17.ベルサ砦奪還戦2
◇ベルサ砦奪還戦2
ゆるり、と、魔族がカウンターから腰をあげた。
西門にいた魔族とは明らかに違う。
動きが洗練されていて、気品すらある。
「砦の人たちは……どうしたの」
『さぁな? 元より餌の安否など気にかけてはいない』
続々と後詰めの第三小隊も砦に突入してくる。
俺はその喧騒に紛れて一人、土産物の棚の方に移動した。
ツキシオのブーツを借り、装備特性を発動しているので足音はほとんどない。おかげで魔族に気付かれずに身を隠すことが出来た。
「餌……ですって?」
『食事、と言い換えた方が良いか? 意味は同じであるが。それに……お前らも我の餌であることに変わりなどない』
でも……マズい。
周りを見渡しても、外に繋がる出入口がビステッカがぶち破った扉、一ヶ所しかない。
正面に魔族。
魔族を探す手間が省けた反面、これでは俺の退路が無い。
「ふん……食あたりにしてやるわ! 第三小隊、斉射!」
ビステッカの号令で一斉に放たれる強化破魔結晶弾。そして着弾を待たずに突っ込むビステッカ。
クソ……始まっちまった!
強化破魔結晶弾が魔族や床にぶつかり、淡い極彩色が魔族を包む。
「ぬおぉぉお!」
同時に振り下ろされる、高速の剣撃。
避けようなどないその一撃を、魔族は咄嗟に手の甲のトゲで受けた。
響く金属音が鳴り止まぬうちに繰り出されるビステッカの横凪。膝で受け止める魔族。
『中々に速いな』
「それはどーもっ」
それ以上は深追いせず、ビステッカはバックステップで距離を取った。
その隙を埋めるように降り注ぐ魔術隊の火球。
だが魔族は、そちらは受け止めることも避けることもしなかった。
陽炎のように魔族の身体をすり抜けた火球が、遥か後ろで炸裂する。
「ちっ、思ったより短いわね……総員、破魔結晶による物理、魔術の無効解除は五秒程度よ! 弓隊、五秒の間隔で波状攻撃!」
『ほう……我らとの戦い方を知っているのか』
「お生憎様ねっ! 第二小隊、十字隊、次は連携いくわよ!」
「おうっ!」
戦況は……戦況は悪くない。戦えてる!
となれば、やはり問題は俺の方だ。
本来なら……しばらくの交戦後、ビステッカたちはわざと撤退。砦入り口まで誘き寄せる手筈だ。
そのタイミングをツキシオに橋渡ししなければならないのに、俺の身動きが取れない。
もう一度見渡しても、出入口はあそこしかない。
あんな真正面でコソコソ動いたら俺だけじゃなく、最悪、外のツキシオまで気付かれてしまう。
どうする……どうする?!
「手立て……なんか、手立ては無いのか……」
万全を期すため、外のツキシオは第一小隊が隠している。そのツキシオに伝えなければならない。
どこから出てくるのか。
いつ出てくるのか。
でも撤退できない状態でどうやって……?
「なんか……くそ、そんなに都合良く使えるもんはないか……」
目の前の土産物の棚を漁ってみたが、意味は無かった。他に、なにか……なにか……。
音が出なくて、目立って、出来たら点いたり消したり出来る……。
「そんな誘導灯みたいな都合いいもんが、ここにあるわけ……あ!」
魔族に背を向けたまま、自分の手の平に意識を集中した。
一度出来たんだ。やり方わからないけど、出来たんだ。
「出ろ……出ろ……お? おおお?」
出来、た……俺の両手に、西門で使ったサイリウム。
魔族は……まだビステッカとドンパチやってる。
隠れるようにしてもう一度サイリウムを確認する。
なんか前の時より、でかいな……? 誘導灯をイメージしてたからか?
スイッチのようなものは……無い。
「確か前は……あ、点いた。赤、青……いける!」
意識で操作出来るのか。とりあえず出来ることがわかれば十分だ。
次の問題は……!
「くっ……遠いな……」
俺が、外から見える位置に移動しなければ。
三十メートルくらい離れた場所に窓がある。その手前の棚に隠れれば、魔族の死角から外に合図を送れる。
送れるが……遠い。くそ、ビビるな。
時間もない。
ビステッカが撤退を始めちゃったら、不完全な状態でツキシオが歌わなければならない。
行けっ!
「……っ! ……っ!!」
消音ブーツのおかげで、全力で走るもほぼ無音だった。俺の心臓の方がうるさい。
魔族にも……気付かれてない。
よし……よし! ツキシオブーツは今日のMVPだ。
次……サイリウムを赤に点灯。窓の外から見えるように振る。
気付いてもらえなければ意味がないが……たぶん、そこは大丈夫だ。
この緊迫した状態で、窓際で光る赤い棒はひたすら目立つ!
「気付け……気付いてぇ……あ、タルトが気づいた!」
周囲を警戒していたタルトが、俺に気付いてくれた。
タルトなら、俺が撤退せずにこんなことやってる理由も察してくれるはず!
俺はそのまま、身振り手振りで“突入した入り口”を伝える。魔族は入ったらすぐにいた。二階とか別の出口じゃなく、その扉から出てくる!
軽く頷いたタルトが、第一小隊に指示して歌の導線を開ける。
よし……よし!
あとは……タイミングだ。
音でなんとなくわかっていたが……ビステッカの方をみると、まだバチバチだ。
……間に合った。
そのまま息を潜め、戦いの様子を伺う。
「総隊長! 破魔結晶の残弾、残り僅かです!」
「ちっ……一度、下がるわよ!」
『莫迦が……逃がすわけがなかろう?』
撤退を始める部隊と、追おうとする魔族。
ビステッカが間に入り、盾に隠していた破魔結晶を投げた。
……ここだ。
俺はサイリウムを赤に点灯したまま頭の上に掲げた。
第一小隊の盾の影からツキシオもこちらを見ている。
『小癪な……』
「第三小隊から順に、第二、十字隊で撤退よ。外で迎え打つわ!」
心臓が……破裂しそうだ。
まだだ……まだ。
俺がここに残ってるおかげで、当初の予定よりギリギリまで引きつけられる。
ベストなのは砦の外壁に邪魔されず、真っ直ぐにツキシオの歌が通るタイミング。
魔族が扉に差し掛かった時だ。
遅ければ、ツキシオにふりかかる危険が増える。
早過ぎても、たった一度のチャンスを逃すかもしれない。
ジリジリとした圧力で、額からの汗が頬を流れる。
サイリウムを持つ手がじっとりと濡れる。
まだ……堪えろ。
まだ……!
ビステッカが三度目の破魔結晶を投げ、魔族を正面に捕らえたまま大きく引いた。
そしてそのまま、一気に扉まで走る。
『逃すか……!』
ビステッカを追い、魔族も扉に向かった。
……今だ!
「行け……ツキシオ!」
頭上のサイリウムを、赤から青に変更。
そして一気に振り下ろす。
魔族は……ちょうど、壊れた扉の縁に手をかけ、外に出る寸前。
その真正面に……盾から躍り出た、ツキシオ。
「私、やられてないわよ!」
『……なに?!』
ツキシオの詠唱歌が、至近距離の真正面から魔族に直撃する。
これ以上ない完璧なタイミングだ!
間髪入れずに、第三小隊がダメ押しの一斉魔術掃射。弾幕のように襲い掛かる火球。
魔族が砦の入口ごと爆炎で包まれる。
よし……これなら……!
……
……
いや、ダメだ!
爆炎で外からは見えていない!
俺は窓を叩き割ると、転がるように脱出しながら力の限り叫んだ。
「防御態勢だ! 効いていないっ!」
俺が叫んだのと、第一小隊が盾を構えたの。そして魔族が”風の魔術”を使ったのは同時だった。
竜巻のような風の塊と前線が激突する。
爆風と音で周りの木々から一斉に逃げ出す鳥たち。
『……驚いたな。どうやら我は謀られたのか。まさか詠唱歌姫が存命とは』
「な……直撃したのに、無傷ですって?!」
『お前が、此度の詠唱歌姫か』
少しずつ晴れていく粉塵の中から、のそりと姿を現した魔族。
それは……少しも詠唱歌が効いているようには見えなかった。
驚くビステッカたちを無視し、魔族がツキシオを見据える。
暗く響く、底知れぬ声。
「くっ……」
「お下がりください、詠唱歌姫!」
第一小隊の何人かが魔族とツキシオの間に立ち塞がるも、その表情は強張っていた。
奇襲は、完璧に決まった。
詠唱歌は正面から直撃だった。
なんで……ピンピンしてるんだ、こいつは?!
『ふむ……これが詠唱歌か……歌姫の生存には驚かされたが、この程度とは……』
「き、効いてない……の?」
『効いているとも、詠唱歌姫。警戒していた程ではなかった、というだけだ。さて……』
ゆっくりと、部隊を見渡す魔族。
ゾクリ、としたものが背筋を走った。
切り札……だったはずだ。
これ……どうしたらいいんだよ。
詠唱歌の効かない魔族なんて、どうやったら倒せるんだよ……?!
『詠唱歌姫の弔い合戦のつもりで来ていると思っていたが、順序が逆になったようだな。どうした……これで手詰まりか? では……』
「”ホワイト・アロー”!」
『……ぐっ?』
空気をつんざくような振動音を伴い、いくつもの迸る光の帯が魔族を直撃した。
よろめく魔族。
え……よろめいた?
「ふむ……詠唱歌に耐性があるようですが、物理、魔術の無効解除はしっかり効いているのですね」
その声には……微塵の畏怖も含まれていなかった。ただ冷静に、いつも通りに……戦況を分析する。
少し舌足らずな、いつもの声。
絶望的な状況に置かれた戦場において、その”いつも”は強さでしかない。
「……タルト?!」
「皆さん……恐れることも、怖がることも、恥ずべきことではありません。恥ずべきは、諦めること。そのまま、立ち上がらないことです」
瞬間、タルトを中心として展開する巨大な魔術陣。俺たち全員を飲み込むほどのその魔術陣の効果を、俺は知らない。だけど……不思議と体を縛る恐怖が薄らいでいく。体が……動く。
兵士たちが……盾を、剣を握り直した。
弓を構え、杖を掲げた。
すげぇ……一人で、立て直した?!
「リクトちゃん」
「え、あれ? ビステッカ?」
てっきり前線にいると思っていたビステッカが、いつの間にか俺の傍まで来ていた。
その表情に、少し嫌なものを感じる。
「タルトちゃんは……四つ目の作戦を選んだみたいね。アタシもそれでいいと思う」
「四つ目の……作戦?」
「アタシとタルトちゃんで、緊急時の作戦を前もって決めてたのよ。リクトちゃん……アナタ、シオンちゃんを連れて逃げなさい」
「え?」
なん……でだ?
今、タルトが前線を立て直して……。
「シオンちゃんの詠唱歌で、しばらくはアタシたちも戦えると思う。けど、タルトちゃんがさっき放った魔術は、かなり高度な聖魔術よ。あれであの程度のダメージじゃ、勝ち目はないわ」
「は? いやだって、それじゃビステッカやタルトは……?」
「シオンちゃんさえ生き残れば、まだ希望はあるの。詠唱歌姫遊撃分隊だけでなんとかこの戦場を生き延びて……その先は、アナタに任せるわ」
何を……何を言っているんだ、ビステッカは?
俺に、任せる? 何をだ?
「タルトちゃんも同じ考えよ。この作戦は……リクトちゃん、アナタにシオンちゃん託す作戦。だから、タルトちゃんは最前線でアナタたちを守る道を選んだ」
「……タルト、が?」
「アナタ……もうとっくに、彼女に認められてるわ。じゃあ……お願いね」
銀鎧が、前線に遠ざかっていく。
詠唱歌姫遊撃分隊は”もし本隊になにかあったら、全部見捨てて真っ先に逃げろ”。
確かに、そう言われていた。
俺は全然……その意味をちゃんと考えていなかった。
「ビステッカ隊長、遅いです」
「ごめんなさいね? さて、第二ラウンドといきましょうか?」
『餌が……随分と粘る』
なんでだ……?
なんでそんな平気な顔してるんだ?
……くそ!
頭の中をグチャグチャにしながら、俺はツキシオの元へ走った。
ここでボケっと立ってるのが、一番無意味だと思ったから。
彼女はまだ、第一小隊が敷く防御陣の中心にいる。
だけど……彼女の元へ着いたところで、俺は……!
「ツキシオ!」
「リクト! どうしよう、歌、効かなかったっ!」
ツキシオを連れて……この場を離れる。逃げる。
それが作戦だから。
ツキシオの生存が最優先だから。
このままここに居ても、勝ち目がないから。
ツキシオが……一番だ。
元の世界でも、こっちの世界でも、そこは一ミリだって変わらない。
なのに……なんでだ。
俺……ビステッカやタルトを置いて、逃げたくねぇ……!
「つ、ツキシオ……俺!」
「あーーっ! ソレ! ソレまだやってないじゃない! なんか前と違うと思った!」
「……へ?」
頭の中がグチャグチャで、俺はちゃんとツキシオの顔を見れていなかった。
視線を上げても、そこに悲痛な歌姫なんかいない。
あれ、この人……全然諦めて……ないぞ?
「ソレよ、ソレ! サイリウム! 私、リクトに応援してもらってない!」
「え、あ、うん」
「うん、じゃなくて! ほら! タルトさんもビステッカさんもまだ戦ってる! 構えて、リクト!」
「は、ハハ……ハハハっ!」
「な、なによ?」
「いや……俺の推しが……最高だっ!」
ごめん……ビステッカ、タルト。
命令違反ってやつだろ、これ。
だけど……推しに”応援して”などと言われてしまったんだ。
……軍規なんかクソ食らえだ。
オタクを分隊長なんかにした、お前らが悪い!
「ツキシオ、曲は?!」
「『レッド・ゾーン!』で」
「OK!」
【Noctis Aura】5thシングル、『レッド・ゾーン!』。
この曲は、始めからトップスピードの疾走曲。暗闇をぶっ飛ばす閃光の曲だ。
サイリウムをブルーから再びレッドへ。そして前方に突き出し、左右へ開く。
魔族は……タルトがまた光の帯を飛ばしてる。
それを空中に飛んで避けてる。空まで飛べるのか、あいつは。
……遮るものが無い。
当たる!
「いけ……ツキシオ!」
「まかせなさいっ!」
すぐ隣から、鼓膜を揺さぶるツキシオの歌声。
すげぇ……震える!
『なんだ……な? ぐぉぉ!』
再びツキシオの放った詠唱歌が、極彩色を伴う衝撃となって魔族を直撃する。
空中で直撃を受け、地上に落下した魔族が物凄い爆音と砂煙をあげた。
落ちたぞ……?!
効いてるっ!
『ぐ、ぅ……おのれ……今のは……効いた』
「今の……シオンちゃん?!」
「詠唱歌が、通っています!」
砂煙から立ち上がった魔族は、明らかに深手を負っていた。
膝をつき、すぐに飛び立てないでいる。
『なぜ、今さら詠唱歌など……? 貴様……増幅器か!』
増幅……器?
なんのことだかわからないが、コイツに付き合ってやる義理もない。
「ツキシオ、もう一度だ!」
「ええ!」
『……やめだ。些か慢心が過ぎた』
それは、ハッタリでもなんでもなかった。
この場の誰も……ビステッカやタルトでさえ気づいてはいなかった。
こいつは……ずっと俺達を舐めきっていたことに。
魔族が歪なねじれ曲がった翼を広げると、その背後に漆黒の球体が顕われた。ビリビリと大気が揺れる。
経験が乏しくても、直感でわかった。
アレは、ヤバい。
そして……数が。なんだ、あの数は!
魔族の背後に浮かぶ、数えきれないほど無数の漆黒。それらは一斉に上空に打ち上げられ、漆黒の槍となって降り注ぐ。
逃げ場など、どこにも無い。戦場のすべてが攻撃の対象だった。
あたり一面が、悲鳴に包まれた。
ピアット軍は、崩壊した。
次話 壊れた循環の特異点




