってる内に、少しずつ、自分の言葉が増えていくから……。私のも、ちょっとだけ、見せてあげる……ほ、他の人には、言わないでね……?」
エリーはそう言いながら、恥ずかしそうにコンソールを開いた。
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コンパートメントの中。モニターに映るコハルとエリーが、肩を寄せ合いながら詩を読んでいる。
普通なら、このような感傷的な場面はぜひともクローズアップして放送しなければならない。……だが、こればかりは事情が別だ。
ブォエンはAIが彼女たちの邂逅を検知した時点から、ただちにデータの送信先を自分の元に制限した……他の監視員が余計なことをしないように。
エリーは1学期を通してほとんどと目立ったイベントも起こさず、点数も随分低い。退学には程遠いが、関心を持つ視聴者はほとんどいない。
言語能力と自己表現力に乏しいながらも、幾何学においては天才――そのように設計され育てられたはずだが、あろうことか内的言語がこれほどまでに発達しているとは。他の監視員たちは全く注目せず、見逃してしまったのだろう。
ドールの中にはごくたまに、こうやって予測不可能なノイズが生じることはある。
それにしても、「得点の最大化」と言う最も強く刷り込まれたルールに染まらなかったのは、相当珍しい……だが、ブォエンは驚いていなかった。
「全く、世話の焼ける子たちですね…………。」
しかしこれも、必要なことだ。エリーについては、今はとにかく注視しておき、影を薄く保てばよい。
…………それよりも、問題なのは――
「……コハル、か。」
二か月後のイベントへの影響が懸念されるが……。
いちど自身に課されていた枷を自覚してしまった以上、Pを使ったとしても軌道修正は難しい。
あるいは、むしろ…………。
ブォエンは思案しながら、桃髪の少女を冷たい視線で睨んだ。




