38.封印武具の解放
◇封印武具の解放
一歩ごとに、金ダライかなにかで脳を直接ガンガン叩かれてる。胸に渦巻くマグマがふつふつと煮える。
まったく、さわやかな朝だぜ!
「みんな……おはよう……」
「あ、リクトおはよう! え……顔色わるっ!」
「どうしたの、リクト?」
「大丈夫ですかリクト」
なんで、昨日俺より飲んでたやつがピンピンしてるんだ……?
◇
「はっはっは、まさかコンフィ失脚、一番の立役者が二日酔いとはの! もう良いのか?」
「ああ、俺は引きずるの、朝だけなんだ。朝メシ抜いて水がぶ飲みすれば治る」
「タルトちゃんが誰かと飲んだことよりも、それに付き合ったのがビックリよ。ラスカ族はワインとジュースの違いがわからないのよ?」
コツン、コツン。
足音と俺たちの話声が暗闇に反響する。
それは響き合いながら、下へと吸い込まれていく。
「ワインとジュースの違いはわかります! でもごめんなさいリクト、あのお酒強かったんですね」
「タルトちゃん、花蜜酒は六十五度よ」
「ウォッカじゃねえか……そういえば、フロンはツキシオのライブの時しか見かけなかったな、昨日」
「問題が山積みでの。この世界樹への干渉経路もそうじゃ。もう学者たちが何人も知恵熱を出しておるよ」
「ここが……そう、なんだよな」
「うむ」
先の見えない暗闇の中、俺たちは階段状の根を下へ下へと降っている。
ここは、"世界樹の中"だ。
ビステッカは最初、フロランタンと面会した時に”世界樹”への立ち入り許可を求めていた。それはてっきり塔の中にあるのかと思ってたんだけど……まさかの、真下。
俺たちは、世界樹の心臓部へと向かっている。
「幸い、魔族が干渉していたのは表層だけのようじゃ。それでも問題じゃが、まぁ対策を立てる他あるまい」
「この場所までは、干渉できなかったのか……」
巨大だった塔と同じか、それ以上の直径がある底の見えない穴。
巨大な根が下に伸びているが、隙間から見える下は、深すぎてまったく見えない。
「ふむ……そろそろ良いか。このくらい降りればもう応えてくれるじゃろ」
「あら、確かにそうね。タルトちゃん、灯りを消してもらえる? 面白いものが見られるわよ」
「あ。はい」
タルトが灯りを消すとあたりは深い闇と静寂に包まれた。
上からの灯りは殆ど届いていないようだ。足元さえ見えない。
迂闊に動けないな。
「古来よりエルフの民と世界樹には特別な繋がりがあっての。ゆえに、王家のエルフはこういうことができるのじゃ」
フロンの足元が青白く光りだした。ふわりと浮いた銀髪が光を反射し、揺らめく。
「女王の帰還じゃ。応えよ、シンポジオ」
フロンに応えるように、足元の光が木の根を伝播していく。それは瞬く間に下へ、下へ。
最深部へ。
そして、光は飲み込まれた。
「……来るわよ」
「……? うぉぉ!」
それが合図だったかのように。
暗闇の中から、見渡す限りの巨木の根が同時に青白く輝きだした。視界のすべてが青白く埋まる。暗闇を祓い、空間を染める光。蛍の光を思わせるそれは優しく、力強い。
すげぇ……これが、世界樹。
「すご……い。すごい! すごーい!!」
「これは……言葉になりませんね……」
「だな……」
「ふふふ……エルフ以外でこの光景を見られるのは、歴代の詠唱歌姫くらいじゃろうな。さて……下の方に一際強く光る場所があるじゃろ? そこが目的地じゃ」
◇
一度灯った光がその後消えることはなく、俺たちは安全に目的に到着した。
無数の張り巡らされた根が地面を形成し、その中央にぱっかりと浮かぶようなひと際太い根。
いや……これが、心臓……か?
真っ直ぐ縦に伸びたその根は、中腹のみが卵のように膨らんでいる。
強い光を放っているのもこの部分だ。
「この場所こそ、我らエルフが”世界樹”と呼ぶ真の場所じゃ。シオン、封印武具もこの場所に封じられておる」
「……わかりました。いきます」
ツキシオが俺たちの一歩前へ。
この場所で、ツキシオが詠唱歌を歌うことにより武具は解放される。
「……リクト」
まっすぐ、世界樹を見上げているツキシオ。
そこにはもう、幻想的な光景にはしゃぐ少女はいない。
アイドル——月ケ瀬詩音。
「セトリ、任せるわ」
「……っ?!」
セトリ——セットリスト。
それはライブで歌う曲順を示すリストだ。
公演の出来を左右する、などという生易しいものじゃない。出来そのものを決定する、最重要事項と言っても過言ではない。
それを……任せる、と。
俺は今、推しの魂を任された。畏れ多いと引く事こそ、推しに対する侮辱である!
視界を閉じる。
武者震いを抑えながら、記憶の海へダイブする。
ツキシオの曲はすべて頭に入っている。ノクティスの曲、地方アイドルだった時の曲、すべてだ。
場所、シチュエーション……ここはバラードだ。この空間にこそツキシオのビブラートが映える。
曲調をバラードに限定。対象、三十五曲。イメージを繋げる……これは詠唱歌姫としての門出になる。それ相応の格が必要だ。
この条件で相応しいのは……。
……あ。
「ツキシオ。“ユナイト・ムーン”だ」
「……へぇ」
一瞬だけ、ツキシオの視線が俺を振り返った。
彼女が初めて作曲した曲。格は十分。そして青白い幻想の光は……月光。
ここには、月が二つある。
「……やるじゃない。いくわ」
ツキシオの澄んだ歌声が世界樹に響き渡る。
サイリウム、オン。カラー指定、ライトブルー。
振り付けは……いらないな。ここでは無粋だ。
ツキシオの歌声に合わせてサイリウムをゆっくり振る。
「きれいねぇ……」
「はい。リクトがその棒を振りたくなる気持ち、ちょっとわかります」
「シオンはこういうのも歌えるのか……わらわはこっちが好きじゃの」
「フロン、ファンクラブ入るか?」
「そうじゃなぁ……入る」
シオンが歌い終わると、いつのまにか彼女の手の甲に紋様が刻まれていた。
この紋様を八つ集めた時、封印武具が顕現するらしい。
こうして……無事、一つ目の封印は解放された。
◇
「ケンチキー! お待たせー!」
「ギュエー!」
おーケンチキ、ちょっと小綺麗になったか?
洗って貰ったのかな?
「フロランタン女王、補給ありがとうございました。それに見送りまで」
「詠唱歌姫の支援は国の義務じゃ。気にするでない、タルト。それに……お主らはこの国の救世主じゃぞ? 謁見の間で見送りなど礼に失するわ」
思えばここが始まりだった。
このリフト乗り場で、非難されるビステッカを耳にしたのが始まり。
そうそう、あの守衛。
ん……? 今、目を逸らしたな。
ざまぁみろ。
「お世話になりました、フロンさん、ガレットさんも。また一緒にダンスしましょうね!」
「うむ。ガレットもどうじゃ?」
「考えておきます」
「つれないのう……リクト、お主には、本当に世話になった」
「俺は、友達の為に八つ当たりしただけだけどな! フロン、コンフィは……」
「ここまで聞かずにおいたのなら、聞かぬ方が良い。どちらにせよ、もうあやつには何も出来ぬよ」
「……そっか」
ビステッカは……どう思ってるのかな。
今は、無言でリフトの先……シンポジオを見上げている。
いつもの、ビステッカだ。
まぁ……簡単に言葉にできるような感情じゃない、よな。
でも、願わくば。
「あー、んん……ビステッカ」
「なーに?」
そんなビステッカに、フロランタンが姿勢を正して話しかけた。
全員が固唾を飲んで二人を見守る。
ビステッカは、もう大手を振ってこの国に戻ることはできる。だけど、そこは実は問題ではない。ビステッカは自分からこの国を出て……シンポジオを一度見限っている。根幹はそっちだ。
「そ、その……旅が終わったら、その……戻って、きたり……は……」
フロンの瞳が揺れている。
言葉は弱々しいが、その眼差しは真っ直ぐに。
「フロン。アタシは……ピアット近衛十字特別隊の隊長よ。この道を選んだのはアタシ。責任は放棄しないわ」
ビステッカは、静かに答えた。
恨み辛みじゃない。いつも通りの、諭すような優しい声で。
あー……フロンの、勝ちか。
「……よしっ! 聞いたかガレット!」
「はい、確かに」
「……え、なに? なにごと?」
さっきまでの慎ましい雰囲気はどこへやら。
そこにいたのはビステッカの幼馴染で……そして、やっぱり彼女は女王だった。
「ガレット! わらわは承認するぞ!」
「では、正式に依頼します。我が国シンポジオはリクト様の活躍により多数の汚職要人の捕縛に成功しました。ですが蔓延っていた根は思いの外深く、現在の内政はガタガタ、軍部に至っては半壊しています。隣国ピアットへ、軍部再建の助力を要請します。助けてください」
「な……?」
「まさか……ぶっ潰した張本人が来ない、なんてことは……ありませんよね?」
「くっ……!」
言えないだろ、ビステッカは。
"責任"があるからな。ピアット国軍部の最高責任者としては。
「すごい……すごいぞガレット! リクトの言った通りじゃ! やったぁ!」
「良かったですね、フロン」
「あ、おい!」
俺の名前は出さないって約束……やべぇ。むっちゃ見てる。
「リクト……一枚噛んでるの?」
「さ、さぁ……別のリクトさんじゃないデスカネ?」
いや、俺はちゃんと限定したぞ!
ビステッカが、”責任”を言い訳にしたときだけ、こう返せばいいかも、って!
お前、帰りたくない、とは言わなかったじゃないか!
「はぁ、もう……飛竜にビビってた頃が懐かしいわね……フロン」
風が、吹き抜けた。
それは、ビステッカのブロンドやフロランタンの銀髪、そして落ち葉を巻き上げ、それは高くシンポジオの木々の上まで舞い上がっていく。
「……はい」
ビステッカが、何を考えているのかまでは、俺にはわからない。
その葉を目で追うように、視線を上げたビステッカ。
そして再びフロランタンを見た視線……俺には、優しさ以外のものは感じなかった。
「……またね」
第二章 森林都市シンポジオ編 完




