32.策謀家の貴族VS異世界から来た営業
◇策謀家の貴族VS異世界から来た営業
タルトの派手なパフォーマンスに、その場にいた民衆がざわめく。
軍事演習を見にきていた人たち……まだそこまで多くはないな。定期開催の日付をずらしただけだしな。
「なんだ、お前たちは……? 詠唱歌姫の護衛に、侍女長ガレット? 貴様ら、その犯罪者の肩を持つ意味がわかっているのか?! これは詠唱歌姫や女王陛下への裏切りであるぞ!」
おーおー、流石のアドリブ。
俺たちがビステッカを脱獄させたのは、予定外だったろうに。
起こりを……チャンスを見逃すな。
まだ、コンフィのシナリオ上でいい。
「あらー完全に悪者ね、アタシたち」
「脱獄犯と脱獄幇助だからな。軍隊相手だけど、いけるか?」
「市街戦だし、主力の魔術隊も弓隊も派手に動けないはずよ。タルトちゃんの援護があればいけるわ。でも、いいの?」
エルフには、本来は前衛職の適性がほとんど無いんだっけ。コンフィもそれはわかってるはず。
俺がコンフィだったら……。
「印籠を出す前は、一度暴れるのが様式美なんだ。ビステッカ……警邏隊が隠れているかもしれない。囲まれないようにしてくれ」
「……了解よ」
「ん?」
なんだ……? なんかビステッカの視線が……?
「どうかしたか?」
「……なんでもないわ。タルトちゃん、援護お願いね」
「はい。ガレット侍女長も、気をつけてください」
「大丈夫です。か弱い私は予定通り、挟撃の警戒のみを行います。私の戦闘力が雑魚な分は、全てビステッカが補います」
なんとも苦笑いのビステッカ。
さて、コンフィは……まだ演説してるな。よくそんなに喋ることあるな?
「今投降すれば、詠唱歌姫と女王陛下には私から口利きしても良い! 裁かれるべきは大罪人である……」
「よし、行くぞ! ぶっ飛ばせ、ビステッカ!」
「おおっ!」
コンフィから号令がないので、動くに動けないシンポジオ防衛軍へ銀色の塊が突っ込んでいく。
「歯を食いしばりなさい……舌を噛むわよ!」
「ひっ……っ!」
「どりゃぁぁー!」
盾と盾がぶつかる重い金属音。
だが、その優劣は明らかだった。盾ごと吹き飛ばされた前線が、陣形を大きく後退させる。
「くっ……そ、その大罪人を捕らえよ!」
開戦だ。
ビステッカは崩れた前線から深入りはせずに、一度距離を取った。そこを狙って防衛軍の魔術師が詠唱を始める。
「“ファイアボルト”!」
「させません。”リフレクション”!」
「なっ?!」
火球がビステッカめがけて放たれた瞬間、中空に出現した障壁がそれを阻んだ。それらは防衛軍の真上で衝突し、弾かれた炎が周りの黒鎧に降り注ぐ。
「なにをやっている! 弓兵!」
「はっ! く、速い!」
「そっちが遅いのよ」
再度突撃をかけるビステッカ。
明らかに狙いきれていない矢は、翻る剣閃がことごとく叩き落とした。
再び轟く怒号のような衝突音と悲鳴。
修復する間もなく、更に崩れる陣形。
「……集まってきたな」
こんな場所でこれだけ派手な音が轟けば、当然のように民衆の気を引く。
一人、壇上で偉そうにしていたコンフィの姿が見えない。
やつが……動くなら、そろそろか?
「リクト様。囲まれそうです」
「警邏隊か?」
「はい」
今のところ、戦線はビステッカとタルトが優勢に見える。ビステッカの一撃はことごとく前線をぶち壊し、頼みの魔術もタルトに阻まれている。
たとえ本来のシナリオ……タルトが不在でも、この状況は変わらないはずだ。なりふり構っていないビステッカが相手であれば、民衆に遠慮した魔術ではビステッカを止められない。
姿を消したコンフィ、動き出した警邏隊。
ここだ!
「ビステッカ、下がれ! 分断される!」
「なに? わかったわ!」
コンフィの狙いはあくまでビステッカ。俺たちはオマケだ。孤立させたいはずなんだ。
ビステッカが俺たちの元へ戻るのと、同時くらい。
広場を囲うように警邏隊が姿を現した。
そしてその後ろには、広場の様子を何事かと覗き込む民衆。ものすごい数の……視線。
「ふん、下がったか……観念しろ、ビステッカ! 逃げ場は無い!」
その民衆をかき分け、姿を見せたコンフィ。
まるで……正義の味方だな。
「わが親愛なる国民たちよ! 我ら防衛軍は、無法な暴力になど屈しはせぬ! なぜならば、お前たちの民意が、そうさせぬからだ!」
ジリジリと、警邏隊の包囲網が狭まってくる。
そのすぐ後ろには民衆。警邏隊は攻撃できない。
防衛軍も、陣形を立て直した。
最前線で先陣を切るのは……勝ちを確信したかのように、不敵に笑うコンフィ。
……まだ、だ。
「完全に……囲まれたわね」
「まだ我慢だ、ビステッカ」
「……信じるわ」
形勢は、逆転した。
こうなっては、正面の防衛軍はともかく民衆と一体化した警邏隊は攻撃できない。
ここからは……ブラフの張り合いだ!
「コンフィ! 投降した場合……詠唱歌姫やフロランタン女王には、罪が及ばぬと約束できるか!」
精一杯の声を張り上げる。
ビビるな。震えるな。
ここは……一世一代の商談テーブルだ!
「なに……投降だと?」
「ビステッカの救出は、もう不可能だ。武器を放棄し、投降した場合……命の保証はできるか!?」
コンフィの表情が、僅かに曇った。
そうだ……乗ってこい。まだ使ってない手があるだろ、お前は。
「総司令、民衆がいます。無抵抗の者に、攻撃命令は……」
「……ダメだ。ダメだ、ダメだ! ビステッカは、ここで処刑する! 忘れたのか? あの大罪人は脱獄しているのだっ! 今さら捕縛してなんになる?!」
「なっ……裁判もかけずに、ですか?」
コンフィと話をしてるやつ……服装は警邏隊だな。
「ガレット、あいつは?」
「警邏隊の副事務次官、ソテーです」
「タルト?」
「リストにいます」
なるほど。
「総司令、いくらなんでも乱暴です! 総司令が規律を無視など……」
「貴様、これは国民を守る緊急措置だとわからんのか?! もう良い! ならば、民意に問えば良かろう!」
コンフィが腰の剣を引き抜き、高らかに掲げた。
民衆の視線が、一斉にその抜き身のギラつきに集まる。
「そのような考えでは、国民は守れんのだ! 誰が、次のロスティにならぬと言い切れる! あの大罪人は、ここで処刑すべきだ! 国民たちよ!」
静まり返る中央広場。
嵐の前の……静けさ。
「そうだ、あの同族殺しを処刑しろ!」
張り詰めた緊張は、針の一刺しで瓦解する。
その一言を皮切りに、広がる動揺と敵意。だが、動揺も次第に敵意に飲まれていく。
「ガレット、今、扇動したやつ」
「私服ですが、防衛軍のポトフです」
「リクト、リストにいます」
膨れ上がっていく敵意は、口々にビステッカの処刑を求めだした。許すな、処刑しろ、と。
これが民意、ね……反吐が出る。
「静まれ! 皆の気持ち……良くわかった! ぐひっ! ぐひひ……さぁ、我自ら処刑してやろう! その大罪人を差し出せ、詠唱歌姫の護衛よ! さすれば、お前たちの命は保証してやろう!」
コンフィの剣の切っ先が、真っ直ぐに向けられる。
再び静まり返る、中央広場。
ひきつったように笑い続けるコンフィ。
ふぅ……ようやく、か。
コンフィ、俺の勝ちだ。
「断るっ! 副事務次官、ソテー! あんた、娘さんが病気だよな? でも治療薬が希少で手に入らない。コンフィに融通しもらってるみたいだが……そもそもその治療薬の流通を止めているのはコンフィだ!」
「……は?」
急に名指しで呼ばれたソテーが、驚いたようにこちらに向き直った。
ひきつった顔のまま、ソテーを振り返るコンフィ。
「ポトフ! そうだ、そこのお前! なんで演習に参加せずに、私服でここにいる? お前が真っ先に扇動してたよな?」
「なっ……え? あ、俺、は……」
「三日前に、コンフィから貰った金貨二十枚と関係してるのか? なんでそんな大金を貰ったんだ?!」
急に話を振られ、しどろもどろのポトフ。
周りにいた民衆にも距離を空けられ、キョロキョロと視線が泳いでいる。
「次だ、ガレット!」
「あのフルーツ屋の前にいる背の高い警邏隊、グリエ主任です」
「お前か! コンフィに唆されてフリットのお母さんに借金作らせ、あげくにブロードもハメたのに、それネタにコンフィに脅されてるバカは!」
「な……グリエ?!」
「ち、違う……あ、あいつがおかしなこと言ってるだけで……」
「残ってるんだよ、お前がフリットのお母さんから巻き上げた金、コンフィに流してた記録が!」
「グリエ……貴様っ!」
「ち、違う……違う!」
静まり返っていた中央広場が、ざわざわと剣呑な雰囲気に包まれていく。
コンフィは……目に見えて焦っていた。
何度も何かを言おうとして言い淀み、助けを求めるポトフやグリエから視線を外す。
だが、まだだ。ここからオセロをひっくり返す。
そのために、一度盤面を真っ黒にしたんだからな!
「き、貴様……デタラメを言うな! 証拠もなしにそんな汚い手で! わ、我が部隊を混乱させようなどと……」
「デタラメ? 証拠? タルト!」
「はい! 証拠ですっ!」
タルトが、背中にくくりつけていた大量の書類を空にばら蒔いた。
それは風に乗り、防衛軍の足元へ、警邏隊の手の中へ、民衆たちの……目の前へ。
太陽の下、白日のもとへ。
「お、おい……なんだ、これ……パテ男爵が……コンフィから賄賂を?」
「こっちは、裁判官のテリーヌが金を貰ってた記録だ」
「ひ、拾うな! 見るな! おい、これは軍令だ! 拾ったやつは裁判に……」
「見苦しいですよ、コンフィ!」
突き刺すようなガレットの声に、民衆の視線が一斉に集まった。
「侍女長ガレットの名において、宣言します。これらの資料は、フロランタン女王陛下が自ら統括し集めた……その男の汚職の証拠です! コンフィ、貴方には国家反逆罪の容疑がかけられています!」
「な、なん……!」
顔を真っ赤にしながらも、それ以上は口を開けないコンフィ。
実はこのばら蒔いた証拠、半分以上がまだ裏が取りきれていないハッタリだ。だけど、ハッタリで十分なんだ。
民意を動かすのは、真実じゃない。お前はよく知ってるだろ、コンフィ。
もう盤面は、白だ。
「く、くひっ……くひひひ! な、なんだ、これは……なんだ、誰なんだお前は!」
コイツ……俺の名前すら調べてないのか。
だけど……なんか、様子がおかしい?!
「くひひひ! 俺が、築いてきたものが……くひっ! あーもうダメだ。ダメだ、ダメダメダメ……ああ、そうか。そうだ……全員、殺せばいいのか」
「リクト様! 世界樹が!」
ガレットが指差す先……世界樹の塔の下層。
その場所の枝葉が、見る間に茶色く、萎れていく。
なんだ……何が起きてる?!
「リクト、コンフィの足元から大量の魔力が流れ込んでいます! やはり、世界樹の魔力を取り込んでいたのは、コンフィです!」
「いや……もう、俺でも見ればわかる。タルト……なんだ、あれは?」
「つっ……存在が……書き換わって……?」
酔ったようにフラフラと揺れていたコンフィの腕が、バキバキと音を立てて変質していく。
曲がりくねり、ひしゃげ……まるで、木のように。
やがてそれは全身に回る。二本だった足が木の根のようなものに置き換わり、小柄だった体格は、ずんぐりとした太い、丸太のように。そして、倍くらいに伸びた身長の先に……コンフィの頭だけが付いていた。
……化け物だ。
「くひっ! くひひひ! なんだ、溢れてくるぞ……力が。力だ! ゲヒャヒャ、力、チカラ……シねぇ! ビステッカ!」
「危ないっ!」
枝の先に括りつけられたような剣を鞭のように振り下ろしたコンフィ。
だが、それは警告を発したビステッカにはカスリもしなかった。
放たれた斬撃のような衝撃波が広場を割り、明後日の方向から悲鳴が上がる。
「なんだ……? アタラナいな?」
「なに、やってんの……アナタ?!」
衝撃波が通った跡には……何人もの防衛軍が転がっていた。鎧ごと切り裂かれ、血を流して。
なんだ、今の?
あまりのことに、中央広場はパニックすら起きていなかった。
みんな、一様に呼吸すら忘れているようだ。
広場に横たわる、呻き声だけが響いている。
……呻き、声? まだ生きてる!
「タルト! あのままだと死ぬぞ、あいつら!」
「はい! ビステッカ隊長、救援を……え? ビステッカ隊長?」
「ごめんなさい、タルトちゃん。ちょっと任せるわ」
ビステッカは……剣を腰の鞘に納め、スタスタとコンフィの方へ歩いていく。
まるで、散歩でもするように。
「げひっ! くひひ、そうだ、コい、ビステッカ! おまエをころせば、まだ、まだヤリナオせる、そうだ、コ……」
「黙りなさい。許さないわ……」
コンフィが剣となった腕を振り上げる。
だがそれが振り下ろされるよりも、ビステッカの方が速かった。
一瞬のうちに距離を詰めたビステッカが、振り下ろされた腕を盾でかち上げた。弾き飛ばされ、跳ね上がるコンフィの腕。
「な……くひっ?」
「こんな逃げ方は、許さないわよ……コンフィ!」
そして握りこんだ右拳を、コンフィの顔面にぶち込んだ。
次話 勝利の先




