19.幕間~タルトの変化
◇幕間~タルトの変化(Bistecca POV)
「んぎっ! ぐぎぎぎぎぎ……」
「はい、ほらほらもうちょっと! あと五センチ!」
「うらぁ!」
「はい、いいわよ! じゃあリクトちゃん、十五分の休憩ね。水飲んでらっしゃい!」
「ぜひぃーーぜひぃーーしぬ……きちぃ」
「あら、十分及第点だと思うわよ? アタシ、アナタがここまでついてこれるなんて思わなかったもの」
「まだ……怪我人のビステッカに……ぜひぃーー……言われても、な……」
ベルサ砦奪還戦から、明けて三日。早朝、六時。
リクトちゃんが「俺を鍛えてくれ!」とか言い出したので、体力測定がてらと朝練に付き合わせてみた。
結果は、まずまず。
武具屋で元々鍛えてる、とは言っていたけど、新米兵士よりも筋力も体力もあるわ。
これなら、リクトちゃんが希望する剣の稽古にもすぐに入れそう。
ただ、ホント……なんていうか……。
ちょっと怖いわ、この子。
そもそもは、巻き込まれて来たのよね?
確かにちょっと変わった子ね、とは思ってたけど……。
リクトちゃんが異常個体相手にやった心象の具現化。魔術は専門外のアタシでも、それがとんでもないことなのは流石にわかる。
でもアタシが驚いているのは、そっちじゃない。
——遡ること、昨晩。
「ビステッカ! 今日から朝練を再開してるって聞いたんだけど、もう動いていいのか?」
「あら、リクトちゃん。朝練といっても殆どリハビリよ? 救護隊の治療も万能じゃないもの。それで、それがどうしたの?」
「俺も参加させてくれ! 鍛えて欲しいんだ!」
「えっ……えーと、理由を聞いても?」
「ほら、俺も旅へ出ることにしただろ? で、ツキシオの足を引っ張らないようにって色々考えたんだけどさ、俺、鍛冶師なんだよ!」
「ええ、うん……そうね?」
「魔術とか、そっちはダメそうなんだよ。でも剣なら最高のお手本がいるじゃん、と思って!」
「心意気は買うけど……もう少し休んでからでいいんじゃないかしら? アナタ、ベルサ砦でぶっ倒れてるのよ?」
「それはタルトの治療と、あとは寝たら治ったぞ? なぁ、頼む! 出発までに基礎練だけでも覚えたいんだよ!」
……
……
シオンちゃんが絡むと、本当にバグるわね、この子。
曲がりなりにも今回の立役者よ?
ベッドで寝てるだけでチヤホヤされるわよ?
剣の修行なんていう、地味でキツイのに迷いなく飛び込んできたわ。あの戦いから二日しか経ってないのに。
まぁ……アタシも気分転換には丁度いいけど。
あの魔族の事、これからの事、考える事は山積み。だけど今はマドレーヌちゃんの回復を待つしかない。幸い、呪いは解呪されてたから消耗しきった魔力の回復だけみたいだし。
さて。
リクトちゃんはまだしばらく戻らないわよね。
……さっきからぴょこぴょことおミミがはみ出てるわ。
「それでタルトちゃん。用があるのはアタシ? それともリクトちゃん?」
「は、はぅ! ば、バレてましたか……?」
「アナタ、気配隠すのもっと上手いでしょう? 見つけて欲しいのかと思ったのだけど……」
物陰からひょっこり顔を出したのは獣人の可愛らしい女性、タルトちゃん。
でもこの様子だと見つけて欲しいわけじゃなかったみたい。なら、用があるのはリクトちゃんの方ね。アタシ相手だったらもっと上手に隠れているはず。
「リクトちゃんならあと十分くらいで戻るわよ?」
「あ、えっと! その! き、急にだと、その……心の準備、が……」
心の準備が必要? あら、この子、もうリクトちゃんには心を開いてると思うのだけど……。
相談に乗ってあげたほうがいいかしら?
「アタシが伝言する?」
「そ、それじゃ意味がないっていうか……! その……言わないでくださいね? 私……あの戦いの時、その……リクトを叩いてしまって……」
「ああ、聞いてはいるわよ。アタシはその場にいなかったから見てないのだけど」
アタシは砦の方に突っ走ってしまったので現場は見てない。
でも、リクトちゃんの心象の具現化をもう使わないようにって、泣きながら止めていたとは聞いた。
「それで……その、私まだ、ちゃんと謝れてなくて……あの、リクトは。私のことは、なにか言っていませんでしたか?」
「いえ、とくには……?」
あら? なにかしらこの違和感。
謝りに……来たのよね? 確かにタルトちゃんが手をあげるなんて珍しいけど……おミミが、ペタンね……?
なんで落ち込んでるのかしら?
あ、これだわ。違和感の正体。
リクトちゃんが何か言っていた、で落ち込むならわかるのよ。
なんで、自分のことを何か言っていなかったか、で落ち込むのかしら?
……え?
これ、もしかして落ち込んでるんじゃ……ない?
「あ、あの! 朝練邪魔してしまってごめんなさい。私、もうちょっと心の準備ができたら自分で……」
「あれ、タルト! おはよう、珍しいなこんな朝早くに」
……もう戻ってきた!?
間がいいのか悪いのかわからない子ね。
今、かなり際どい局面よ?!
「あ、り、リクト! おはよう、ございます! あ、あの……それじゃ私は、こ、これで……」
「え? もう行くのか?」
まって。冷静になるのよ、ビステッカ。
タルトちゃんの当面の問題……謝りたい。よく考えたらこれに関してはすぐに解決できる。なぜなら、リクトちゃんが一切気にしてないもの。
落ち着いて。落ち着くのよビステッカ。慎重に……慎重に動くの。まだ決めつける段階じゃないわ。
「あのね、リクトちゃん。タルトちゃんアナタに謝りたくて来たみたい。ほら、叩いちゃったでしょ?」
「え、なんで……ビステッカ隊長?!」
「ん? そうなのか?」
この場面においては……これは正解のはず。リクトちゃんは叩かれた意味がわからない子じゃないもの。
ないわよね? 信じていいのよね、リクトちゃん?!
「あー……確かに。アレは効いたな」
「あ、その……私、本当に、ごめ……」
「タルト、本気で心配してくれたんだなって。ホント、効いた」
「え……?」
「謝るのはこっちだと思うぞ? それに、タルトのおかげで気づいたんだ。出来もしないことをやろうとするからムチャになるんだ。だから、ビステッカに剣を習おうと思ってさ」
あ。
それはまるで、蕾が花開くように……タルトちゃんの表情が一気に明るくなった。
……落ち込んでいたんじゃ、ない。
不安だった。
叩いてしまった自分を、彼がどう思ったのか。
まって。これ……ちょっと、待ちなさい?
そんなの、リクトちゃんには嫌われたくないって言っているようなもんじゃ……?
「それにさ、ツキシオにも、次タルトを泣かせたら承知しないって言われてるし」
おバカ。
この男、デリカシーはどこに置いてきたの?
なんで今他の女の話を始めた? なんで今なの? 今じゃないでしょ?
この男、口を開けばツキシオ、ツキシオって……わざわざ探して謝りに来た女の子へする話がそれなの?
「ふふっ、最近はようやく普通に話せるようになってきましたね」
「いや、そこは俺も複雑なんだけどさ……推しとの適正な距離感、イン、推しと旅バージョンを模索してはいるんだけど……」
「一緒に寝起きして、テント設営して、ご飯を食べる距離感だと思いますよ?」
「……胃が痛くなってきた」
「あはははっ」
あ、あら?
そういう方向へ行くの?
やだ……この子、まったく自覚ない?!
顔には”良かった、嫌われてなかった”って書いてあるのに?!
「ん、どうしたビステッカ。さっきから百面相してるぞ?」
ほっといてちょうだい!
い、いえ……そうよね。外野がとやかく言う話じゃないわよね。少なくとも、今はまだ。
ええ、でも……ええー?
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