8.そんな移動手段は聞いてない
◇8.そんな移動手段は聞いてない
朝日が差し込む、大聖堂の大広間。
極彩のステンドグラスを通った光がキラキラ舞い、神聖さを荘厳に変える。
そしてその中心には、恐らく俺が知る限りで最もこの景色の中でも浮かない男。
銀甲冑こそ着ていないが、だからこそ逆に目立つ鍛え上げられた身体。極限まで磨き上げた実用は究極の美しさを伴うのだ。
そしてそれを見た人々は嫉妬も羨望すら忘れ、ただただこう思う。
アナタ、彫刻ですか? と。
「あら、リクトちゃんおはよう」
「おはようビステッカ。早いね。推しを待たせるのはコンプラ違反だから早く来たつもりだったんだけど」
「アタシは朝練をちょっと早めに切り上げすぎたのよ」
朝日を後光に変えてしまう整った顔立ちから繰り出されるオネェ言葉。流石にずっと講義で一緒だったのでもう慣れたが。
でもなんか彼の場合、性自認が女性、というわけでもないらしい。これはオネェ言葉の男だ。まぁ彼のような完璧超人だと逆に話しかけ易かったりする。案外狙ってやってるのかも。
「聞いたわよーリクトちゃん、鍛冶師だったんですってね? ねぇ、いつかアタシの剣も打ってちょうだい」
「最低五年はかかるらしいぞ。しかもちゃんと修行してで。なぁ、そういえばビステッカはやっぱり”剣士”なのか?」
「んー厳密には剣士ってジョブはないの。剣に秀でた”戦士”って感じかしらね。アーチャーやシーフみたいな一部の尖った才能持ち以外はみんな”戦士”よ」
「へぇ……」
ということはやっぱりツキシオのシーフは特別なんだな。
それに……戦士、か。それって要は一般職ってことだ。
でもそれにしては……群を抜いてるよな。
俺も大聖堂の兵士と少しくらい交流はあるが、ビステッカは別格だと思う。佇まいや動きの節々、話すときのテンポ、滲み出る余裕。
タルトのことは気品がある、と感じたがビステッカの雰囲気は一言で言うと”スキがない”だ。
ジョブってのは要は可視化された才能だろう。それを一般職のジョブで……どれだけの修練を積んだんだろうな、この人。
「でも予定より早いのは好都合ね。みんなが来てから言おうと思ってたのだけど……予定を早める方がいい気がするの」
「あれ? 買い物は止めるのか?」
「それは止めないわ。だって必要だもの。でもこの前の魔族、ちょっと気になるのよ。今の段階で魔術を使う魔族なんて。だから本来はまだ時間には余裕があるはずだけど、タルトちゃんと話して移動手段変更しようかしら、って……あら、二人も来たわね」
たしか聞いてる予定だと元々の予定は馬車で往復三日。
朝早く出発しても着くのが夜だったはず。
もっと早い移動手段があるのか……鉄道とかか?
この世界、中世ヨーロッパ然としてるけど、魔術の恩恵でたまにびっくりする技術に遭遇する。
鉄道は全然ありえる。
鉄道かぁ……車窓のツキシオ……いいな、それ。
「あ、リクトさん、ビステッカ隊長! 早いですね、時間前にはきたのですが……」
「あ、みんな~! おっはよーございまーす!」
噂をすれば。
少し舌ったらずであどけない声と張りつめた冷たい空気を鳴らすような凛とした声。
俺もかなり早く来たつもりだったけど、正解だったようだ。
「結局みんな早くきちゃったわ。みんな、ごきげんよう」
「お、お、おはようございます!」
推しアイドルが朝からおはよう……この現実にはいまだに慣れない。
しかもである。ツキシオが今着ているのはマドレーヌさんらが着ている神官服のスペア。フードは無い方が可愛いからと外してしまったが。
色白なツキシオに寄り添うような純白に、縁取りをゴールドでアクセント。ゆったりとしたシルエットは逆に彼女の線の細さを強調する。そして露出などほぼ無いからこそ、チラチラと隙間から覗く素肌のピンポイントな様式美。
俺は確信した。女神は実在する。今目の前にいる。五体投地したい。
「もーねー! 私、楽しみで楽しみで全然寝られなくて! ごめんなさいタルトさん、遅くまでおしゃべりしちゃって」
「その割には起きるのも早かったですしね……ふぁ……私は、ちょっと寝不足です」
「あら、じゃあシオンちゃんは昨晩はタルトちゃんの部屋に?」
「えへへ~……楽しかったです!」
髪を揺らしながらタルトに後ろから抱き着くツキシオ。
近いな……明らかに近い。二人の距離が。
昨日、タルトは一度お母さん相手にキレ散らかしている。そしてそれを一生懸命宥めていたのはツキシオだった。そのあたりから。
たぶん、タルトがまだ薄く残っていた壁を作るのをやめたんだと思う。
「もう……シオンさん。だめですよ、あまり往来でそうくっつくのは」
「はーい! あ……じゃあ部屋でならいいですか? タルトさんの尻尾、もっとモフモフしてたい……」
「えぇ……昨日あんなにやったのにですか?」
そしてベクトルが逆になった。ツキシオがタルトに甘えだした。
思えば。
ツキシオは元の世界と違い、”常にアイドル・月ケ瀬詩音”であることをここでは求められていない。
そんな中で仲良くなった”見た目は年下、中身は年上”の女性であるタルト。
「私、毎晩でもいいです。こっち来てからあんなにぐっすり眠れたの、初めてですし」
「うう、そういう言い方をされると……あの、三日に一度くらいにしませんか?」
「三日に一度、いいんですか?!」
じゃれ合ってる。
尊い。天照大御神とタメを張るくらいには尊い。眼福の境地だ。ずっと見てられる。
「さーて、せっかく全員揃ったのなら早めに出発しちゃいましょ!」
「ビステッカ隊長、さきほど守衛に寄ってきたのですがもう準備はできているとのことです」
「あら、さすがはタルトちゃん、仕事が早くて助かるわ~旅が終わったらアタシの部隊にスカウトしたいくらい」
「ほ、城下の近衛十字特別隊にですか!? お世辞にしてもそれは流石に恐れ多いです……」
「あら、アタシ、結構マジよ?」
「すごいのかタルト、その近衛十字特別隊ってのは」
「この国の最高戦力ですよ!」
「はい、はーい! はいっ! 質問があります!」
元気よく手をあげて話に割り込むツキシオ。
珍しい。普段、彼女は人の話を遮るようなことしないが……まぁ、これは。
小躍りするように細かくステップを刻む足元。
ビステッカを見上げるダークブラウンは揺らめき、自然に上がってる口元を隠しきれてない。
いわゆる、待ちきれない!と顔に書いてあるやつ。
ルンルンですね、ツキシオ。
「あら、なにかしら?」
「あのっ!! 昨日タルトさんから聞いたんです! その……これから飛竜に乗れるって、本当ですか?!」
は…………い?
……。
あれ?
…………鉄道は?
「もう、シオンさんその話してからずっとこのテンションで」
「そういえば最初の挨拶も元気良かったものね」
飛竜と……言ったか?
いや、俺が神の声を聞き間違えるなどありえない。彼女は今飛竜と言った。
…………イノシシで、アレだぞ?
ブルトーザーと相撲取って勝つような生き物だった。
飛竜…………竜ってついてるんだが?
「はいっ! 実は私、少し前に最後の物語っていうゲームやってたんですけど、それの飛竜のシーンが……」
身振り手振りを交えて一生懸命説明してるツキシオ。
楽しそう。本当に楽しそうだ。
来たばっかりの時にはあんなに怖い目にあったのに。
少し前髪がかかった奥の瞳はキラキラと輝き、肩を弾ませながら異世界の生き物に夢中になってる。
…………。
い、言えねぇ……。
俺、飛竜に乗りたくないですって……言えねぇ……!!
次話 例えそれが、貴方にとっては当たり前でも




