35.剣
◇剣(Bistecca POV)
先の見えない暗闇。
それが続いてる。
足元を明るく、照らしてくれる人はいたわ。
だから、ずっと暗闇の中にいたわけじゃない。アタシは恵まれている。すごく、恵まれている。
だけど……向かう先だけは、いつも真っ暗だった。
あの日から、ずっと。
守るものを得た。責任を背負った。
でも先は……何も見えない。
「ああ、ロスティな。自殺したよ。お前に復讐されるよりマシだったんじゃないか?」
「……え? 死ん、だ?」
ロスティに襲われ、なにもわからないうちに捕まり、投獄されて。
そこが……終わりだった。
その先は無かった。道は途切れていた。
◇
「自殺……? なぜ、だ? 俺は、怪我をさせちまって、それで、ロスティに、謝らないと……え?」
「知るかよ。平民のお前を襲って返り討ちにとか、貴族の面目丸潰れだからじゃねーの?」
「そんな……そんな理由で! ロスティが命を断つわけがないだろう! 何があった! ロスティの身に何があったんだっ!」
「お、おい、暴れるな! し、知らねぇって!」
「……どけ」
「は?」
「そこをどけ! 俺はここを出る!」
「おい、何を……?」
「うぉぉぉおおお! うおぉぉぉおお! うがぁぁぁ!」
「……逃げ……た? 脱走だ! ビステッカが脱走したー!」
一昨日は……訓練終わりに、一緒に酒を飲んだんだ。
あいつは武術では俺に及ばなかったから、戦術評価で俺に文句を言って、そして……笑ってたんだ。
どこだ……ロスティは、どこにいる?
信じるものか!
こんなもの、信じられるものか!
遠くに、警邏隊の呼び笛が聞こえる。防衛軍の警報が響いている。暗闇に包まれた街に、いくつも浮かぶ捜索の光。
ずっと……一緒だったんだ。
ロスティ、フロン、ガレット。
俺とロスティがバカをやって、フロンが巻き込まれて、ガレットのお説教。
ずっと、そうだった。昨日まで、そうだった。
一番、大切だった。なによりも守りたかった。
なぜ……アイツが俺を襲撃した……?
なぜ、俺は反撃した?
なぜ?
なぜ?
なぜだ?!
「いたぞ、ビステッカだ! 捕らえろ!」
「なぜ……なぜだ?! 邪魔だ、どけぇ! うおぉぉ!」
どけ。どいてくれ。
知りたい、だけなんだ。
確かめたいんだ!
これは、何かの間違いだと。
明日は、まだ続いていると!
「くそ、強すぎる! 囲い込め! 包囲しろ!」
「どけ……どいてくれ! うぉぉおお! うおぉぉおお!!」
何が……悪かったんだ?
どうして、こうなったんだ?
いったい、誰の……?
『ロスティは、お前が殺した。だから死んだ』
…………
……
アタシが、殺した。
アタシが、壊した。
アタシが強すぎるから、コンフィはアタシを危険視した。
フロンの気持ちにも、応えることはできない。
そんなつもりはなかったのに、ロスティは大怪我をした。
気が付いた時には、街が壊れていた。
アタシが……全部、殺した?
先が、見えない。
明日は、続いていない。
抱え……きれない。
アタシには、もう……支えきれ……。
「ビステッカーーーーっ!!」
声が……聞こえた。
反射的に、振り返る。
光が、見えた。
それは、天高く掲げられた“銀”。
突き上げられたそれは……鈍色の。
どこまでも突き抜ける、銀の輝き。
「助けてくれ……リクト!」
──パシッ!
≪接続を確認しました。応答。共鳴スキル”コール&レスポンス”による一時的な管理権限の上書きを開始します≫
力が……流れ込んでくる。
足に、力が入る。踏ん張れる。
……ロスティ。
まだ、先が見えたわけじゃない。
でも……こんなアタシの手を、離さない人がいる。
戦えもしないのに、敵のど真ん中までアタシを怒りにきた人がいるの。
アタシが、アタシを救おうとしない。そんなことを本気で怒る……友人が。
だから。
……だから!
アタシは……先に、行くわ!
≪上書きを完了。属性付与:詠唱歌≫
温かい。
それは確かに、この掌の中に。
ああ、もう……負ける気が、しない!
『……あれ? 反応が……え?』
ロスティの影が、縦に分断される。
アタシの、剣の軌跡によって。
そのまま、ロスティ……いえ、悪趣味な幻影は無機物に戻り、床に崩れた。
『斬った……? ありえない。ビステッカの絶望はもう学習が補完して……なんで、再生、しない?』
剣が……淡い極彩色に包まれている。
まるで破魔結晶……いえ、それ以上の。
これ、シオンちゃんの……詠唱歌?
『くそ、なんだよこれは! もういい、学習は終わりだ! 死ね、人間ども!』
床に突き刺さっていた触手が、ドク、ドクと脈打った。
それに呼応するように、中央広場のいたる場所に出現する、沸騰するぬかるみ。這い出てくる、数多の……兵士?!
「リクト様……世界樹が!」
「くそ、なんだよこの量は……!」
魔族が呼び出したのは、もう民衆じゃなかった。
鎧を纏い、剣を、弓を、杖を持った……武装したシンポジオ防衛軍。
マズい……いくらリクトに強化してもらった剣があっても、これでは……!
広場にはまだ、膝をつき汚染に蝕まれた民衆がいる。絶望した表情で、魔族を、武装した木の軍隊を見上げている民衆が。
数が……敵の数も、守るべきものも、多すぎる!
「リクト! これ、アタシはどうしたら……」
「いい加減に……しろ。いつまで、寝てやがる」
「……へ?」
「てめぇら、いい加減にしろ! いつまでボサッとしてんだ……シンポジオ防衛軍っ!」
リクトの恫喝に、茫然自失していた防衛軍の視線が一斉に集まった。
コンフィに利用され、あるいは荷担し……コンフィを通して魔族にまで手を貸してしまった、シンポジオの守りの要たち。
「ガレット、第二小隊副隊長のジゴーってのは?」
「あそこのヘルムに羽を付けた全身鎧です!」
「ジゴー! お前が第二小隊を再編して民衆に壁を作れ!」
「え、いやでも、指揮系統が……」
「そんなもん俺が知るかぁ! コンフィに荷担しなかっただけで十分だ! ソテー!」
「は、はい!」
「お前が警邏隊をまとめて、民衆を避難させろ! ガレット、遊撃隊長のフリット!」
「あそこの長槍です!」
「お前は第一小隊まとめて前線を作れ! いいか……俺はお前らにもムカッ腹が立ってるんだ! お前ら、何のために剣を取った?! 自分の目で、よく見ろ! 敵は! どこにいる!」
ひとり、ふたりと……次々に汚染の呪縛を精神力でねじ伏せ始めた兵士たち。槍で身体を支え、剣を握り直し、声を張り上げ……震える足を抑えて、立ち上がった。
そして、動き出す。国民を守るために。
シンポジオの戦力が……蘇った。
リクトの指揮で?!
『くそ、なんなんだ、アイツは! 掃討者の増幅器だったはずじゃ……? やれ、あいつを殺せ!』
マズいわ! 魔族の軍隊は民衆なんかお構いなしに後方火力を……!
「“プロテクション”! “リフレクション”!」
上空に打ち上げられた矢も、火球も……すべて、リクトへ届く前に障壁で阻まれ、落とされた。
す、すごいわね……普通に。展開速度が本職以上じゃない?
「リクト、警邏隊の動きを避難に限定させるのでしたら、ガレット侍女長の方が適任です」
「あ、そうか! 頼めるか、ガレット!」
「お任せください。経路も指示もお手のものです」
「助かる!」
「リクト、あと……あまり前には出過ぎないで欲しいのですが……」
「なるべく、頑張る!」
「もう!」
コンフィの屋敷を出たときにも、感じた。
アタシは、一度も、誰にも指示を出してない。だって、その必要が無いから。
なら……!
「リクト!」
「うん?」
「アタシにも、指示を頂戴」
アタシが牢に引きこもっている間に、何があったのかしらね?
今のリクトには……背負う覚悟が芽生えつつあるわ。
「ビステッカ、俺、さっきの攻撃で思ったんだけど……アイツ、この人数をひとりで操りきれてない感じがするんだ」
「……ありえるわね。どうするの?」
「正面から重戦車みたいな戦士が突っ込んできたら……他が全部、疎かにならないかな?」
「それは……イカス作戦だわ!」
「リクト、さっきからものすごい数の矢と魔術に狙われてます! 早く下がってください!」
タルトちゃん、そう言いながらも全部落としてるわ……ヒーラーってなにかしらね?
「リクト。後ろ……任せるわよ」
「そんなもん俺に任せるな! 出来るだけ頑張ります!」
あらやだ、自覚はないのね。
手には、いまだに光を失わない強化された剣。
避難されていく民衆、前線を食い止める防衛軍。
力強い……友人たち。
一分の……不足、無し!
「あの性悪と決着をつけるわよ……ロスティ!」
先へ。
この先へ。
防衛軍が、道を切り開いてくれている。
あの魔族まで、アタシを遮るものはない。
銀の色が切り裂いた、あの暗闇の、さらに……その先へ!
『くそ! うぁぁ! 来るな! 来るなぁ!!』
ボコボコと沸き立つ床と、這い出てくる……ロスティを模した人形たち。
アナタ、まだそこにいるのね?
こんなものと……一緒にしないで。
「あまり……ロスティをバカにするんじゃないわよ!」
『くそ、なんで……なんで止まらない!』
アタシが振るう剣閃で、次々と木屑に戻っていく人形たち。
こんなものじゃ、変わらないのよ。
こんなものをいくら斬ったところで、アタシの中のロスティはもう揺るがない。
幼いころから笑いあってきたのもロスティ。
アタシを襲撃したのも、ロスティ。
少なくとも……コレじゃないわ!
『なんで……なんでだよ……? 知らない……! 僕は、こんなのは知らない!』
無機物に戻っていく人形たちの向こう……矮小な、魔族がいる。
そこはもう、アタシの間合い。
『なんなんだ……なんなんだよ、お前は!』
“俺は……なんなんだ……?”
あの時から、ずっと問い続けてきた。
歩き続けてきた。
“追放者”
“ピアット近衛十字特別隊、隊長”
“詠唱歌姫の護衛”
どれも正解で……探していた答えには、思えなかった。
振り返らなくても、わかる。
きっと今も、光る棒を振り回して、タルトちゃんに引っ張られながら……誰かの為に声を張り上げてる。
さしずめ彼は……詠唱歌姫のオマケ? 武具を打てない鍛冶師?
どれも、彼を表してなんかいない。
あの人は、始めからそんな記号は見ていない。
己は、なんなのか。
その答えは……自分が、どう在りたいか。
真っ直ぐ見つめる先で、どう生きたいか。
でも、あの人……戦えないのよ。
予感がする。
きっとこの先……この大切な友人には、なにか強大なものが立ち塞がる。ベルサや、ここでの戦いみたいに。
なら、アタシは……!
「アタシは、リクトの剣よ」
『知らない……そんなの……』
「そう……アナタ、勉強不足なのね」
柄を握りなおす。
温かい。そして……熱い。
ロスティ……幕を、降ろすわ。
これで、終幕。
「さようなら」
力いっぱい振るった一刀のもと。
アタシの剣と共に魔族は、粉々に砕けた。
次話 激戦の後は宴会と相場が決まっている




