20.そんな事態は想定していない
◇そんな事態は想定していない
岩影で姿勢を低くしたまま、ジッと気配を殺しているツキシオ。その右手にはこの前新調した装備と一緒に購入したダガー(短剣)。
彼女の見据える先……素早い相手だ。だが素早さならツキシオだって負けてはいない。そのうえ彼女は足音を消せる。
つまり、天敵だ、ツキシオは。
一瞬のスキを逃さず、ダガーが素早く翻る。それで勝負は決した。
「やった! 見て見て、美味しそうな野ウサギ!」
高らかに掲げた彼女の手には、今日の晩飯になるであろうアルミラージ。野ウサギ……ではない、一応。
ツキシオ、そいつは歴とした野獣の仲間ですよ。
「リクト。残されている文献では旅のはじめ、ほとんどの詠唱歌姫が食欲不振になっています。貴方たちの世界では命を奪う瞬間に出くわすことがあまりない、と」
「ああ。そうだな。間違ってないぞ、その文献」
「そうですか……ならいいです」
「まいったわね……喉笛を一撃って……シオンちゃん、アタシより狩りが上手いわ」
俺たちは、封印の旅へ出発していた。
ツキシオ……無理、してないといいんだけどな。
時間はここより数日前。城の医務室までさかのぼる。
◇
「皆さま……ご心配をおかけしました。お呼びたてして申し訳ございません。私は、封印武具解放の巡礼を開始するべきだと思っています」
マドレーヌさんは、ベッドで気丈にも切り出した。少し痩せたその姿が、受けた呪いの消耗がいかに凄まじかったのかを物語っている。
俺たちがマドレーヌさんに面会ができたのは、彼女が目を覚ましたという報を受けてから三日後の事だった。
「マドレーヌちゃん……いきなりそれ? もう起きて大丈夫なの? まだ目覚めたばかりでしょ?」
「ご心配には及びませんよ。外傷はタルトさんのおかげでほぼ完治しています。このような事態になって、責任を放り出すわけにはいきませんから」
「限度があるわよ、まったく……」
「ですが、そうも言っていられません。先に事実をお伝えすると……ピアットの封印武具解放はやはり難しいようです。申し訳ございません」
マドレーヌさんの話によると、旅へ出発前に解放するはずだったピアットの封印武具。その場所は大聖堂の奥にあった。そして今や、そこは開かずの間になってしまっているらしい。
通例で、最高司祭は就任時にこの扉を自分の魔力で施錠する。就任したばかりのマドレーヌさんは……張りきった。ガチガチに固めた。ガッチガチに。張りきりすぎた。
曲がりなりにも最高司祭のフルパワー、もはや本人しか開けられない。そして当の本人は魔力切れ。
なんというか……運命とかそういうのに喧嘩でも売ったのか? この人。
「異常個体の魔族についての調査も進めています。ですが、そちらについては大聖堂中の文献をひっくり返すくらいしか今は出来ることがありません」
「はぁもう……アタシたち、仕事の話をしに来たわけじゃないのよ?」
「……申し訳ございません、その、少し……照れ隠しです。このくらい仕事の話ができるくらいには回復していますから。ですから……あまり泣かないでください、シオン様」
「ぐすっ……だっでぇ……ひっく……じゃべっでる……マドレーヌざんが、ちゃんと喋っでるぅ……」
「本当に……心配をおかけしてしまいました」
マドレーヌさんが緩く両手を広げると、ツキシオはおずおずと彼女の胸に飛び込んだ。
そのまま胸で泣きじゃくるツキシオの頭を、やさしく撫でるマドレーヌさん。
良かった……マドレーヌさんが元気になって。本当に。
「その異常個体の魔族が示すとおり、今の状況はもはや”ちょっとおかしい”どころではありません。明らかな異常事態です。シンポジオの封印武具の様子の確認が先決かと」
◇
「さて……そろそろ暗くなるわ。今日はこのあたりで野宿かしら?」
「それがいいと思います。ふぅ、やはり徒歩だとかかりますね」
「飛竜は国内でしか使えないもの、仕方ないわ。リクトちゃん、ここにしましょ!」
「わかった! ほい、ストップだ、ストッープ」
俺の声に反応して、バカでかい鳥足がたたらを踏み停止した。ビステッカより更に頭ひとつ高い位置の顔には、”止まるの?”と書いてある気がする。
知性を感じる。だが、それを押して顔がイカつい。
軍行動にもいた、ヤクーと呼ばれる巨大な軍鶏。まさかこいつが旅の同行者になるとは思わなかった。
こっちでは荷物運びなどで広く飼育されているらしく、現実世界の馬みたいなもんらしい。
「ギュエ! ギュエ! ギュエ! ギュエ!」
「おお? どうした?」
いや、お前はこっちの言葉を理解してるっぽいが、こっちはわかんねぇんだよ。このへんな鳴き声に慣れるのに丸一日かかった。
腹でも減ってるのかな?
「あ、ケンチキから荷物降ろすの? 私も手伝う」
「あ、ありがとうございます!」
そして我が推しは、このヤクーを大変お気に召したようだ。良く乗っているし、餌やりも水やりも進んでやる。この前はブラッシングまでしてた。羽毛がいっぱい取れた。
でも、ツキシオがつけた名前はケンチキだった。俺はツキシオ全肯定派なので彼女のネーミングセンスについても肯定する。ケンチキ……たぶんおまえ、ジョブ・非常食だ。
「……リクト、アウトですよ」
「え……あ! ちょっと待ってくれ。”ありがとうございます”は普通に言うだろ?! 厳しくないか?」
「シオンさん、ジャッジをお願いします」
「うーん……多分今の場面、タルトさんだったら”おーありがと。助かる”だね。リクト、アウト」
「まじか……了解です……」
「それもアウトですよ、リクト」
「ぐぅあー!」
俺はツキシオ全肯定派だ。ツキシオがアウトだと言ったらアウト。アウトだ、俺。
「ふふふ……では。私は”テント設営”と”食事準備”を取ります」
「あら、じゃあアタシは”テント設営”と”調理”」
「えー? 私はどうしようかなー? ”調理”、”片付け”」
「ぐがぁ! また”火起こし”と”水汲み”かよ!」
くそ……火起こしばっかり上手くなっていく。アレ結構きついのに……。
なぜこんなことをやっているのか。
これを言い出したのはタルトだ。
『リクト……率直にいいます。シオンさんに対する態度を改めてください』
『え……? えっと、最近は自分でもうまくやれてると思ってたんだが……なんとか普通に話もできるし……』
『いいえ、まったくダメです。リクトは常日頃からシオンさんに緊張しすぎです。魔族の異変以前に、野獣やモンスターの襲撃……常に緊張しっぱなしでは、いざという時にリクト自身が危険なんですよ?』
『言ってることはわかるけど……でも、言われて出来るなら苦労しないって言うか……』
『シオンさんとの旅そのものに慣れて貰わないとダメですね……まずは敬語を辞めましょう。ベルサ砦ではやってました』
『あれは、非常事態っていうか……』
『やれば出来るってことですよね?』
タルト・システムが導入された。
ちなみに罰ゲームを考えたのはツキシオ。
あの時はノリノリでしたね、ツキシオ。
本来、推しとは神と対等な存在である。無論、馴れ馴れしくタメ口など許される話ではないし、俺自身がしたくない。
推し本人がノリノリで矯正してくる場合、俺はどうしたらいいのだろう。
ひとつ言えることは……崇拝する存在に普段からタメ口というのが、考えていたよりハードルが高いというか、高い。高いんだよなぁ……。
しかもこれ、ツキシオの気分転換になってるっぽいんだよなぁ。
「……リクト。あの……水汲みは、少し手伝ってあげます。ここは水辺から少し距離がありますから」
「すまん、助かる……」
「あ、ズルしてる! リクト分隊長?」
「もう分隊長じゃないですよ……解散したし」
「アウトが重なっていきます、リクト分隊長」
「うがぁー!」
ふと見上げると、柔らかく笑っているビステッカ。
うーん、やっぱり……なんか違う気がする。
口数……少ないよな?
ピアットを出発したときは、そんなことはなかったように思う。
流石にベルサ砦の人たちは見送りには来られなかったけど、近衛十字特別隊やピアット軍のみんなと挨拶を交わすビステッカは、普通だった。
段々と目的地のシンポジオが近づくにつれ、遠くを見ている時間が増えた……気がする。
それとなくタルトに聞いてみたが、”思い当たることはあります。ですが、これは私が言って良い話じゃないです”だった。
次の目的地は、ビステッカの生まれ故郷だ。
思えば。
なぜ、この歩いていける距離にある生まれ故郷ではなく……彼は隣国ピアットで近衛十字特別隊の隊長などやっているのだろう。
次話 天然要塞、森林都市シンポジオ




