37.後夜祭
◇後夜祭
「ふぅ……なんでこんな場所にいるんですか? 探しましたよ」
「え、ああ……ごめん」
ん……?
なんで俺が謝ってるんだ? まぁいいか。
俺がライブの余韻に浸っていたのは宴会場になってる中央広場から少し離れた場所。
広場の片隅に置かれた子供用遊具……いわゆるすべり台の上だ。
"おお、こっちの世界でもこういうので子供は遊ぶんだな"、という驚きが最初。
童心に返って登ってみたら風が気持ち良かった。
それに、ここは広場が良く見える。
「よいしょ……んしょ……リクト、お肉か飲み物、受け取ってくれませんか? 両手が塞がってると登りづらいです……」
「お、おお」
とりあえず重そうだった肉の方を受け取った。凄い量。
ていうかタルト……登ってくるの? この滑り台、一人用だぞ?
「ふぅ……あ、ここ、風が気持ちいいです。ん……なにしてるんですか、詰めてください。座れません」
「あ、はい」
少しずれると空いたスペースにタルトがちょこん、と座った。
ざぁ、と吹き抜ける風にタルトの髪が遊び、花のような香りが鼻腔をくすぐる。
「ビステッカ隊長、リクトがお肉取りに来ないって言うんで、私がまとめて貰ってきました」
「あ、それでこの量。びっくりした、全部タルトが食べるのかと」
「お肉、好きですけどあまり量は食べられません。これ……リクトも飲みますか?」
タルトが持っていたもう一つのもの。読めない文字が書かれたワインボトルくらいの瓶。その頭に紙のコップが逆さまにひっかけてある。
さっき、ツキシオのライブでエルフの一人がラッパ飲みしてたやつだ。
ん……まて……俺、も?
タルト、ここで飲むつもりか?
「えっと……タルトも?」
「なんです? 私だって今回は結構頑張ったんです。少しくらい勝利の美酒を味わってもよくないですか?」
タルトは拗ねたように口を尖らせている……いや、そういう意味じゃなかったんだがな。
ビステッカの情報もあまりあてにならないもんだな。
でも、実際……タルトがいなかったら、どうなってたかな、今回。少なくとも、同じ結末にはならなかったろうな。
「いや、俺が頑張れたの……かなりタルトのおかげだよ。ありがとうな、タルト」
「ふふん、そうでしょう! えへへ……」
タルトから手渡されたコップを受け取ると、甘いはちみつのような香り。
試しに一口飲んでみる。
……社会人としての経験が警鐘を鳴らした。これ、飲み過ぎたらヤバいやつじゃないか?
口いっぱいに広がるはちみつの甘さと鼻を抜けるハーブの香り。喉から胸に駆ける、荒れ狂ったコサックダンス。火を吹けそう。
度数……高っか!
「ふふ……私、これが好きなんですよ。甘くておいしいです。あ、お肉取ってください」
「これが好きなのか……」
たっぷりとハーブソースがかかった一口サイズの肉だ。受け取ったタルトの頬が綻ぶ。
「不思議ですね……みんな、喜んでます。それが、嬉しい」
「あ、それは俺も思ってた」
タルトの視線の先は、広場で楽しそうに笑うエルフたち。
ここに来てから、エルフにはムカつくことばかりだった。今でも思い出すと腹が立つ。でも……フロランタンの国なんだよな。
今は、そいつらが笑っているのが嬉しい。不思議な感覚だ。
「リクトは……辛くはないですか?」
「え……?」
いつのまにか、タルトは俺を見上げていた。
息がかかるような距離。瞳に吸い込まれそう。
「私は……リクトに、私のおかげで頑張れた、と言ってもらう資格なんか、ない……です。貴方は、シオンさんの召喚に巻き込まれただけだったはずです。でも……私は、貴方に無茶ばかり言っています。今回だって……!」
ああ……そっか。
タルトは、そう考えちゃうのか。
そうだよな……最初は、俺だってそう思ってたし。俺、被害者じゃん、て。
「俺はさ……ビステッカみたいには出来ないんだよ」
「……隊長、ですか?」
「今だって、なんでもない風に装って、みんなと笑ってるけど……そんなわけ、ないじゃん。なんで普通に出来るんだよ、あんな扱いを受けてたのに」
コンフィの失脚、変貌、魔族の襲撃と撃破。
それを、民衆のど真ん中でやった。中心には、ビステッカがいた。
実は……あわよくば、くらいで元々そういう意図もあった。ここまでの大立ち回りは想定外だったけど。
民衆は、自分の目で見たんだ。本当のビステッカを。
ビステッカの免罪認定と国外追放の取り消しは、紙切れ一枚で済んでしまった。過去の脱走劇で街を半壊させた器物破損も、たぶん今回の恩賞と情状酌量で取り消しになる。
晴れて、無罪放免、元通り……な、わけがない。
ビステッカが受けてきた扱いは、消えない。
「あんな風に大人の態度は……出来ないんだよなぁ、俺には。すぐ顔に出ちゃうんだよ。で、だ。俺、辛そうに見えるか? タルト」
「え?」
「俺は……タルトには、本当に感謝してるんだ。何度も、立ち上がるの助けてもらった。止めてもらった。もしタルトがいなかったら……辛そうにしてたかもな、今!」
「……照れてきました。酔っていますか?」
「あはは、少し。タルトも酔ってないか?」
「私は……酔ってないです! ホームシックかな、って心配しただけです!」
どっちにしても、俺の心配してるじゃん……は言わないでおこう。さっき余計なこと言って正座したばかりだ。
「ま、帰らにゃならん、とは思ってるけどな。ツキシオをステージに帰さないと」
「ふふっ……リクトは結局全部それですね! でも……良かったです」
ジャイアントボア……美味いな。この味を知れたのも、ここに来たから。
そう考えれば、別に悪いことも……?
「んく……んく、んく……ぷはぁー!」
まて。グビグビいくな、タルト。この酒、たぶんあんまりそういう飲み方は……。
「……えへへ。私、ちゃんとリクトの助けになってますか?」
「おお……もちろんだぞ?」
「えへ! あ、お肉! お肉食べたいです! あーん、してください! えへへ……」
「えっと……あーん……」
「ハグッ!」
モグモグ……してるな。
あーなるほど。これ、確かに外に出したらあかんやつだ。
酔ったタルト、例えるならこれは"懐いてきた野生の小動物"だな。頭を撫でてやりたくなる愛らしさがある。確かに無防備だ。でも、思ってたんと違う。
そして俺は知っている。野生の生き物はキレると怖い。さらに、酔ってようがなんだろうがタルトは俺より強い。
無防備でも関係無いな、この場合。
「むー……手が止まってますよ? リクト! お肉!」
「はい! ただいま!」
タルトは、酔うと無防備になる。
野生に返る。弱くはならない。
◇ (→Shion POV)
「ほっ! ここでターン! ポーズ! キメ! じゃ!」
「おおー!」
パチパチパチパチ。
フロンさん、飲み込み早いなぁ……。
リクトと一緒にフロンさんまで最前列にいたのはびっくりしたけど、センスあるかも。
私が思いつきで始めたゲリラライブ。
元あったらしいステージは戦いで壊れちゃったから、木箱を積んだだけのステージ。
形だけの手作りマイク。
照明なし、音響なし、リクトのサイリウムが一番目立ってた。
でもおかげで、大盛況に終わった。
ホント、あの人の熱量はすごいな。
後でお礼は……恐縮させちゃいそうだなぁ。
「ん? どうしたのじゃ?」
「あ、リクトのこと考えてたんです。正直なところ、私はこの世界の人たちがどんな音楽を聞くのか、すら知りません。今日もデパートの屋上でやった時みたいになるかと思ってたんですけど……あの人、一人で全部ひっくり返しちゃった」
「うむ。最初は目茶苦茶浮いておったからの! じゃが、あやつが周りの皆に教えたのじゃ。シオンの音楽はこうやって楽しむものだぞ、とな。大した胆力じゃ」
「うーん、そこまで考えてたのかなぁ……?」
「しかし、事が終わるまで気付かなんだのう。まさかシオンとリクトが恋仲じゃったとは」
ん……?
あれ……?
「えっと、フロンさん? 私とリクトは別にそういう関係じゃないですよ?」
「なんじゃと?! あんなに愛されているのにか?!」
「あははー……それもちょっと違うっていうか……」
そっか。
私に緊張しっぱなしだった頃のリクト。
もうここじゃタルトさんとビステッカさんしか知らないんだ。二人は私とリクトの関係も理解してくれてるけど……これ、説明が難しいかも。
「ふーむ……うん?」
「フロンさんがビステッカさんを想うのとはちょっと違う、と理解してくれれば大丈夫ですよ」
「ふぁ?!」
おお……すごい、一瞬で乙女だ。
困り顔だったフロンさんの頬が紅く染まってる。
「そういえば……わらわの気持ちはバレておったのじゃ……うう、面映ゆい……」
眉を下げて、私を伺うようなフロンさん。
女王、というより恋するお姉さん。
私は……それを知らない。
「ビステッカにもこれ以上迷惑はかけたくないのじゃがな……もう幼少の頃からずっとでの。止めかたなどもはやわからぬのじゃ」
ファンのみんなは大切。愛してる、って言いきれる。
でも、これはきっとそれとは違う。
深く、深く。たったひとりを。ずっと。
国のトップなっても。それが引き金で事件になってしまっても。相手を傷つける結果になってしまっても。自分の側からいなくなってしまっても。
止められない……想い。
「少し、しんみりさせてしまったの! まぁ逆に言えば、もう今さらなのじゃ! 勝手に想ってることくらいビステッカも許容してくれよう! さて……楽しい時間もそろそろ終わりじゃな」
「あれ、もう戻るんですか?」
「うむ。そろそろガレットがキレる! 山積みの書類を放って、少しだけ宴会の様子を見てくるとしか言っておらぬ!」
「え……それ、大丈夫です……?」
「あははは……あの、後でフォローして貰えると助かるのじゃ……わらわの手には余る……それではの!」
……行っちゃった。
大変だなぁ……貴族を捕まえるのだって、逃げたり隠れたりされて大変だったのに。
でも、私とリクトが恋人……そういう風に見えるんだ、知らない人からだと。
「少し、歩こうかな」
片付けも終わったし、せっかくなんだから森林都市を探検しなきゃだよね! 来たときはそれどころじゃなかったし。
木製のロボット。コトコト歩く。荷物運びしてた。かわいい!
床が補強されてない部分。おっきな穴。読めない注意書き。たぶん、ポイ捨て禁止。
太い木の枝に直接ぶら下がってるリフト。上の階は……やめとこ。迷子になりそう。
壊れてる……ステージ。私の方だって大変だったけど、リクトたちの方はもっと大変だった。
コンフィの異形化、世界樹、魔族の出現。
私は……詠唱歌姫なのに、その場にいられなかった。
「……はぁ。あーあ、ダメだね。ネガティブなのは。切り替えなきゃ! ビステッカさんの免罪も晴れたし! フロンさんも元気になったし! でも……」
でも……ちょっとだけ、話したいな。
リクト、すごい頑張ったってビステッカさんもタルトさんも言ってた。
確かにアイドルとファンではあるけど、同じ異世界仲間なんだし……健闘を称えあったって、いいよね?
ふと目に入った、どこかで見たことある感じのすべり台。へぇ、こっちでも……あ、リクトだ。
すべり台の上にいたのは、噂のライブの立役者。
ナイス、タイミング!
「おーい、リク……あれ?」
……タルトさんだ。
リクトの影で見えなかった。
「あ……あれ?」
コロコロ表情を変えるタルトさんと、苦笑してるリクト。
なんだろ……足が嫌がってる。
「あとで、いっか」
私は、リクトとの話は後ですることにして、宿へ戻ることにした。
次話 封印武具の解放




