26.オタクの選択
◇オタクの選択
シンポジオ第二資料室。
古紙特有の匂いが充満したその部屋は、謁見の間より一回りほど狭い。にも関わらず、その圧迫感は真逆だった。
ところ狭しと設置された棚が敷き詰められ、そこには記録を紐で綴った大量のファイルが並ぶ。
主な蔵書は……事件記録だ。
「んしょ……んしょ……リクト、ここに置くわよ」
「ツキシオ、ありがとう」
運んでくれたファイルがドサッと音を立てて目の前に置かれた。俺がいる机の周りはもうファイルの山だ。そして隣には、高速でその書類に目を走らせているタルト。
「あ、あった。ありましたリクト。ここ、記述が不自然です」
「どれ?」
「読みます。三か月前の警邏隊の行動記録です。まず……ん?」
「どうかしたか?」
「いえ……なんですか、それ?」
「それ?」
タルトが覗き込んでるのは俺の手元の紙。んで視線の先は……ああ、そういうことか。
「これは日本語だよ。俺たちの世界の言語」
「はぁー……リクトたちがこの世界の文字を読めない、と言っていた意味がわかりました。まるで暗号ですね」
「んしょ……んしょ……えっ? 距離近っ!」
「えっ?」
「ううん、ちょっとびっくりしただけ。どう? 見つかりそう?」
「ああ……裁判記録じゃなくて事件記録にして正解だった。かなり"やってる"な、コンフィ」
この調子じゃ裁判記録の方もどうだかわからないけど。
ただ……これは蓋を開けてみての誤算に近い。
コンフィの動向や傾向を探るつもりだったのに、ここの資料は改ざんされた跡だらけだ。そもそもが捏造と思われるものすらかなりある。
フロランタンやガレットと直接話した印象では、少なくとも彼女たちの能力は低いようには思えなかった。
なんでここまで好き勝手が出来るんだ、コンフィは?
「リクト様、こちらで調べたものも置いておきます。印を挟んでありますので」
「ガレットもありがとう……多いな?!」
いやむしろ……すごいシゴデキだぞ、ガレット。侍女長ってこんなにバリバリ事務処理するもんなの?
「リクト、どうじゃ調査の方は」
「あ、フロランタンもこっちに来てたのか」
積まれたファイルが高すぎて見えていなかった。
緊急対策本部の設置に謁見の間へ戻っていたフロランタンも、こちらに来ていたようだ。
「順調……とは言い難いかな。これじゃ動向を探るどころじゃない。ただ……これ、コンフィは真っ黒だぞ」
「うむ。少し前にガレットからの報告も受けておるが……わらわも預かり知らぬ事件が次々に出てきおる。なぜ、わらわは事件記録の存在を知っていながら、それを調べることすら考えなかったのじゃ……」
フロランタンの疑問は、他のガレットたちにも共通することだった。裁判記録に事件記録、軍日報……調べる媒体は山ほどあるのに、俺に言われるまで誰一人としてそれを調べることを考えてもいなかった。
コンフィがどうやってこんなに好き勝手やってるのかはわからない。だが、ここまで杜撰な状態で押し通しておけたのはそのせいだ。
このシンポジオで、コンフィだけが情報操作してる。
「考えてもわからないことは置いておこう。フロランタン、頼んでいたものは手に入りそう?」
「持ってきておる。ただし、少し古い。役に立たないことは無いと思うがの」
フロランタンが右手を上げる。積まれたファイルに隠れていたその手には、古びた書類の束が握られていた。
「コンフィ邸の建築図じゃ。侍女たちの話からビステッカがここに囚われているのも裏が取れた」
コンフィの動向を探るのは、過去の記録から推測はもう無理そうだ。となると、必要なのは次の手……潜入作戦。
誰かが、コンフィ邸に潜入してビステッカと会わなければならない。
◇
ファイルを一時的に片付け、テーブルに広げられたコンフィ邸の間取図。それを取り囲む、俺、ツキシオ、タルト、フロランタンにガレット。
「ビステッカがここに囚われているのは間違いない。が、それ以上の情報は入手できなんだ。図面の通りだとすれば地下牢じゃが……」
「フロランタン、ここって……」
「うむ、ビステッカはかつてここを自力で破壊し脱獄しておる。タルトの話から考えれば、ロスティの事を聞かされて確かめようとしたのじゃろうな……」
あまり思い出したくないのか、フロランタンが痛そうに顔をしかめた。
同じように自力で破壊可能な場所にビステッカが幽閉されているとは限らない。限らないが……同じ場所だとすれば、コンフィの性格は最悪だ。
「それで……リクト、考えがあるのじゃったな。ここからどうする? 防衛軍も警邏隊も、誰にコンフィの息がかかっているか判別できぬ。わらわが動かせるのは文官と侍女たちだけじゃ」
「ああ……」
正直、ビステッカが自分で牢を破壊可能ならば話はかなり早い。事前調査と救出を兼任できて、隠密行動が可能な人が一人いれば済む。破壊できるなら自分で壊して出てもらう。ダメなら調査のみを済ませて再計画だ。どちらにしても前進できる。
一人、いれば……済むんだ。
目を、瞑る。
頭に浮かぶ適任者も……一人いる。
俺が……言い出さなければ。
別の手を思い付くか、別の人選を思い付けば、フロランタンもガレットも知らない。
二人は、詠唱歌姫が実はシーフで、足音を消せるブーツまで装備してて、とんでもない運動神経を持っていることなんか、知らない。
俺さえ言わなければ、大事な推しを一人で敵陣に行かせるなんて……!
「……リクト」
目が……合ってしまった。ツキシオと。
そしてたぶん……気付かれてしまった。俺が何を考えていたのか。なぜ言い出せないのか。
ダークブラウンの瞳が、静かに俺を見据える。
「隠さないで、リクト。ベストがあるんでしょう?」
「でも……!」
自分で言い出したことなのに、踏ん切りがつかない。
俺は、行かせたくない。
推しを危険になんか、晒したくない。
俺は……!
「なぜ……わらわはあの時……これが出来なかったのじゃろうな……」
「……フロランタン?」
俯いた女王は、テーブルの図面を見ていた。恐らくその図面の地下牢……過去を。
「あ、すまぬ。話に水を差してしもうた。わらわの事は……」
「そうですね、フロン。もう少しすれば、学者たちの調査結果もでるでしょう。ここまで判明した以上はコンフィの犯罪も捨て置けません。ですから……今ではないですか? 立ち止まる事が許されるのは」
「……ガレット?」
「ここには、私とシオン様たちしかおりません。貴方やビステッカを否定する人は、ここにはいません。今……吐き出してしまいなさい、フロン」
優しく、諭すような声色。
ガレットは……フロランタンの侍女だけど、なんかフロランタンのお姉さんみたいだ。特別な関係に見える。
フロランタンは、ひとつ深呼吸した。
「あの時……わらわは、ビステッカの救出作戦など考えもせんかったよ、ガレット。積み上げられた嘘の証拠に、一瞬だけでも疑ったのじゃ。ずっと……小さい頃から、ずっと、ずっと大好きだったのに……! わらわはあの時、ビステッカを信じきれずに国を選んだ!」
「フロン、それはロスティが貴族だった都合も……」
「こやつらは、会ったばかりの一国の統治者に詰め寄ったのにか?! ただの一瞬も、ビステッカを疑っておらん! 助け出すことしか考えておらん!」
堰を切ったように、フロランタンの想いが溢れる。
瞳にいっぱいの涙をたたえて。
一国を背負う重荷なんか、俺には到底理解できない。その時に何があったのかも。
だけど……後悔してるんだ、フロランタンは。
「何が……ロスティは自殺したじゃと? なぜビステッカばかりがこんなに不遇な目に合う!? 親友が自分のせいで死んだなど、なぜ聞かされなければならぬ! なぜ……こんな状況にまで追い込んで、わらわは……ビステッカへの想いを、断ち切ることが出来ぬのじゃ……」
「フロランタンさん……」
「すまぬ、シオン。リクト、タルト。さっきも言ったように、元凶はわらわなんじゃ。わらわがこの想いをコンフィに隠し通せていれば、すべては起きなかった。でも、どうしても、捨てることが出来なかったのじゃ……すまぬ、しまいじゃ! はぁ……ガレット、ハンカチ!」
「鼻水も拭いてくださいね」
「無論じゃ、わらわは女王じゃからの!」
誰かを愛したことさえ、傷になる。
過去の選択は、変えられないから。
もう一度、目を閉じる。
ビステッカを、助けたい。ツキシオを危険な目に合わせたくない。
後悔しない選択なんか知らない。わかるわけない。
ひとつだけ、だ。
目を……開ける。そこには、俺の最推しがいる。
俺は、目の前のこの人を……信じることは出来るか?
「……ツキシオ」
「もう一度言うよ、リクト。隠さないで。期待は……私の力になるのよ」
「ああ」
俺には……この人以上に信じられる人なんか、いないんだった。
なら、必要なのは。
後悔しない選択肢を探すことじゃない。
「ツキシオ、頼みがある。ビステッカに、会ってきて欲しいんだ」
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