24.囚われビステッカ
◇囚われビステッカ
「……待ってください」
ヒリつく空気を切り裂く、少し舌足らずな声。
その声は静かなのに、有無を言わさなかった。
黒鎧たちの動きが止まる。軍服のエルフが、半歩、下がった。
立ち上がったタルトが一斉に視線を集めた。
あまりの威圧に、敵意を向けられていない俺ですら身が竦む。
彼女は……今まで見たことがないくらい、吊り上がった瞳で軍服を睨み付けていた。
「そろそろ、いい加減にして欲しいです。まず、所属と名を名乗ってください。誰ですか、貴方は」
「お、お前こそ……」
「ラスカ族のタルト、詠唱歌姫の護衛です」
「……シンポジオ防衛軍及び警邏隊総指揮、コンフィ」
彼女の声は、真冬に触った水のようだった。
いつものタルトからは想像すらできない。
「ではコンフィ。ビステッカ隊長は今、詠唱歌姫の護衛としてここにいます。それはわかっていますか?」
「無論だ。だがここはシンポジオ。我が軍が守っている以上、護衛など……」
「そうですか。では……」
突き出したタルトの手の周りに、いくつもの光の球が現れた。それはやがて周囲の光を飲み込み、圧縮しながら回り始める。
耳をつんざく光の振動音。
これ、ベルサ砦で魔族にぶっぱなしてた……!
「これは詠唱歌姫への敵対行為とみなします。これより、脅威を排除します」
「なっ……こいつ……杖もなしに高位魔術を……!」
一斉に身構える黒鎧たち。
タルトの抑揚から、まったく躊躇が読み取れない。相当怒ってたんだ、タルト。
よし……喧嘩はからっきしだが、タルト一人を悪者になんかさせねぇ。腹くくれ、俺!
「もういいわ、タルトちゃん。ありがとね」
それは、ひどく落ち着いた声色だった。
タルトを止めたにも関わらず、黒鎧の剣が一斉にビステッカへ向けられる。
だが、そんなものなど意に介さず、悠々と……ビステッカが立ち上がった。
「コンフィ。付き合ってあげるわ。ただし、条件よ。アタシが拘束を受けるのは詠唱歌姫が解放を終えて、ここを発つまで」
「なぜ、貴様の条件など……」
「受ける気がないならそれでもいいわ。忘れたの? アタシ、自分で勝手に出れるのよ」
「くっ……」
ずっと鳴り響いていた光の振動音がピタリと止まった。タルトの腕を回っていた光の球が、空気に溶けるように消える。
「はぁ……わかりました」
「ありがとねタルトちゃん、シオンちゃんとリクトちゃんも。ちょっと、そこの兵士ちゃん」
「な、なんだ……?」
「なんだ、じゃないわよ。ほら、アタシの剣。丁重に扱いなさいよ。それ、ピアット城からの借り物で、そこそこの業物なのよ」
ビステッカは、「大丈夫、ちょっと昼寝してれば、すぐよ」と片手を挙げ、黒鎧と共に店を出ていってしまった。
◇
料理……すっかり冷めちまった。
活気を取り戻した店内で、ここだけカチャカチャと食器とフォークのぶつかる音が響く。
美味しいとも不味いとも思わない。捨てるのは勿体ないから、食べてる。
「……流石に、ちょっと無理がありますね。一番食べる人がいませんから」
「ビステッカさん、私とタルトさん二人分より食べますからね」
二人は……どこか諦めているような、受け入れているような。俺がガキ臭いんだろうか。
「なぁ……二人は、これで良かったと思うか? 俺、まだ納得いってなくて」
「納得なんかしていませんよ。ただ、これ以上はビステッカ隊長の迷惑になる、そう判断しただけです。それに……確かにこれが、一番波風が立たないのかもしれません」
「私は、納得……してるのかも。ビステッカさんの境遇の話じゃないのよ? ビステッカさんの態度に」
カチャリ、とツキシオがフォークを置いた。
今のツキシオからは、女王と対峙したときのような激しい感情は滲んでいない。
「私、フロランタン女王に思いっきり文句言っちゃったじゃない? でも、ビステッカさん、笑い飛ばしてた。その時思ったの。ああ、ビステッカさんの中では、この件は本当に終わったことなんだな、って。少なくとも私は、もう終わらせた事にはそれ以上のエネルギーなんか使いたくないわ。それは、後ろ向きだもの」
「……そうか」
視線を冷めた料理に戻すも……なんかもう、食べる気もしない。
「ねぇ、リクトは?」
「え?」
「リクトが納得してないのはわかったわ。何が納得出来ないの?」
何が、納得出来ないのか。
ツキシオに聞かれるまで、考えてもみなかった。
タルトが言ってたこと……理解できる。ツキシオの考え……理解できる。
俺だって、ビステッカが求めてもいない事を騒ぎ立て、土足で彼の過去を踏み荒らしたいわけじゃない。
じゃあ、何が……?
「……わからん」
「わからない?」
「ああ……なんか、ダメな気がする」
これ、三十一歳の言動ではないな。だけど……わからないものはわからない。納得できない、としか言いようがない。
「リクト、私は……これ以上は、反対。タルトさんは?」
「私も……引き際だと思います」
ダークブラウンの瞳が、真っ直ぐに俺を射貫く。
真剣に聞かれている。ここにいる誰一人、ビステッカの今の状況を歓迎なんてしていない。ただ、現実を見ている。
でも、ビステッカは。
——リクト分隊長。彼女にかかるはずだった重圧……アナタが肩代わりしてみせなさい。
ビステッカは、推し活しか出来ない男のそれを、これは俺にしか出来ないと、言ってくれたやつなんだ。
納得出来ない、じゃない。
俺が、納得なんかしたくない!
「ごめん、二人とも。俺、やっぱり納得出来ない。二人には迷惑かけないようにするから……」
「……そっか」
ふわりと、ツキシオの目元が緩んだ。
時と場をわきまえずに、心臓が跳ねる。うわ、なんだよそれ。ズルい。
でも、あれ? なんで……笑った?
「タルトさん」
「はい。そうですね……今の状況なら、一番手堅いのはフロランタン女王です。彼女は唯一、ビステッカ隊長の今の状況を憂いていたように思います」
「よし、決まり!」
「へ……? え……?」
言うが早いか、とっとと食器を片付け始めた二人。え……? あれ?
「えっと……二人は、反対なんじゃ……」
「今でも反対よ。ビステッカさんの迷惑になると思うわ」
「そうですね」
「なら、なんで……?」
「だって……そんなことは、リクトだってわかってるでしょ? 迷惑かもって。それでも、納得できない。ならもう……何が正しいのか、じゃないんじゃない?」
「勝手に動かれた方が厄介です。引きませんから、そういう目をした貴方は」
どうせあなたやるんでしょ?と言わんばかりに二人が笑う。ちょっと……これは言葉にならないな。ズルいのは二人ともだ。
「さて、目的地は決まりましたが、流石に一国の女王に面会を申し込むには、時間が遅すぎますね」
「あら? 今から行くわよ?」
さも平然と、その歌姫は言ってのけた。
そう、歌姫……彼女は詠唱歌姫。この世界の救世主。
「二人とも私が何だか忘れてる? 私……国、賓!」
◇
昼間にも見た、豪華な意匠に縁取られた重厚な扉。
……すごいな、国賓。
「フロランタン様。お客様がお見えです」
「ガレット! 今日はもう誰とも会わぬと申した!」
「いえ、会われた方がよろしいかと。詠唱歌姫と護衛の方たちです。もう、こちらにいらっしゃいます」
「……通してくれ」
扉を開け、静かにかしずくガレットさん。
「あの……シオン様」
「なんですか?」
「差し出がましいお願いなのですが……フロンの話を、聞いてあげてください」
「……そのつもりで、来たのよ」
「いらぬことを申し上げました。どうぞ」
昼間来たときはイライラして良く見ていなかったが……広いな、ここ。
ここは塔のような巨大樹の中。元からある空間を利用しているのだろうが……ダンスホールのような広さがある。
その中心に、ひとり。
身の丈に合わない王座へ座り、俯いた女王。
他には、誰もいない。
独りきり。
コツ、コツ……足音が自分に近づいても、フロランタンは顔を上げなかった。
髪が、昼間見た時よりずっと乱れている。
床に散らばった書類、投げ捨てられたように転がっているティアラ、割れた高そうなグラス。
暴れまわった跡……のように見える。
「……フロランタン女王」
静かに顔を上げた彼女には……くっきりと、枯れた涙が張り付いていた。
「……女王と、呼べるのかの。これが、わらわの……この国の有り様じゃ。すまぬ、ビステッカの件は……わらわのせいじゃ」
次話 告解




