28.リクトの選択
◇リクトの選択
「リクト、この時期の照合も終わりました。予想より……多いです」
「ありがとう、タルト」
タルトから手渡された資料に目を通す。
くそ……一割も読めない。もっとこっちの世界の文字を勉強しておくんだった。
「翻訳しますか?」
「いや……今は進捗だけ把握できればいい。数をこなそう」
「わかりました」
今や、第二資料室はコンフィ対策本部の様相を呈していた。ビステッカが牢を破壊できない場合、コンフィそのものの対策を考えないとならない。
「とはいえ……ひどいな、これは」
机には置ききれず、床にまで山積みになっているファイルたち。
ふと思い立ち、俺は事件記録と裁判記録、そして除籍謄本の紐付けを行ってみた。
事件記録と裁判記録の不整合、関係者の不審死……ちゃんと裁判記録が残っていればマシな方だった。
こうなると、フロランタンが言っていた「次はガレットが狙われる」というのも誇張でもなんでもない。邪魔物を消すことに躊躇がない。コンフィは頭のネジがとんでいる。
「やっぱり、ビステッカが自分で出られるのが最善だな……」
資料の管理が杜撰なので、関係してそうな貴族の絞り込みは出来た。でも、ここの資料は限りなく黒に近い灰色、コンフィを追い詰める決定打にはならない。
これ以上深入りするとなると、いくら優秀でもタルトとガレットだけじゃもう無理だ。
「リクト……大丈夫ですか?」
「え? あ、うん。大丈夫だぞ?」
「……そうですか?」
「え?」
ファイルを抱えたまま怪訝そうに、こちらを伺うタルト。
え……? あれ?
俺、なんかおかしいのか?
「タルト、あの……」
「リクト様! シオン様が帰還されました!」
第二資料室の扉が開かれるのと同時くらいにガレットが飛び込んできた。
なんか……慌ててないか?!
「ガレット、ツキシオになんかあったのか?! ビステッカは?」
「戻られたのはシオン様のみです! 怪我はありませんが、凄まじく消耗していらっしゃいます。今は医療室です!」
ツキシオ一人……医療室?!
◇
「や、やっほー……ごめん、なんか大事に……」
全速力で走り、医療室の扉を開けると……ツキシオはベッドに腰掛け、申し訳なさそうに手をひらひらと振っていた。
思わず腰から下の力が抜ける。
よ、良かった……寿命が縮んだ。
「もう、ガレットさん……あんまり心配させないで、って……」
「シオン様。貴方が戻られた直後、しばらく立てなくなったのは事実です。それでも無理やり資料室に向かわれようとなさるので、それならお呼びした方が早いかと。ご覧下さい。医療室にいる、と言っただけで全力疾走です、リクト様は」
あ、安堵と息切れで何も言い返せねぇ……体力あるな、ガレット。
いや、無事ならいいんだ。ツキシオが無事なら、なんでもいい。
ただ……安心するのも早いみたいだ。ツキシオの表情が固い。
「それで……シオン様。リクト様とタルト様はお連れしました。急ぎ伝えねばならぬ話、とは……?」
「ハァ……ハァ……なにかあったのですか、シオンさん」
ツキシオは、一瞬だけ考え込むように手を口元に運び、俺たちに向き直った。
「結論だけ先の方がいいですね。ビステッカさんには会えました。牢は破壊可能みたいですが、出るつもりはないそうです。面会後、コンフィの私兵、そして帰宅したコンフィ本人の話を盗み聞きしました。彼らはビステッカさんの処刑を企てています」
「……な?」
「ちゃんと説明します。私はもう大丈夫ですから、出来ればフロランタンさんも呼んでください!」
◇
再びコンフィ邸の間取図が広げられた第二資料室。
なんとかフロランタンも公務の区切りをつけられた。全員集合だ。
「……それで、ビステッカさんとは別れました」
「そうか、ビステッカが今脱獄すると、約束を反故にする、か」
「うん。ただ……私には、それだけが理由じゃない気がしたかな。なんとなくだけど。で、問題はその後。私ね、今回の潜入でなんか”ステルス”ってスキル覚えたみたいなの」
ああ、俺が”おうえん”を覚えた時みたいな感じかな?
実は夢中だったから朧気なんだけど。
「それでね、ビステッカさんは説得できなかったし、もう一回来ることになるかもなぁと思って、コンフィ邸のあちこちにね、暗号を残したのよ」
「暗号……ですか?」
「そうなんです、タルトさん。ちょうどリクトとタルトさんの会話を思い出して。少し間取が変わってたり、警備がいる場所を次に来た時、すぐわかると便利ですよね? 日本語で書いちゃえば、私とリクト以外は読めないじゃないですか」
「あ、なるほど。それは解読不可能な暗号になります」
「ただ、熱中しすぎちゃって……コンフィが帰って来ちゃったんですよ」
コンフィが、帰ってきた?!
いやいやいや、今、目の前にツキシオがいなかったら聞いてらんないぞ、こんな話。
「もちろん、すぐに撤退するつもりでした。でも……コンフィが開口一番、ビステッカさんの処刑の日取りの話を始めて、私びっくりしちゃって」
「そこがにわかに信じられぬのじゃ。前回……ビステッカは、大暴れして警邏隊どころか軍隊まで一度撤退に追い込んでおる。その後、この国を見限って出て行ったから、これ幸いとコンフィは国外追放という形をとったのじゃ」
「かなり粘ったんですけど、その処刑の方法まではわかりませんでした。わかったのは、三日後、中央広場、そして……コンフィの自信です。私兵も確認してました、自分たちではビステッカさんは止められない、と」
「待った、ツキシオ。言葉尻を捉えてゴメンなんだけど、私兵は止められない、って言ったのか? 捕えておけない、じゃなくて?」
「うん。そう言ってた。で、コンフィ……なんか、高笑いして、この力があれば問題ない、もうすぐだ、計画通り進めよ、って」
そのおかしな自信は、世界樹の件と結びつけていいものか……いや、ここは最悪を想定しておいた方がいいか。
ただ……状況は想定しうる限りもう最悪だ。
猶予が……三日しかない?
「もうちょっと情報を得られれば良かったんですけど、もうこの辺りで私、膝にきちゃってて。それで……撤退しました」
「いえ……この上ない収穫です。シオン様、危険な任務、本当にありがとうございます。フロンの陣営ではここまでの情報は入手できなかったでしょう」
「ガレットの言う通りじゃ。ただ……打つ手が思い浮かばぬ。この情報をもう一度、ビステッカに伝える手段はないのかの?」
「難しいと思います。コンフィ、屋敷の外の警備を厳重に固めろ、と指示してました。私もそれがあったので、慌てて撤退したのもあって……」
重い空気が場を支配する。
手詰まりだ。軍部を握られているのが痛烈に痛い。
もう、手詰まり。
手詰まりなんだ……俺たちだけじゃ。
指先が震えているのは、自分でもわかった。
言う、べきか? いや、言うべきだ。
これは、ビステッカの命がかかってる話だ。言うべきなんだ。まだ打開策はある、って。
なんだよ、これ……震えが止まらない。首筋と肩に冷たいものが走る。足元がおぼつかない。
なんだよ、これ……!
「リクト。ちょっと、いいですか?」
「……タルト?」
「すいません、皆さん。少し席を外します。リクト、来てください」
半ば強引に、タルトは俺の手を取り第二資料室を出て行ってしまった。
シン、と静まり返る廊下の窓から見えるのは、夜の帳が下りたシンポジオ。
もう、こんな時間だったのか。あと……三日。時間にして何時間使える? 三日しかない。ビステッカが。
処理の追いつかない頭のまま、タルトが連れてきたのは廊下に併設されたバルコニーだった。
ここが何階になるのかよくわからないけど、シンポジオの街並みが一望できる。
「リクト。怖いですか?」
「……え?」
真っ直ぐに俺を見つめてくるタルト。夜風が彼女の髪をさらい、まんまるのミミが揺れるも……視線は動かなかった。
射貫くように、俺を見つめている。
「私には、貴方が何を考え至っているのかはわかりません。正直、焦るばかりで打開策も思い浮かびません。でも、貴方は違いますよね、リクト」
「え、えっと……」
「シオンさんの報告が入る前から、貴方には別の考えがあった。そして……それは、私たち以外の大勢の人を巻き込む。違いますか?」
タルトが、そっと俺の手を取った。
いまだに震えが止まらない、俺の手を。
「それが怖いですか、リクト」
タルトの、言う通りだった。
この先の打開策は、俺が会ったことも話したこともない人を巻き込む。それも、コンフィみたいな頭のネジが外れた相手に。
何があっても、例え、それで巻き込んだ人がコンフィの標的になっても。
俺には、なんの責任も取れない。
地面に頭を擦りつけて土下座しても、死んだ人間は蘇らない。
「怖い……です。俺は、自分の考えてることが、怖い。ビステッカと、知らない誰かを天秤にかけてる自分が……怖いです」
タルトに握ってもらってるのに、手の震えが止まらない。
ビステッカは、大切だ。なにがなんでも救いたい。助けたい。
でも……俺は、ツキシオを見てきた。ずっと見てきた。
——“人々”なんかいなかったよ、リクト。
その知らない誰かは、誰かの大切な人で、”人々”なんかじゃないんだ。
怖い。
怖くて怖くて、仕方がない。
「……当たり前です、リクト。貴方が今、自ら足を踏み入れようとしている領域は! ビステッカ隊長ですら怖いと感じているものです!」
「……え?」
「怖いのが当たり前なんです、リクト。怖くていいんです。戦略など、兵法書を読み漁ればある程度は立てられます。貴方が今感じている恐怖こそが、それこそが……正しく指揮官の素質です」
怖くて……いい?
「もう私には、ビステッカ隊長を救う手立ては思いつことができません。怖いと思います。苦しいと思います。ですがもう、私は貴方を頼るしかありません。乗り越えてください、リクト! 私は……私は、貴方なら出来ると思っています。ベルサ砦で、最後まで逃げなかった貴方を、私は知っています!」
震える手を、タルトが握ってくれている。
怖くて……いい。
怖いままで……いい。
怖いまま……死ぬほど考えるしか、ないんだ。
ビステッカを、救うためには。
「……みんなの所へ、戻ろう、タルト」
「ごめんなさい……思えば、私は貴方に無茶ばかりを言っていますよね」
——ですが……実力不足です。
——リクト、勘違いしないでください。貴方は依然としてお荷物です。
そうかな……?
俺には、これ以上心強い言葉は……無いけどな。
「その無茶に、タルトは付き合ってくれるんだろ?」
「もう、私だけじゃないですよ、きっと」
第二資料室に戻った俺とタルトに、ツキシオとフロランタン、ガレットの視線が集まる。
まだ……怖い。タルトの手を離せない。震えも止まらない。
だけど……踏み越えるしかないんだ。
ビステッカを、救いたいから。
「みんな……まだ、戦う手はある。ビステッカを救うために……コンフィを倒そう」
コンフィ。
お前、情報戦が得意みたいだな。
ツキシオのライブに行くための資金を稼ぐためとはいえ、俺もずっと死に物狂いでやってきたんだ。
コンフィ、そこは……俺の土俵でもあるんだ。
次話 十年の蓄積




