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5-3 私のコトバ

 講義のない日曜日。コハルは校内をぼんやりと歩き回っていた。学園中が文化祭の準備で忙しい中、コハルはドールのいない場所を選んでうろつく。

 なんとなく、もやもやとして言い表せない気持ちをぐるぐると繰り返し続ける。そこから先に一歩も進めない。

 自分がなぜ困っているのかさえよくわからない。ただ、()()から抜け出したい――そんな曖昧な危機感に駆られて足を動かし続けていた。


 中庭に出て、噴水の周りを回り始める。本当にこの学園はどこを取っても広い。この噴水も、回り切るのに5分はかかるだろう。

 周囲には綺麗に刈り込まれた植木や花壇の花、果樹が並んでいる。

 ガラスのドーム型の天井から心地よい日差しが差し込む。熱くなく、まぶしすぎない――本物の太陽なのかは、わからないが。

 一見、天井がないように見える競技場などでも、全ての気象は人工的に管理されている。

 雨が降ることもあるが、それは何らかの()()()()が起こる時に限る――例えば、パートナーたちが雨宿りで距離を縮める時、など。


 ふとコハルは、噴水越しに、ベンチに座っている誰かの後ろ姿を見かけた。


 そう言えば、夏に練習が忙しくなって以降、あまり話していなかった。コハルは気分転換に、と思って彼女の脇に駆け寄る。


「…………ああ、あの……エリーちゃん、久しぶり!」


 いつも通り、天真爛漫な笑顔で呼びかける。エリーは「わっ」と肩をすくめ、手元のコンソールを隠しながら振り返った。


「あ…………コハル、ちゃん。こんにちは……。」


「こんにちは。……今日もいい天気だねー。」


「そうだね……最近、毎日同じ天気だね。」


「え…………あ、そうだね。」


「エリーちゃん、何やってたの?」


「こ、これは、その…………詩を、書いてたの。」


「…………え?」


 エリーは恥ずかしそうに顔を伏せる。


「詩って……あの、詩人さんが書く奴!?」


「うん……わ、私なんか、ぜんぜん詩人じゃないけど……。」


「え~っ、全然知らなかった~!すごーい!え、これって……誰にも見せてないの?」


 エリーはこくり、とうなずく。


「なんか、クラブ活動とか……?」


「ううん、文芸部もあるけど、入ってない……。成績にも、反映されないけど……私は、その方が良いから。」


「その方が、良い……?人に見せると恥ずかしいから、とか?」


「ううん。それもあるけど……私は、私だけの言葉が欲しいから。」


「……?」


 エリーはコハルの困惑した顔を見て、訥々と語り始める。


「言葉って言うのは……他人ひとに向けて使った時点で、意味が変わってしまうから……。言葉は、自分がどんな存在かを定義する。……だから、他人に見せる言葉は、他人に見せるための自分を作るんだよ。」


「……………………!!」


 コハルはその言葉を聞いて、心臓が跳ねるのを感じた。


 何、この感じ…………?


 エリーの言っていることはとても難しげだった。今まで自分が考えたこともないような、いかにも「詩人さん」らしいことを言っているようだった。

 それはエリーの個性であって、自分とは何の関係もない……はずだった。


 なのになぜ、こんなにも、核心を突かれた感覚になるだろうか。


「わ、私は、他人に見せるための自分ではいたくないって思ってて……。す、少なくとも、外側の自分を作るのは、自分の中の自分がもう少しわかってからにしたいから……。」


「自分の中の、自分…………。」


「うん。私は、それを見つけるために言葉を紡いでるの。」


 エリーは自分が詩を書き始めた理由を語る。


 エリーはいつも、自分の気持ちをうまく言葉にできず、コミュニケーションに困っていた。

 そうは言っても学園生活が始まって半年経ち、クラスや部活動でそこそこ仲の良い友人はできた。


 ……だかそれでも、何かが足りていない気がした。友達と話す以上に、もっと大事な「言葉」が。


 教科書の中にも、歴史資料の中にも見つからない。

 唯一可能性を見出せたのは、文学作品だった――そこには、全く未知の世界が広がっていた。かつての世界を生きていた人間たちの文化、生活、喜び、苦悩――その全てを、まるで自分自身の経験のように味わうことができた。

 そして同時に、周辺的な様々なことも考えることができた。小説に登場する人間の女性たちが、いかにドールたちと異なるのかと言うこと。

 そして、なぜか男性が主人公の物語、あるいは女性の社会的立場について深く考察できるような作品が、極端に少ないこと——


「…………きっと誰かが、私達から言葉を隠してるんだな、って。」


「誰かって……誰が?」


「わかんない…………。」


 だが、そんなことはどうでもいい。むしろ重要なのは、性格がよく似た女性が書いた作品ですら、エリーが求めるものそのものではなかったということ――すなわち、エリー自身の言葉は、他でもないエリーが自分で紡ぐしかないのだ、と言うことだった。


「……そ、そんなの、何の役に立つの、って思うよね。……それも、よくわかんない。でも、大事なことだって気がする……。数学に、似てるし……。」


「……詩を書くことが?」


「うん。私は、数学が好き……過去の数学者たちによれば、この世界は、数学的秩序で満ち溢れている……自然も、人工物も、社会も……私が直接見たことが無いものも、数式とグラフを使えば、世界のいろんな真実を書き表せる。……それと一緒で、詩で言葉を使うことも、多分、真実を知る一つの方法だと思うの。」


「しん、じつ…………?正解ってこと?」


「正解とは違う。」


 エリーは珍しく、口ごもらずにはっきりと、コハルの発言を否定した。


「人間と、ドールにとっての『正解』は、一つに決まるもの。なぜなら問いに対する答え方を予め恣意的に決定しているから。それが人間が考える事実。でも()()の世界には、一つに決まらない非決定な解が無数に存在する。解き方も無数に存在するし、同じ解き方でも、無数の答えが存在する。つまり、見る側面によって無数の『解』釈ができるし、無数の可能性がある……でも、真実がわからないという意味じゃなくて、むしろ現実のいろんな面を、正解で覆い隠さないということは、()()()()()()ということでもあって……あ、ごめん。つまりね――」


 ぽかんとしているコハルに対し、エリーは短くまとめる。


「——私は点数になる『正解』より、もっと大事なものがあるんじゃないか、って思ってるの。」


「…………え、エリーちゃん…………今、なんていった……?」


「え……だから、て、点数にならなくても、真実を知りたい、って……。」


「てん、すう…………?」


 ……点数、点数…………あ。


 コハルはようやく、自分が忘れていたその言葉を思い出した。


「っ…………!」


 コハルは頭を抱えて伏せる。


「……!?コハルちゃん、だ、大丈夫……?」


 封じ込められていた認識が、風船が割れるように解放されていく。

 コハルは最後の一押しとばかりに、それを口に出す。


「…………私……私、は……!」


 ――()()()()()()()()()()()()()()()()()()

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