25.告解
◇告解
「……すまぬ。情けない姿を見せたな。もう今日はここには誰も来ぬ。こちらへ」
ふらりと立ち上がった女王についていく。
しんと静まる空間にコツコツという足音だけが響いた。肩を落とした女王が向かったのは、王座から少し離れたテーブルセットだった。
侍女たちが使うものだろうか。テーブルには書類や水飲みなどが無造作に置かれている。
「すまぬの、お主らも座れるような場所がここしかない。掛けてくれ」
ツキシオの視線が、振り返り俺を捉えた。
そうだな……俺が、言い出したことだ。
俺が正面に座る。左右に、ツキシオ、タルト。
「昼間の……話の続きを、しようかの。もう、わかっていようが。見ての通りじゃ。わらわには、今のビステッカの境遇を止めることが出来ぬ」
女王は乱れた髪を直そうとも、涙の跡を拭こうともしない。
泣き疲れている姿を隠す気がない。
そこにいたのは、一国の女王という重荷を支え切れていない、一人の少女のように見えた。
「コンフィというやつが、ビステッカを連れて行った。軍と警察の、両方のトップだって言ってた」
「そやつは、わらわの従兄弟じゃ。権力に取り憑かれておるが、謀略に優れておる。わらわは、あやつをどうにも出来ぬ。なにかしようとすれば……次は恐らく、ガレットが死ぬ」
「……は?」
「もう、やったのじゃ。結果……わらわは、何人もの側近を失った。一部の貴族も結託しておっての。政治などする気のない連中じゃから、わらわに直接手を出しては来ぬ。じゃが、わらわもあやつには手出しが出来ぬ」
いや……ちょっと待て。あいつはそんなに危険な相手なのか?
ビステッカ、そいつに連れてかれたんだぞ?
「ビステッカも危ないんじゃ……」
「いや、あやつではビステッカはどうにもできぬ。強すぎて、な。のう……リクト、と言ったかの」
「ああ」
女王が、静かに俺を見据えた。
力なく揺れる白銀の瞳。
「これより先は、恐らくビステッカも望まぬ。もう数日も我慢すれば、何も起きぬ。武具を解放し、彼を連れてここを去れば元通りじゃ。コンフィも、自分の権力下から去るというのであれば、わざわざ追いはせぬ」
なにもしなければ……なにも起こらない。
——ならもう……何が正しいのか、じゃないんじゃない?
「承知の上だ。これは、俺のお節介なんだ。教えてくれ、フロランタン。俺は、その先の話を聞きに来たんだ」
白銀の瞳が揺れ、溢れ……ポタポタと。
それはフロランタンのスカートに落ち、染みとなって広がっていく。
彼女はそれを拭おうともせず、溢れ、ただ落ちて。
「……ロスティ」
「え?」
「かつてビステッカの傍にも……お主のような男がおったのじゃ。名はロスティ。幼き頃からビステッカの無二の親友で、ビステッカを暗殺しようとし……コンフィに殺された男じゃ」
「……は?」
腹を決めたのか……フロランタンは涙を拭い、もう一度俺を見た。
「原因は……わらわじゃ。わらわは、ビステッカを愛しておる。コンフィの権力にとって、それは脅威なのじゃろう。あの強さじゃからな。じゃから……ロスティはコンフィに利用され、ビステッカを暗殺しようとした」
「なん……ま、待ってくれ。ちょっと情報が一度に」
ビステッカの同族殺しは、コンフィが首謀者で、殺されたのがビステッカの親友……?
頭の整理が追いつかない。
しかも、原因がフロランタンの恋心……?
「利用されて……殺された? 待ってください、おかしいですその話」
「え……タルト?」
「違います! 違うんです! 私がビステッカ隊長から聞いた話と! 私たち護衛は、シオンさん召喚の前に身の上を共有しています。でも、ビステッカ隊長……ロスティさんは……自殺したって!」
「え……?」
その時、ドンドン、と扉を叩く音が部屋に響いた。
そして入室の許可も待たず、ガレットが飛び込んでくる。
「フロン! 緊急事態です!」
「何ごとじゃ、ガレット」
「世界樹が……枯れ始めています!」
「……なんじゃと?!」
フロランタンとガレットがバルコニーの方へ走っていったので、急いで後を追う。
二人はバルコニーから乗り出すようにして真上を見上げていた。
「肉眼では……確認できぬか。ガレット、委細を報告するのじゃ」
「学者たちが異変を察知したのは、今日の夕刻くらいからだそうです。街全体の魔力の流れがおかしい、と。そして調査の結果、一時的に凄まじい量の世界樹の魔力が消費されていたことがわかりました」
「原因は?」
「調査中です」
なんか……ただ事じゃない雰囲気なんだが。
なにが起きているんだ?
「あの、フロランタンさん。世界樹って……? 確かビステッカさんも、解放の話の時に言っていたような……」
「シオン……世界樹とは、この場所じゃ」
この場所……?
ここは樹木がそのまま塔になったみたいな、シンポジオでも一際大きい巨大樹で……え?
「わらわたちが今いるこの場所こそが、世界樹。シンポジオの根底を成す最古の樹であり、この国の礎じゃ」
「それ……大変な事態なんじゃ……?」
「うむ、未曾有の危機じゃ。このような事態は知る限り前例がない。ガレット、学者たちは?」
「初動に当たったものが、残りの者も叩き起こして調査に向かったはずですが、結果にはまだ時間を要するかと……」
「じゃろうな……急ぎ対策本部を設置するとしよう。リクト、話が途中になってすまぬが、どうやらここまでじゃ」
なんだこれ……偶然なのか?
それにしては、タイミングが合いすぎないか?
なんで、異変のタイミングとビステッカの捕縛がピッタリ合致している?
考えすぎかもしれない。
でももし、そこに……共通する人物がいたら?
「待って欲しい、フロランタン。さっきの話の続き……少しでいいから続けられないか?」
「すまぬ、リクト。ビステッカのことを考えてくれるのはわらわも嬉しい。じゃが、今はそのような状況では……」
「その世界樹の話なんだ。この件、コンフィが関わってる可能性はどれくらいある?!」
思わずというように顔を見合わせるフロランタンとガレット。
統治者として、調査も済んでいないものを発言するわけには、とかなんとか色々あるのかもしれないが……その反応だけで十分だ。
「その異変、ビステッカが捕縛された時間とほとんど同じなんだ。もしコンフィが関わってるなら……ビステッカにも関わる話かもしれない」
◇
「なんだ……これ……」
まずは、途中だった話を整理しよう。
そう決めた俺たちはフロランタンとタルトの話を統合したのだが……浮かび上がったものは、ねじ曲がった話だった。
フロランタンの調査では、ロスティはコンフィに殺されている。
ビステッカの認識は、ロスティは自分のせいで自殺したと思っている。
民衆に至っては、被害者と加害者が逆転している。
なんだこれ、気持ち悪い……!
「全部……コンフィの都合がいいように話がねじ曲がっているように感じます……」
「タルトの所感が正しいのじゃろうな……なぜ……なぜわらわは気づかなんだ!」
フロランタンが拳を叩きつけた拍子に、テーブルの水差しが跳ねた。その手も、ワナワナと震えている。
でもこれで、ひとつはっきりした。
コンフィは、国の統治者にも気付かれずにこれだけの裏工作をする危険な相手だ。
そして、ビステッカは今、そのコンフィの手の内にある。もし、世界樹の異変までコンフィが関わってるとしたら……ビステッカは強いから大丈夫だろう、というのはもう楽観でしかない。
「ビステッカを……救出しよう。世界樹の件が無関係ならまだいい。でも、そうじゃないとしたら……コンフィがかつて隠蔽し、葬り去った事件の当事者がコンフィに囚われていることになる」
「具体的に考えはあるの、リクト?」
ツキシオの……タルト、フロランタン、ガレットの視線が俺に集まった。
考えは、あった。ここにはフロランタンがいる。彼女の協力を仰げば、裁判記録などの過去のコンフィの痕跡を調べることができる。その情報があれば、コンフィの次の動きの予測の手がかりになるはずだ。
ただ……その先の計画の、要になる部分を俺は見ないようにしていた。
今、ビステッカが囚われている場所の、事前の内部調査がいる。それは敵地に単騎潜入という、危険が伴う任務だ。でもコンフィを相手にする以上、シンポジオの軍部は使えない。
どうしたら、いい。
俺は……思わず、ツキシオを見てしまった。
「……うん?」
適任なのは、小柄で素早さが高く、隠密行動ができそうな人材。
そう……例えば、足跡が消せるブーツを装備した、シーフのような。
俺は……どうしたらいい?!
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