原因調査(1)
孵化・条件付けセンター廃棄部門、小会議室1。
椅子に座るオットー達を背後に、部門長はガラス越しに巨大な装置を見下ろし、うっとりとした笑みを浮かべる。
「ご覧ください、みなさん……。あれが『天使の箱』ですよ……。あの中で彼女たちは、永遠を生きる天使へと生まれ変わるのです……!いかがですか、これが私たち廃棄部門の業務なのです!ドールに人間としての生を授ける孵化管理部門と並んで、この世で最も祝福された職務と言えるでしょう……!あ、も、もちろん、SIRIESの方々が一番高貴であられるわけですが。私共は当然、ただのデブリでありますからね。しかしながらそんなデブリであるにもかかわらず、このような使命を頂戴したということに感涙を禁じ得ない思いであると言う訳でありまして、SIRIESの皆様方にもなんと感謝していいか――」
廃棄部門長アルフォンソ――年齢は36。茶髪をぼうぼうに伸ばし、できものまみれの顔を覆っている。ただでさえ見にくいその瞳は、電子ドラッグの多用のため常にとろんとしている。
しかし業務遂行能力には問題はない。第一、この部門はかなりの工程が人のモニターを要さないで済むようオートマ化されている。その上、むしろこの部門の長としては、彼のような狂人こそうってつけだ。
アルフォンソはどの職員よりも際立って、ドールをこよなく愛し崇拝していることで有名だった。
妄想が激しく、社員教育ビデオで示された「廃棄部門ではドールたちが天使になる」と言う神話を文字通り信じ込みさえした。そこで、当時の孵化管理部門の副部門長に目を付けられ、この大役に抜擢されたという訳だ。
アルフォンソはひたすらオットーたちに、「天使の箱」のすばらしさを力説し続ける。
オットーたちはそれが全て電子ドラッグにより強められた妄想であることを知っているのだが、実際のところあの箱の中で何が起きているかは、誰一人として知らない。
奇妙なのは、ここは「廃棄」部門なのにもかかわらず、唯一の「何も産業廃棄物が出ない部門」であるということだ。SIRIESお得意の魔法のテクノロジーが使われているのだろう。
同席しているSIRIESのお偉方も、苦虫を噛み潰したような顔をしているものの、彼の妄言に突っ込みを入れるものは誰もいない。
彼は貴重な人材なのだ。せっかく都合よく狂ってくれているだから、そっとしておけ――それが暗黙の了解だった。部門長とは名ばかりで、実際は面倒だが有用な機械と言った扱いである。
「——部門長、そろそろ本題に入りましょう。」
副部門長の薔薇の子がアルフォンソをさえぎり、てきぱきと司会進行を始める。
ようやくか――と、誰もが心中でため息をついた。
この部門においても、実権を握っているのはやはり出世欲の強い薔薇の子だ。上層部に取り入り、アルフォンソのお目付け役に収まった。……彼を二人羽織で乗りこなすのは、さぞかし大変だろう。
円卓の中心の投影機が、空中にホログラムを映し出す。
保育園4班の班長はがちがちに緊張しながら、自分たちが持ってきた記録について解説を始めた。
今日この場所に呼ばれたのは、オットーたちをはじめとした教育訓練部門4班と、当時の現場を直接知る監視員数名、SIRIES上層部の重役たち、それに研究・デザイン部門の研究員たち何人かだった。
この会議を開いているのは、一年前にフェーゲライン愛嬢希望学園で起きた事件の調査委員会だ。
一年前の事件――通称、「ライデンシャフトの悲劇」。
とあるライデンシャフト寮の一回生が、突然の精神発作と共に奇怪な「変異」を起こし、寮生19名を殺害し、更に16名に、容姿に深刻かつ永続的な欠陥をもたらす損傷を与えた最悪の事件。
虐殺が起こる直前、AIの危機予測プログラムが発動し即座に全ての配信を停止したため、実情を知った一般人はほとんどいなかった。
しかし、鎮圧された当該個体を含む36名の突然の「退学」に関しては、言い訳のしようもない。地上では真相の開示を求めて、大規模な暴動まで起こった――
班長は詳細に、問題の個体のデータを日常の些細な出来事に至るまでくどくどと開示し、自分たちの部門にミスが無かったことを重ねて強調する。
もっとも、例の個体が保育園にいた頃、オットーたちはまだ就職していない。班長も当時は別の班にいたので、責められることは無い。
……事件当時は、とりあえずとばかりに元4班が責任を問われ、全員解雇させられてしまったと言うが。
本当の責任の所在はあいまいなまま、研究チームの検証実験を待ち、一年が経過――ようやく調査チームが本格的に連携を開始した。
教育訓練部門に続き、研究部門が報告を行う――彼等もまた同様に、「No.2523の設計段階におけるミスは無かった」と主張した。
重役たちが色めきだつ。
誰もミスをしていない?そんなはずはないだろう――様々なデータや理論的な説明を含めたプレゼンだったが、専門用語が多すぎて、重役たちはむしろ納得しにくかったようだ。そうは言っても、下手に言い返すこともできない。まさに理論武装である。
そうなるとやはり、またこっちに火の粉が降りかかるのか——オットーたちは体をこわばらせた。
何人かの重役たちが大声で文句を言う。
だがしかし、ここで発表していた研究員が再び手を挙げた。
「――皆様。失礼ながら、我々の発表はまだ続いております。そしてそれを以て皆様に、お互いに争う必要などないということを、ここにお伝えしたいと思います。」
研究員は大きく息を吸った。
「我々はこれから示します実験結果に基づき、この件に関しては、『確かに誰一人としてミスはしていなかった』と結論できるのです。」




