5.獣人娘、タルト
◇5.獣人娘、タルト
大聖堂に宛がわれた自室。備え付けの鏡。そこに写っている……首を捻ったり顎を上げたりしてるおっさん。
「うーん、どうだ、いけてるか……あ、いやダメだ剃り残してる」
もう一度ナイフを手に持ち目の前の鏡……の奥の無精髭と向き合う。
あれから五日経った。そう、五日もだ。五日という月日は"握手会のために精一杯小綺麗にしたおっさん"を"不精髭生やした汚いおっさん"に変えるには十分すぎた。
でもその事に気づいたのは昨日だ。ツキシオへ申し訳無さから涙が出る。
「怖えぇ……切れ味良すぎだろ、これ……」
ビステッカに髭を剃りたい!と伝えたらこの黒曜石ナイフを貰った。こっちの世界はこれが常識らしいのだが……コレがやたら切れる。気を抜くと髭と一緒に頸動脈まで逝く。
「むー……まだですかー? シオンさんの採寸、そろそろ終わっちゃいますよー?」
「い、今話しかけないでくれ! ものすごい惨劇になる!」
扉の向こうからのちょっと舌足らずな声に応えつつ、推しと会うための最低限のマナーを断行。髭剃りって便利だったんだなー……。
「……よし! ごめんタルト、待たせた!」
急いで扉を開け、待たせていた声の主を出迎える。その扉の先には俺の胸くらいの身長の獣人の少女……じゃなかった、成人女性だこの人。うーん、全然慣れんな。
「はい、結構待ちました……あれ、ずいぶんスッキリしましたね。いいじゃないですか」
「本当か? 服とかも、変じゃないか?!」
彼女の名前はタルト。まんまるなケモミミとレッサーパンダのようなシマシマの尻尾が特徴的な獣人の女性だ。ツキシオの護衛でもあるらしい。
「お世辞言ってどうするんですか、貴方オマケなのに。服は……その飾りの付け方は変ですね。ちょっと屈んでください」
「お、おお……」
なかなかに辛辣である。そして悲しいことに事実でもある。言われるがまま腰を屈めると見よう見まねで付けていた肩の飾りを直してくれた。どうやら左右逆だったらしい。いい子でもある。
視界をチラチラと掠めるダークブラウンのゆるい癖毛のロングヘアー、やたら通った鼻筋。自然に上目遣いになっているので、ミミと同じ色した瞳がユラユラ揺れてる。
「……私の顔に何かついてますか?」
「目、鼻、口」
「それがついてない種族が貴方の世界にはいるんですか……?」
「いや、いないな」
あっぶねぇ!
ビステッカに子供扱いは厳禁と釘を刺されてたんだった。いやー美少女っすね、とか言ったら怒らせるところだ。
こっちの世界、この人とビステッカが頼りなんだから。
「……はぁ。行きますよ。シオンさんを待たせる気ですか?」
「うわ、それはダメだ! あー……えっとごめんな、ジロジロ見て」
「いいえ。このミミと尻尾が貴方たちには随分と珍しいものだとは教わりましたので」
うーん、ケモミミじゃなくて顔の造形を見てたんだが……どちらにしても今のは女性に失礼だったか、反省せねば。
タルトに促されつつ部屋を出る前にもう一度鏡で自分をチェックする。まぁ……汚くはないな。
本日の予定はツキシオ、タルトと一緒に”ジョブ鑑定所”とやらに行く。
大聖堂が用意してたツキシオ用の装備、全部オジャンだったから。
◇
事件は昨日までさかのぼる。
「はい、二日間の講義、お疲れ様でした。ちょっと詰め込みすぎな内容だとは思いますが、全部を覚える必要はありません。知ってさえいればよろしいのです。わからないことは都度、同行するビステッカ隊長かタルトさんに確認してください」
大聖堂の講堂、教鞭を取るマドレーヌさん。
生徒、ツキシオ、俺。
あと戦場で銀鎧を着ていたオネェ言葉のエルフの隊長ビステッカ、タルト。タルトはあの日、救護室に籠りっきりだったのでこの講義から顔合わせだ。
「まぁ、なんでも気楽に聞いてちょうだい。この講義はこちらの都合で召喚した罪滅ぼしみたいなものだから、覚えてる必要なんて全然ないのよ」
「はい。あ、でも大丈夫です。この前は怖かったけど、でも今は結構ワクワクしてるんです。なんかゲームみたいで!」
「ゲーム?」
「そうなんです。私好きなんですよね、RPGとか! 小さい頃はゲームが友達でしたから」
ちなみに、隣にツキシオがいるというまるで集中できない環境の中、俺も一個だけは覚えた。
帰れない。
女神とやらが作ったらしいこの世界、俺もツキシオも魔族の親玉を封印しないと元いた世界には帰れない。
巻き込み事故だろうと事故った時点で俺も一蓮托生だった。
「さて、今日はもうゆっくりされてください。明日からが本番ですので」
「はい」
「ですが、明日の式典の前にひとつだけ。シオン様に贈り物があります。お願いします、タルトさん」
「はい。こちらです、シオンさん」
タルトがなんかスーツケース大の箱を持ってきた。中に入っていたのは……服、か? 随分と高級そうな材質だ。あと、なんか装飾がビッシリ。やたら豪華な杖まである。
「わぁ……!」
「こちらで用意した詠唱歌姫専用の装備です。着てみますか?」
「はい、着ます! すごい! 魔法使いみたいですね!」
「魔術師ですよ。歴代の詠唱歌姫はすべて魔術師ジョブでしたので」
これが間違いだった。
新しい装備に着替えたツキシオが隣室から出てきた時の衝撃で俺が灰燼に帰したこととかは、まぁいい。
事件はそっちじゃないから。
「うーん……かっこいいですけど、ちょっと動きにくいような……」
「……あれ、マドレーヌ司祭。装備特性が発動してないですけど」
「あら、ホントね。よく気づいたわね、タルトちゃん」
「はい? え、不具合ですか? 一式全部、最高品質のものですよ?!」
「いえ……それが、ティアラからローブ、杖に至るまでひとつも発動してないです」
「ほ、本当です……え? え?」
「装備特性……うーん、習ったような……?」
「う、嘘ですよね?! これ、私のお給金三年分くらいの装備ですよ?!」
なにやら真っ青なマドレーヌさんと、必死に講義を思い出そうとしているツキシオ。
装備特性……ふふ、隣にツキシオがいたんだぞ? 俺もまったく覚えてない。
「これ……シオンさん、魔術師のジョブじゃないんじゃ……」
「嘘ですよね?! 歴代三十四人、全員魔術師だったんですよ?!」
マドレーヌさんは膝から崩れ落ちていた。
次話 タルト姫?




