21.天然要塞、森林都市シンポジオ
◇天然要塞、森林都市シンポジオ
踏んだ苔が一瞬だけ淡く光り、もとの静けさを取り戻す。さく、さく、と歩くと一瞬だけ残る軌跡。
道中は徐々に木々が生い茂り、気が付けば俺たちは森の中にいた。
だが、そこは明らかに違った。はっきりと見える、”森との境界”。
太さが違う。高さが違う。木という存在の格が違う。
見上げれば鬱蒼として空が見えないほどの高さ。これは木……なのか。木という分類なのか。
いったい何年……何百年。ここに在るんだろうか。
それが、何本も、何百本も。無数にそびえ立っている。
「すっげぇ……」
「ちょっと、言葉にならないわね……」
あまりにも巨大すぎる樹木。それは街だった。
街が、すべて木の上に作られている。
その樹木の"うろ"と融合するように取り込まれた住居や建物。枝と枝は板で塞がれ、樹木同士を無数のつり橋が繋いでいる。
それが、すべて遥か頭上にあった。
確かに、これは要塞だ。天然の要塞。
ここが……。
「ようやく着いたわね、三人ともおつかれさま。ここが森林都市、シンポジオよ」
「私も初めて来ましたが……すごいですね。これ、全部耐火樹なのですか?」
「ええ、樹皮の表面が淡く光ってるでしょ? キノヒという種類ね」
ピアットに来たときは、雑多な活気があった。
ここは……自然に背筋が伸びる。
森を抜け到着した森林都市は……樹木の王様みたいな都市だった。
◇
さて。ひとしきり感動したところで……どうやって入るんだ? この街は。
全部木の上なんだが?
「……登る?」
「何考えてるの、ここからは無理よ。少し先にリフト乗り場があるわ。ケンチキはそこでお留守ね」
「ギュエ!」
「返事した?! マジで言葉わかってるんだな……」
「信じてなかったんですか? ヒスイとコハクもわかってましたよ?」
先を行くビステッカについて行くと、巨木を縫うように一本の道があった。ここを通ってリフトまで行くのか。
街に入るための通路が街の真下……見かけだけじゃなく造りもしっかり要塞なんだな。
ちょっと過剰なくらいだ。
「足元、気を付けてね。この街はピアットほど人の交流がないの。この道もあまり使われてないわ」
「やっぱり……エルフなんですか?」
「あら、興味あるの、シオンちゃん」
「ありますよ! 森林都市! エルフ! 古代図書館! どんな街なのかなぁ……おっと」
ゲームの世界に脳がダイブしていたと思われるツキシオが、太い木の根に足を取られた。
この道、確かにツキシオとタルトには歩きにくそうだよなぁ。ビステッカの言う通りあまり整備されていない。これが正規のルート?という感じだ。両脇の樹木が街道まで枝葉を延ばしてる。
「ギュエ! ギュ!」
「あ、乗せてくれるの? タルトさん! ケンチキ乗せてくれるって!」
分かりやすく頭を下げ、乗るように促しているケンチキ。
紳士だ、ケンチキ。
うん? なんだ、その顔は。気のせいか?
”こっちは役に立たないなぁ”って顔じゃあないか?
ケンチキ、素直すぎることは美徳じゃないぞ?
足の長さを考えろ、俺だって身長が三メートルくらいあったら推しを乗せ……ないな?
よし、任せたケンチキ。
「シオンちゃん。古代図書館があるなんて話、どこで聞いたの? それなりに秘匿してたはずだけど……」
「え? あるんですか?! 古代図書館!」
「あ、知ってたわけじゃなかったのね。あるわよ。基本は一部の貴族とか女王しか入れないけど」
「入れないのかぁ……ビステッカさんは入れませんか?」
「アタシは平民の出だもの。入れないわ」
「そっかぁ……せっかく封印された古の書物に閉じ込められて古代の魔物と戦えるって思ったのに……」
ピアットの城壁の上で本人が言っていた“異世界にワクワクしている”というのも、本当なんだな。推しの目が、飛竜の時のようにキラキラしている。
いや……封印されるイベントは、避けた方がいいやつじゃないですかね?
でもツキシオが逝くというなら、逝く以外の選択肢は無いか……一人でお供はキツいな?
うん……タルトに頼ろう。
「さて……着いたわ」
いつの間にか目の前が少し開け、いくつかの年季が入った木造の建物が見えた。
立体駐車場みたいな縦長の建物と、その後ろに牛舎のような三角屋根の大きな平屋。縦長の建物からは、巨木へ螺旋状に設置されたリフトが繋がってる。建物はどちらも壁一面、蔦でびっしりだ。
大きな建物はその二つだけ。あとは周囲にこじんまりした道具や携帯食料屋がいくつかある程度。ピアットのような宿泊施設は見当たらない。
「あそこの守衛で身分を確認すれば、基本的に誰でも乗れるわ。裏は荷物預り所ね。ケンチキもこっち」
「え? 俺、身分確認するものなんかないぞ?」
「詠唱歌姫一行は大丈夫よ。身分証なんかいらない国も多いし、必要ならアタシかタルトちゃんのもので、フリーパスよ。ただ……ここは、ちょっと迷惑をかけるかもしれないわ」
あれ?
また、だ。遠くを見るような……いや、それもなんか違うな。なんていうんだ?ビステッカのこの表情。
なんか、百パーセント勝てない負け戦の商談に臨む時の、俺みたいな……?
少なくともピアットでは見たことない表情だ。
「さ、手続きしちゃいましょ。とりあえず女王へ面会しないと」
「お、おう……」
自分で気づいているのか、いないのか。
声の調子だけはいつものビステッカで、表情だけがいつもと違う。
ああ、あれだ……これ、感情を殺している時の表情だ。
「タルトちゃん、ケンチキお願いね?」
「……はい」
そのことに気づいたときには、もうビステッカは守衛の方へスタスタ行ってしまった。
慌てて追うも、なぜか焦燥に駆られる。
こんなビステッカは見たことがない。いつも余裕で、強敵の前でだって不敵に笑う。
そんないつもの面影がない。理由もわからない。
「ようこそ、シンポジオへ。身分の……え? な……おまえ、ビステッカか?!」
「そうよ。はい、身分証。詠唱歌姫の封印武具解放の巡礼よ。女王へ面会を」
「は? 詠唱歌姫の?! なんでお前が……い、いや。ピアット議会発行のものか。なら、通っていい。詠唱歌姫の巡礼となれば俺にはなんの権限もない」
「そ、ありがと」
至極不愛想に対応するエルフの守衛。
黒で統一された全身鎧と槍からは歓迎していない雰囲気が漏れている。
おかしくないか? 詠唱歌姫の封印武具解放の巡礼って伝えて、この態度?
「……ケンチキ、預けてきました」
「あら、ありがと。じゃあ行きましょ」
そんな守衛の態度が見えないかのように振る舞うビステッカ。
ツキシオもさっきまでの楽しそうな雰囲気はどこへやら。眉をしかめている。
そして今の守衛の言葉尻よりも……表情、視線。
まるで、汚いものでも見るかのようだ。
ここ……ビステッカの故郷……だよな?
「まずは女王ね。しばらく空けちゃったけど、元気にしてるかしら」
「なぁ、ビステッカ……今の……」
「……ん?」
いつの間にか、殺したような表情は消え、いつものビステッカになってる。
いやそれ、逆におかしいだろ。
なんなんだよ、この守衛の態度?
「全員乗ったわね? じゃあ動かしてちょうだい」
無言で指示に従う守衛。
こっちを、一度も見ない。詠唱歌姫であるツキシオにも一言もない。
彼がコンソールらしきものを操作すると、ゆっくりとリフトが動き出した。
本当に、こっちを見ない。
一瞥たりとも。
「……何が詠唱歌姫の護衛だ? クソ、同族殺しの追放者が」
……は?
次話 文句言ってやる!




