18.壊れた循環の特異点
◇壊れた循環の特異点
戦場を埋め尽くす、無数のうめき声。
その攻撃には見境など無かった。この場にいたすべてが攻撃の対象だった。
「ご、御無事ですか……歌姫、さま……」
「……っ あ……嫌、みんな……?」
「……良かった」
ツキシオを守った第一小隊の人たちが、彼女の無事を確認して崩れていく。
彼らは、降り注ぐ黒槍からその身を盾にして彼女を守った。
あまりにも大きい、代償を払って。
『ぐぅ……傷が深い。これは……我らの記憶には、ない……回復をせねば』
なにが……起きたんだ?
もはやこの戦場に立っていたのは俺とツキシオ、そして咄嗟に障壁を張った最前線のタルトの周りだけだった。
防御陣を敷いていた第一小隊も、その後ろの第三小隊も、タルトたちの後ろにいた第二小隊も……誰も立っていない。
俺の近くにいたはずの、遊撃分隊の隊員まで。一人残らず。
『ふぅ……死んではおるまい。死んだら使えんからな』
天を仰ぎ見る魔族。
その顔面に張り付いた穴から、薄紫の靄が溢れ出してくる。靄は倒れている兵士たちを徐々に取り込み、瀕死の呼吸を苦しそうな呻き声に変える。
『ぐふっ……ごぷっ……ふぅ……修復しきれぬ。が……まぁ十分であろう。詠唱歌姫と……お前だ、増幅器。お前たちは生かしてはおけぬ。ここで殺す』
こいつ……食いやがった。
ゆっくりと、翼を広げ、こちらに向き直る魔族。
くそ……足がすくんで、動けねぇ……。
「……タルトちゃん、あと何人残ってる?!」
「今、私たちの周りにいる人と、シオンさんたちだけです」
「第二小隊長と十字特別隊が三人、ね……気張りなさいアナタたち! ここが死線よ!」
『悪あがきだ。もう勝敗は決した』
残ったメンバーだけで、俺とツキシオの間に割って入るビステッカ。
あんなにいた兵士が、もう四人しかいない。
なんで、こうなった?
ちゃんと効いたじゃないか、ツキシオの歌は。
なんで……こんなことになってるんだ?
「シオンさん! リクト!」
「タルト……なんで、こんな……」
「リクト、気持ちはわかりますが、しっかりしてください! もう状況は変わりました、魔族の討伐は不可能です! 早くシオンさんを連れて撤退を!」
俺たちの元へ駆けつけたタルトは、それだけ告げると魔族に構えた。
「時間は……稼ぎます!」
彼女が詠唱を始めると、圧縮された光の球体が彼女の周りを高速で回り始めた。次第に周りの光まで吸収しだしたソレはさらに加速し、まるで光の帯のように。
「早く、撤退を! “ホワイト・アロー”」
弾幕のように撃ち出された光の帯が一斉に魔族へ襲い掛かる。迸る閃光と高速の振動音。
だが、それが魔族に届くことはなかった。
撃ち出された光の帯が、すべて漆黒の玉に撃ち落とされる。
『邪魔をするな。殺す、と言っただろう』
「この……よそ見してるんじゃないわよ!」
『もう、慢心はしておらぬ』
魔族は、斬りかかるビステッカの一撃を見もせずに翼で受け止めた。そして、そのままビステッカをまるで物を投げるように吹き飛ばす。
少し遅れて、砦の壁に重いものが叩きつけられる音。
前線に……もう、誰もいない。
タルトがここまで来て、光の魔術で援護をする。
その僅かな間で、ビステッカ以外が全滅していた。
「ま、まだ……歌さえ、当てれば……! まだ! リクト、お願い!」
「くっ……わかった!」
『これ以上、歌わせると思うのか?』
魔族の後ろに再び漆黒の玉がいくつも浮かび上がる。
槍が、来る。
ま、マズい……ツキシオがっ!
「ツキシオっ!!」
「きゃあ!」
考える間もなく、勝手に身体が飛び出していた。
思いっきり地面を蹴り、ツキシオを突き飛ばす。
「ぐぁあ!」
「リクト?!」
その瞬間、背中とふくらはぎを、激痛が貫いた。
『ちっ……狙いが逸れたか。まったく……不死身なのか、お前は?』
「シオンちゃんは……やらせ……ないわよ……!」
同時に斬りかかってくれたビステッカのおかげで、俺はまだ生きているらしい。
だけど……痛い……というより、熱い。
撃ち抜かれた箇所が燃えるように熱い! 死ぬほど熱い!
「ぐ、うぁぁぁ……ぐぅぅぅ」
「リクト……? リクトっ!」
ツキシオは……無事だったのか?
声は聞こえる。
でも、意識が全部持っていかれる。うずくまることしか出来ない。
熱い……熱い、熱い熱い!
……痛ぇ!
熱くて痛ぇ!
『増幅器も軽症か……まったく、手を焼かせる! ふん!』
「な……剣がっ?!」
『これでなにも出来まい! 槍よ!』
「ぐぁぁああ!」
「ビステッカ隊長っ!」
痛い……なんだ、今の……?
ビステッカ、やられたのか?
くそ、立て……今度こそツキシオが危ない。
意識を痛みに占領されながらも、なんとなくわかった。
魔族が、またあの黒い槍を出したのが。
でも、起き上がれない。
痛い。
燃えるように痛い。
『死ね、詠唱歌姫』
くそ、くそ!
……立てねぇ!
「させませんっ!」
襲ってくると思った槍は……来なかった。
必死に顔をあげると、タルトが俺たちの前で障壁を張っている。
だけどその障壁も、徐々にひび割れていく。
槍が、止まない。
「くっ……魔力が……リクト……っ!」
不意に、痛みが和らいだ。
燃えるよう刺していた激痛が、穏やかになっている。
タルトは片手で障壁を維持しながら……俺の治療をしていた。
「た、タルト、なにやって……!」
「まったく……私の忠告なんか、聞いてくれないのですか?」
障壁が……どんどん割れていく。
タルトの口から、一筋の血が流れた。
もう……ボロボロじゃないか。
「タルト、もういい! 俺なんかより、自分やビステッカを……! タルト!」
「……人のこと言えませんね、私も。リクト……なんとかして、逃げてくださいね」
「タルト!」
パタン、とタルトがその場に倒れ込んだ。
槍は……タルトが防ぎきったみたいで、もう止んでいた。
ビステッカは身体に何本も槍を突き刺したまま、膝をついている。
そして、こちらを見据える……魔族、アヴァンツィ。
死が、こちらを覗き込んでいた。
『想像以上だったな、人間は……だが、これで終幕だ』
「なんなんだ……おまえ」
ツキシオが、必死にタルトに呼び掛けている。
でもタルトは、動かない。
『……それは、こちらのセリフだ。なんなのだ、お前は。お前のような増幅器は、我らの記憶には無い』
「なんで……こんなことを、するんだ。おまえ」
ビステッカも、膝をついたまま起き上がれないほど深手を負ってる。
もう……ツキシオの前には、俺一人だ。
『……恐怖で会話もままならぬか? まぁいい、殺せば同じだ』
いくつかの漆黒の球体が、集まりひとつの長大な槍を形成した。
その刃が、まっすぐにこちらを向いている。
泣きながらタルトを呼ぶ、ツキシオに。
『何故こんなことを、だったか? 強いて言えば……意味などない』
「……は?」
意味なんか……ない?
なにを言ってる、こいつは。
『意味があるのは、詠唱歌への因縁だけだ。それも、これで終わる。長い、因縁であった』
目に見えるほど、黒槍に魔力が集まっていく。
ビリビリと大気が震え、地面が鳴る。
……マドレーヌさんは、おまえに襲われる寸前まで……楽しそうに笑ってたんだ。
タルトにはよく怒られたけど、でも最後にはいつも助けてくれた。
ビステッカは、いつも俺たちの一歩前を歩いて、笑いながら振り返るんだ。
意味なんか……ない?
なぁ、なんでだ?
なんで……推しが、泣いている?
『だがようやく終わりだ、詠唱歌姫……いや、”掃討者”。思えば随分と退屈で、くだらない歌だったな。お前たちの歌は』
「……おまえ、今……なんつった?」
前が……暗くて、良く見えない。
なんか……ちぎれた気がする。
「今、ツキシオの歌がくだらない、と……そう言ったか?」
『凄んだところで、なにも変わらぬ。お前たちの歌は、下卑で、卑劣で、唾棄すべき最低の歌だ』
「おまえ……今、ライン越えたぞ」
ここには……ステージなんかない。
伴奏もないし、スポットライトも無い。
ここは、ツキシオの場所じゃない。
でも、それでも……歌ったんだ、ツキシオは。
この世界のひとりひとりの顔を見て、歌ったんだよ。
おまえに、何がわかる?
てめぇごときが! ツキシオのなにを語ってやがる!!
≪創成の加護の発動を確認しました。求める特殊スキルの発動不可を確認……原因、レベル不足。創成の加護による強制発動を開始します≫
とんでもない量の情報が、頭に直接流し込まれる。脳が焼き切れそうだ。
だが……そんなことは、どうでもいい。俺のことなんか些細でしかない。
くだらない、言ったな?
退屈だと?
なら……教えてやる!
≪レベル制限、撤廃。ステー■ス不足、強制補完。発動条■、強■開放……≫
ツキシオの歌は……月ケ瀬詩音の本当の歌は!
こんなもんじゃ、ねぇ!!
≪■■え■系最上位■キル、■■ド■・■■ザ■■■ジ 強制発動■ます≫
「俺の推しを……舐めんじゃねぇ!!」
瞬間。書き換わっていく世界。
浸食し、飲み込み、食らい……上書きする。ここじゃ、ないから。ツキシオの本来の場所は、ここではないのだから。
そこは……しん、と静まる暗闇が支配する世界。一条の光も無い。音も無い。
まだ……必要ない。
カシャンという小気味良い音と共に、スポットライトがひとつ、点灯した。
舞台の、幕が上がる。
「タルトさん! タルトさん……!」
「ごふっ……シオン……さん?」
「タルトさん……意識が!」
「魔力が……急速に回復していきます……? なんですか、ここは……?」
「え? あれ……ここ……ステージ?」
記憶を振り絞る必要はない。
強く思い描くことも、必要もない。
もとより……この場所は既に俺の魂に刻まれている。
『なんだ……これは? 莫迦な、心象の具現化……だと?』
ツキシオの足元を、色鮮やかなライトが彩っていく。赤、青、グリーン、ピンク、シルバー。
次々と焚かれるライトは次第に変化し、ひとつのカラー……ライトブルーへと。
「タルトさん……動けますか? 少し、離れていてください」
「え? あの……シオンさん?」
「私の……ステージだ」
ドン、という重い振動が空間を揺らした。
心臓を直接震わせるような、重厚なバスドラム。
鳴りやまぬその振動が引き連れる、駆け上がる高音のギターサウンド。
それが、否が応でも心拍を上げていく。
期待がブチ上がっていく。
『なんだ、これは……くっ、させぬわっ!』
魔族が黒槍を放つも……それはツキシオへ届く前にかき消えた。
『なっ……?!』
「ステージ上のアイドルに触れられると思うな、愚か者が。静かにしろ……ここでの主役は、お前じゃない」
背後から焚かれるスモークがこの世界を縁取っていく。
レーザーライトが闇を引き裂き、走る。
そして、スポットライトが次々にステージの中心……この世界の支配者を照らした。
「私、の……マイクだ。私の……ステージ!」
俺は静かに、レッドに点灯したサイリウムを前方に突き出し……左右へ開く。
暗闇の中、走る紅い軌跡。
同時に走り出すシンセ。ストリングスが、キーボードが……溢れる。埋め尽くす。
これが本当の『レッド・ゾーン!』……本来の、姿。
レーザーライトがステージから観客席を走り、照明が色鮮やかに踊りだした。
紅い軌跡を、再び前へ。
さぁ、ひれ伏せ。清聴しろ。もしくは……熱狂を捧げろ。
ここは、そういう場所だ!
高速のドラムスが唸りをあげ、ディストーションギターとベースのうねりが加わる。
互いが交わるように重なる重低音と疾走するギター。
『莫迦な……ありえぬ! このような……』
「リクトっ! まだいけるかーーっ!」
「おう!」
旋律が……収束する。
彼女のフリに。ステップに。すべての音が、光が、振動が……彼女に従う。
世界が、かしずく。
……始めようか。
日和ってんじゃねーぞ、これがアイドルのライブだっ!!
『ありえぬ……! こんな……莫迦な……?!』
……最高だ。震えてる。
暗闇も、光も、音も、空気さえも。
さぁ、訂正してもらおうか。誰の歌が、くだらなかったって?
◇
「ぐっ……ハァ……ハァ……ハァ……おぇ……きつ……」
なんだ、これ……頭いてぇ……。
テンションだけじゃ乗り切れなかった。Aメロとサビで、俺はツキシオのステージを維持できなくなった。
だけど……もう、勝敗は誰の目にも明らかだ。
ステージを維持できなくなった瞬間、世界は元の形に収束した。体の八割くらいを崩壊させた、瀕死の魔族を残して。
どう見ても、もうこいつに勝ち目はない。
『ぐお……ぐっ……崩れる、止められぬ……ここまで、か……』
「ハァ……ハァ……おい。お前が……魔族の王か?」
マドレーヌさんが言っていた、歴代詠唱歌姫の記録。
そこに記されていない、異質の魔族。
こいつが魔族の王でもなければ、説明がつかない。
『くっ……くはははは。答える義理などないが……お前には敬意を示そう。ひとつだけ、教えてやる。お前たちが封印しようとしているものは……我らの、アヴァンツィの王などではない』
「……は?」
『くはははは……げほっ……ごふっ……これ以上は、本当に消滅するか……貴様……リクト、といったか。さらばだ、リクト。我は撤退する』
「な、逃がすわけ……!」
一瞬の出来事だった。魔族の頭部に空いていた穴に、コイツの体が吸い込まれた。
まるで自分を飲み込むようにぐしゃぐしゃになりながら穴に吸い込まれていき……消えた。
逃げ、られた……?
「……ツキシオ! タルトは? ビステッカ!」
振り返ると、ツキシオは両手を膝についた姿勢で立っていた。
息を整えるのでいっぱいいっぱいみたいだ。まだ肩で息をしている。
でも、良かった。ツキシオは無事……!
……
……
タルト!
ビステッカ!
「……おわっ!?」
二人を探そうと身体をひねった瞬間、足に力が入らず尻もちをついた。
なんだこれ……身体に力が入らない?
今になって、心臓が耳のそばで鳴っている。
頭痛で視界がブレる。ぼやける。
あ、あれ……?
立てない。
「ぬ、おおぉぉぉ! 動けるものは砦へ……! これより民間人の救助を開始するっ! ああ、もう……フラフラするわ!」
は、ははは。
俺より重症な人が、砦に走って行った。
マジで不死身なのか、ビステッカ。
……そんなわけないか。すごいな。
「そうだ、タルト!?」
そうだ。ステージでツキシオとなんかしゃべってた気がしたから、無事だとは思う。
けど……血を吐いてた。
もしかして大けがしてるじゃ……!
「タルト! タルト?!」
「大声出さなくても、ここにいます。立てますか、リクト」
声のした方を見上げると、探していた人が手を差し伸べていた。
良かった。立って歩いてる。
ただなんでか、俯いていて表情が見えない。
「よっ……と。ありがとう、ちょっとフラフラするんだ」
「……立てるんですね。良かった。ほん、とうに……」
「……タルト?」
パシッという乾いた音と、右頬に走る軽い痛み。
え? あれ……? なんで……え?
でも……全然、痛くない。
「リクトは……自分がなにをやったのか……わかって、いますか?」
「え、え……? タルト?」
俺を見上げるタルトは……瞳いっぱいに涙を湛えていた。
俺を叩いた手が、わなわなと震えている。
「わからないで……やってますよね? リクトが今やったことは、心象の具現化、世界のルールの書き換えです。本来なら、何人もの高位魔術師が数日の儀式を経てようやく使えるものなんです。私には、なぜまだ貴方が生きていられるのかも、わからないような代物なんです!」
「……え?」
「もう二度と……ダメです。使っちゃ、ダメ、です……死んじゃう……ぐすっ……リクト、が、死んじゃい、ます……ぐぅぅぅ……うぇぇ~ん……」
泣きじゃくるタルトを、そばにきたツキシオがそっと抱きしめる。
もう一度やれと言われても出来る気もしないけど……世界のルールの、書き換え?
よくわからないが、どうやら俺はそういうことをやったらしい。
そういえば、なんか……?
「あれ……そんなに危険なやつだったんだね。リクト……”推し活は?”」
「……”身の丈に合った、無理のない範囲で”」
「うん、よろしい。でも……見て、リクト。あれ? リクト……?」
ツキシオが促した先では、砦の人たちが運び出されていた。
ビステッカが、その手を握って泣きそうになりながら何かを伝えている。
そっか。あの様子なら……無事だったんだな、砦の人たちも。
「そっか……よかっ……た……」
「え、ちょ……リクト? リクトっ!!」
「ごめんツキシオ。ちょっと……寝る」
「リクトっ!」
ツキシオの声が、どこか遠くに聞こえる。
途切れ途切れの意識の中、俺はひとつだけ自分が答えに辿り着いていることに気づいた。
俺はこれから……推しと、旅にでる。
第一章 推しと冒険編 完




