5-2 「キャサリン」
体育館のコートに、無数のバスケットボールが跳ねる音が響く。ドールたちの手足が入り乱れ、七色の頭髪が視界をちらつく。
キャサリンは端のベンチに座り、虚ろな目でその光景を見つめていた。
疲れる。
どこもかしこもドールだらけで、いい加減、疲れる。
ふと、そう思ってしまった。
ただちにその考えを上書きするようなポジティブな言葉が、頭の中を通り過ぎていく――うるさくてうざったい、もう一人の自分。
1年C組の企画は、メイドカフェに決まった――キャサリンはスカートの丈を誰よりも短くするつもりだ。またターニャたちに太腿を触らせてあげることになるだろう。
もちろんキャサリンはそれで構わない。
まったく、何の、問題もない。
「………………………………。」
ぼんやりする。
なんとなく、ただひたすら不愉快だ。
最近、そんな感覚に陥ることが増えていた。しかし、キャサリンは健康診断でそのことを報告はしない。その時は確かに、「いつも自分は元気だ」と思っているのだから。
きっと、これくらい誰にでもよくあることなのだろう、と思う。ライデンシャフトの先輩たちは、一人でいるときはかなり気だるげに見えるし。
それに、キャサリンにとって問題なのは体調ではない。
「キャサリン、大丈夫ですか?」
茶髪のボブカットで眼鏡をかけた少女が、キャサリンの顔を覗き込んでくる。
「ん……あ、アルマか…………悪ぃわりぃ、ちょっとぼんやりしててさぁ!」
「……キャサリンはいつも、頑張りすぎなのだと思います。」
「はあ?別にぃ?アタシはいつも元気が有り余ってるぜ?見ればわかるだろ?」
「はぁ……それはただのはしゃぎすぎです。みんなの士気をあげたり、場を盛り上げるためにやっているのはわかりますが。」
アルマはキャサリンの隣に座り、肩に頭を載せてくる。
「せめて少しくらい、おとなしくしていてもいいと思います……自分の体調管理もドールの大切な義務ですよ。」
「また出たよ、『ドールの義務』って……お前まじめすぎだろ、ったく……。」
キャサリンはアルマの頭を掴み、クシャクシャとなでる。
「なっ、ちょっ……。」
アルマは顔を赤くして抵抗する。
「アタシが大丈夫っつってんだから大丈夫なんだよ!」
キャサリンは余裕気に笑いながらアルマの頭を突き放す。その行為に怒りが混ざってしまっていることは、気づかれてはならない。
「ま、心配してくれたのはうれしいけどな……ありがと。」
キャサリンは顔を逸らし、とってつけたようにデレてみせた。
――ほら、これで満足なんだろ?と、心の中でアルマを嘲笑いながら。
「…………っ。はあ、あなたって人は全く……本当に気を付けてくださいね。」
「あーうんうん。」
私に触ってくんな、ボケが。
やはりダメだ。ここ数日、他人とのスキンシップが居心地悪くてしょうがない。いつもキャサリンの方から友達と肩を組むのに……。
アルマがおかしな距離感で、大真面目にキャサリンに感情を伝える。キャサリンがそれを茶化しながら、大げさなスキンシップで愛を投げ返す。
それがいつも通りの、型にはまったコミュニケーション。
自分でも何だかよくわからない内に、二人はパートナーと言うことになっていた。
キャサリンは確かに、自分が彼女と言葉を交わし、距離を縮めていった過程を覚えている。夏の大会の直前、彼女の告白を受け入れたことも。そしてキャサリンは首尾よく40点を獲得した。
その全てを自分の意思でやったことも、自覚している。
だがなぜかそのことが、ひどく現実感がない。
最近、自分の現実のするべき行為、自分の関係する事柄の全てが、他人事のように思える――億劫でしょうがない。
すぐ何もかも、目の前から消えて欲しいと思うこともある。
今もそうだった。アルマのことは嫌いじゃない……でも、今は話しかけてこないで欲しい。
「頑張りすぎ」――?ああ、確かにそうかもな。
だが、それはなんともナンセンスな冗談としか思えなかった。カミラも本当はわかっているはずだ――キャサリンは、こういう風にするしかないということを。
「――キャサリンってやんちゃさんだけど、すごい面倒見良いし、優しくていい子だよね。」
「部活でも授業でも、みんなのムードメーカーだよねー。」
うるせえ、黙れ。
友達のことは好きだ。少なくとも、嫌いじゃない。だから仲良くするのは当然だ――そう思っていた。
だが、最近そんな自分の気持ちが、疑わしくなってきた。
一人でいるときに、自分の言動を振り返ってみると、驚くほど白々しく感じられるのだ。
さっきのあの会話、この前のあの喧嘩の仲裁、あの日の熱い団結の誓い——
おかしい。確かに自分で思ったことを言っているはずなのに。
もしかすると自分は、本当はものすごく嫌な奴なんじゃないか。
実は自分は言いたいことを素直に口に出したことなど一度もなく、ありとあらゆる罵詈雑言を封じ込んでいるのではないか。
だから誰とも会話していないとき、そう言う言葉ばかりが頭の中に響くのだ。
うわ何あいつ、ダッサ。
髪型キモッ。
は?何言ってんのか意味不。
バスケ下手すぎだろ。
何が「ふぇぇ~」だよ、もっとはっきりしゃべれや。
ブス共が、寄ってくんなし。
「キャサリンかっこいい!」じゃねえよ。お前らなんかに惚れられてもありがたくもなんともねえし。
何?「キャサリン」と言えば?
「元気」、「明るい」、「ぶっきらぼう(だけど優しい)(←そこがいい!!!)」、「行儀悪くてずぼら(だけどそれ故に露出度が高いからむしろ魅力的!キャッキャッ!)」――
いや死ねよ、カスが。
自分にとっても他人にとっても都合の良い、「長所」としての解釈――そう言う「性格」。キャサリンは自分をそれに当てはめることができる。キャサリンは、「いい奴」なのだ。
……だが、それは本当の「キャサリン」なのだろうか?
ある日、何かの拍子で、みんなに愛されるキャサリンは、ただの意地悪で空気が読めない嫌われ者に変貌するのではないか――
というか、「本当の自分」など、本当に存在するのか?
言動としての自分と、頭の中を流れていく声としての自分――どちらもただ、見えたり聞こえたりするだけで、なんとなくあいまいに共存している。
一貫性もなければ、矛盾もない。
そんな曖昧なものに本体としての「自己」など存在せず、ただの幻なのではないか……?
わかんねぇ。知るかよボケ。黙ってろ――
キャサリンはカミラに疑われる前に、さっさと立ち上がる――そしてまた、いつものように笑う。
「おーっし、それじゃまた、気合入れて頑張るか~~っ!!!」
ハイハイ、「アタシ」さん、ガンバリましょうね、っと……。




