4-2 みんなイロイロ
午後のティータイム。コハルはいつも通り、セルフデザインのグループで、カフェテリアに集まり談笑していた。
真っ白な渦巻き模様の柱。真っ白なテーブルクロスのかかったテーブル。ハート柄の金細工をあしらった窓ガラスから、温かい偽物の陽光が淡く差し込む。そんな空間で笑い合う、可憐な乙女たち。
しかしコハルたちのグループは、いつもと比べるとかなり静かだった。
「はぁ……がっかりなのです……。」
「どうしたの、ヘレンちゃん……。なんか、元気ないよね?」
「それが……。」
ヘレンが言うには、最近中々成績が伸びないのだそうだ。課題の評価は低く、小テストの得点は成績にあまり反映されない。
「あー、じゃああれか。勉強やめりゃいいのかな?」
「えー、ヘレンちゃん、せっかく頑張ったのに……。」
「成績評価が厳しくなった……?そんなことないはずだけど。もしヘレンだけがそうなら、不公平よ。」
カミラが怪訝そうに言う。
「いいえ、そう言う訳じゃなくて……『頑張りすぎで、自分らしさを見失っていませんか』って……。『勉強も大事ですが、もっと自分の得意なことを伸ばしてみましょう。あなたの『個性』は、何だったでしょうか?』」
「ああ、個別評価基準ね……私は特に下がったことは無いけど……。」
「ああ、あの意味わかんない奴ね。あれって普通に、せいか――」
そこまで言いかけて、キャサリンは急に黙りこんだ。
「他人のことだから、私にもどうすればいいのかわからないわね……ヘレンの場合、どんな『個性』が評価されてるのかしら……。」
「まあ、それなりにやってればどうにかなるっしょ。お前もう、十分頑張ってるからさ。少し気ぃ抜いとけよ。」
キャサリンがぶっきらぼうに言う。
「うん……あ、はい…………。」
ヘレンにはどうにも、釈然としないくすぶった気持ちがあった。せっかく、苦手だった勉強ができるようになってきたのに。
キャサリンたちにたくさん手伝ってもらった。毎日夜遅くまで復習を頑張った。時にはAIが就寝時間を告げるのも無視するくらい、楽しくて没頭できることもあった。……このままいけば、むしろ得意になるかもしれないと思っていたのに。
何か他に、自分が「得意」であるべきものがあるのだろうか?
……いや、そんなはずはない。
ヘレンはぼんやりとだが、そんな気がしていた。
「むしろこれって…………。」
「ヘレンちゃん、なんか言った?」
「はぇ?なんですか?」
「あ、いや。何でもない、ただの聞き間違い……。」
コハルの問いかけに、ヘレンはとぼけた返事をする。
本当に、何のことを言われているのかわからなかった。しかしなぜか、彼女の心臓は一瞬、大きく跳ねていた。
そして目は反射的に、コンソールの画面上の点数通知を確認している――減点はされていなかった。
ヘレンはわかっていなかった。本当にわかっていなかった。ヘレンは言語化するのが苦手なのだから。だから勉強もできない。
だが、どういうときにどう点数が動くのかは、ある種無意識に知っていた。
難しいことはわからない。……それでもただ一つ、常に自分に言い聞かせていることがある。
――笑え。
「ヘレン、悩んでたらまたお腹すいてきちゃいましたぁ。カミラさん、そのマカロン、食べないならもらっても良いですかぁ?」
口元を緩め、両手を振りながらヘラヘラと笑う。
「あなた……本当に食い意地張ってるわね。……食べ過ぎると太るわよ。」
そう言いながらもカミラは、「これでおしまいにしなさい」と菓子を差し出す。ヘレンはそれを手で受け取る代わりに、口でかぶりついた。
その瞬間、ケーキスタンドの頭に取り付けられたカメラが反応し、彼女の行動を全世界に伝えた。
「なっ、ちょっと……!」
「ふごふご、えへへ~、あーんしてもらっちゃいましたぁ~!」
「品が無いわよ!全く……レディとしての自覚に欠けるわね……!」
そう言いながらもカミラは愉快そうだ。ヘレンも満足だった——コンソールの上に、「+4点」と表示されたのだし。
意味なんて知らない。
得点? 何のことかわからない。
わからない。わからない。わからない。
とにかく、楽しいのだ。
「……それにしても、ほんとにヘレンってよく笑うよなぁ。」
キャサリンが頬杖を突きながら言う。
「えぇ~?そうですかぁ。」
「なんでいつも、そんなに笑ってんの?」
キャサリンがよくわからない表情で、意図のよくわからない質問をする。
「さあぁ?なんででしょう。えへへ~。」
とにかく楽しい。それだけだ。
楽しいから——私は笑っているのだ。
「……………………そっか。」
「……ねえ、もしかして……。キャサリンちゃんも、なんか困ってる?」
コハルはつい、あまり深く考えずに口に出してしまった――AIによる訓練では、「他の人の悩みは、自分から聞いてはいけない。」と教わっていたのに。ただし、相手にとって自分が特別な存在になり得る場合や、コンソールによる指示があった場合を除くが。
「いや、別に……?ちょっと疲れてんじゃね?」
キャサリンはそう言ってあくびをした。
「そっ、か……。」
――違和感。
自分がそんな質問をしたことへの違和感。
キャサリンの態度への違和感。
と言うより、自分たちの会話全てに対する、違和感――
だがコハルは、直ちに自分の思考を修正することに成功した。
コハルの口は、当たり障りのない「話のまとめ」を紡ぎ出す。
「みんな、色々頑張ってるんだね……私も頑張らないとなぁ。」




