16.ベルサ砦奪還戦
◇ベルサ砦奪還戦
ベルサ砦は隣国シンポジオへと続く街道沿いにあった。城下の街を出て、大所帯での進軍だと二日程の距離。
ほとんど周囲が平地だった城下の街周辺とは違い、砦が近づくにつれて鬱蒼とした木々が増えていく。
街道もかろうじて昔の舗装が残っている程度だ。
そして早くも……そこは戦場になった。
「ギシャーーーっ!」
「来るぞ、重装隊……構えよ!」
第一小隊の隊長の掛け声で、最前列の盾兵が一斉に防御姿勢を取った。
突っ込んでこようとしているのは、汚染で目を血走らせたトカゲのバケモノだ。
体長はゆうに五メートルはある。頭を上げると人間より遥かにデカい……にも関わらず、速い。
そんなバケモノが、狂ったように暴れまわっている。
「シャーーーっ!」
姿勢を低くし、目の前の矮小な生き物を薙ぎ払うために頭から突っ込んで来たトカゲ。
ドガン、という地面が揺れるような衝撃が走った。
だが……盾隊はそれをこともなげに受け止める。
す、すげぇ……一歩も下がらねぇ!
そして、既に詠唱を開始していた第三小隊、魔術隊が杖を構えている。
突撃が失敗に終わったトカゲが、少し距離を取った。
「今です! 魔術隊……」
「ストップ。アナタたち……もう少し温存してなさい」
第三小隊の隊長が号令を発しようとした矢先、銀色が盾兵の間から疾風のように駆け抜けた。
慌てたように頭を持ち上げ、威嚇するトカゲ。
それがトカゲの最後だった。
あまりに速すぎるビステッカの一撃がその喉笛を両断し、トカゲの巨体が地面に横たわる。
「ふぅ……ごめんなさいね、トカゲちゃん。第三小隊、魔力と矢はまだ温存しなさい! これからもっと増えるわよ、汚染障害は!」
「はっ! 承知しました!」
す、すげぇ……軍隊の中にいても規格外だな、ビステッカ……。
「うわ……すごいね、ビステッカさん」
「はい。ですが歌姫様、リクト分隊長はあのビステッカ総隊長の前に立ち塞がったのですよ!」
「へぇ……スゴイデスネ、リクト分隊長」
「ぐっ……!」
知ってる。ツキシオは見てる、あの現場を。
本当はそんなに格好いいもんじゃなかったことを。
だが、この誤解を解くことはビステッカに止められている。
軍行動を舐めるなと怒られた。二度目だ。
まぁ、俺自身に求心力なんか無いんだから、虎の威を借りろ、というのは正しいのだろうが。
「あー……まだ大丈夫だと思うけど、行軍再開前に周囲を警戒してくださ……周囲を警戒」
「はっ! リクト分隊長!」
ちなみに、俺たち詠唱歌姫遊撃分隊。現在の最優先任務は“なにがあっても戦闘には参加せず、ツキシオを温存すること”だ。もし本隊になにかあったら、全部見捨てて真っ先に逃げろ、とまで言われている。
つまり……今は基本、見てるだけだ。
「まだ疲れは大丈夫ですか、ツキシオ」
「また敬語に戻ってる……咄嗟の指示で困るはリクト分隊長ですよ~?」
「う……」
ダメだ……軍行動、全然慣れねぇ。
◇
ただ、ビステッカの言った通りだった。汚染された魔物や野生の動物による襲撃は、ベルサ砦が近づくにつれてどんどん頻度も規模も増していった。
序盤ほとんど、一人で軍隊です、みたいな活躍をしていたビステッカも、中盤以降は自身温存のために後方に引っ込んだ。
そして、ここからは各小隊長と近衛十字特別隊がすごかった。
綿密な連絡などしなくても、完成している小隊間の連携。
部隊内で人員のローテーションをしているので、疲れもみせない。
結果、ほとんど進軍速度を落とさずに一日目の目的地まで到着した。
もう日も落ちる。
今日はここで夜営……明日の昼にはベルサ砦だ。
「へぇ……では、詠唱歌姫様はシーフなのですね。道理で抱いていたイメージと違うと思いました」
「どんなイメージだったんですか?」
「それはもう、子供の頃から聞かされている伝承では、詠唱歌姫といったら黒のローブに煌びやかな杖ですよ!」
パチパチと、鍋の下の炭が弾ける。
街道から外れた見通しの良い川縁。当初から予定していた夜営地にはいくつものテントが設営され、戦士たちが明日に備えて身体を休めている。
それは俺たちの隊にしても例に漏れず、俺も教えて貰いながらテント設営や飯炊きを頑張った。
現場に出てしまえば小隊長だって飯炊きしてる。そういうものらしい。
「それで、リクト分隊長は鍛冶師……私、鍛冶師の方は初めてお会いしました」
「本当に希少ではあるんだな。ジョブといえば、ビステッカって本当にジョブは戦士なのか? 戦士ってようは一般職なんだろ?」
「あ、それは間違いないです。ただ、あの方は特別と言いますか……そもそも、魔術適正がやたら高いエルフに戦士ジョブが適応されてる時点で、ちょっとおかしいといいますか……」
「ほーん……」
新鮮だな、他の人から聞くビステッカの話。
あ、この鍋旨いな。
「リクト。ちょっといいですか?」
「あ、タルトさん! お疲れ様です!」
「え……あ、た、タルト議長?! お、お疲れ様です!」
「敬礼も議長も不要ですよ。で、リクト」
「ああ、後は片付けと寝るだけだから大丈夫だ」
「リクト分隊長は、タルト議長ともお知り合いなのですか……」
またいらん誤解が生まれた気がする。
タルトもなんか役職ついてたんだな。
「リクト、先に寝てるね」
「あ、はい。お……おやすみ、ツキシオ」
よ、よし。敬語じゃなかったぞ!
「ふむ。ちゃんと分隊長やってるじゃないですか。ここではなんですから、あっちに行きましょう」
タルトに連れられ、夜営地から少し離れた川縁まで移動する。
おお……ホタルみたいなの飛んでるな。
そこそこ広い川幅の至るところに、フヨフヨと浮かぶ恐らく虫。
異世界大自然、綺麗だな。
「で、改まってどうしたんだ? なんか作戦の話?」
「いいえ、それ以前の話です」
そういえば……タルトとちゃんと話すのはずいぶんと久しぶりな気がする。三日前には一緒に、武具屋にいたはずなんだけどな。
「……思い当たる節が多すぎてわからんな。あ、それより先にタルト。マドレーヌさんの件……ありがとう」
「……へ? ええと、私はヒーラーなのでお礼を言われるようなことでは……」
「いや、そんなことないよ。もしあのままマドレーヌさんが……なんてことになってたら、俺もツキシオも立ち直れてない。奪還作戦どころじゃなかったよ」
当たり前、じゃないんだよな。
しかも、タルトはそんな大立ち回りから間を置かずに、作戦立案ではビステッカの補佐をして、こうして戦場にまで来てる。
「ふぅ……では、お礼は素直に受け取っておきます。リクト、私がここに来たのは忠告のためです」
「忠告?」
タルトの尻尾が、落ち着かないように左右に揺れる。
最近少しわかってきた。タルトのこれは、きっと言いづらい話を少し無理してる。
表情からは一切読み取れないけど。
「リクト、私の貴方に対する評価は変わっていません。依然として力不足だと思います。貴方を分隊長として認めたのは、ビステッカ隊長の判断は現時点では一番合理的で、異論を挟む余地が無かったためです。ですが……だからこそ懸念があります」
「え? いや俺も、分隊長として実力があるなんて……」
「そういう話ではありません。繰り返しますが……それ以前の話です。リクト、貴方は武具屋で、自分をシオンさんの弾除けとして数えていました。なんてことのない話のように」
——全身鎧ならツキシオの弾除けくらいにはなれるかと思ったんだけどなぁ。
確かに……言った。
「貴方は、怪我や死への恐怖がないわけではありません。むしろちゃんと避けようとします。シオンさんに対してだけ、貴方は壊れています。普通はどんなに好きな相手であっても、それが生存本能より上にくることはありません。そして……私たちは、本当に弾除けになれてしまう役割を、貴方に押し付けました」
「え、いや、押し付けられてなんかいないぞ! 俺は、そんな風には……」
「ビステッカ隊長は、そうは考えません。本来であれば、貴方は守られて然るべきです。ごめんなさい……少し、キツイ言い方をします。もう一度、泣き叫ぶシオンさんが見たいですか?」
「……っ!」
それは思い出したくもない光景だ。
でもそんなことにはならない……とも、もう言えない。
マドレーヌさんの時、出発の正門前。西門での同士討ち。
ツキシオの在り方は……きっと俺にだって、適応する。
「話は、それだけです。ごめんなさい、勝手なことばかり」
「いや……忠告、肝に銘じるよ」
思えば、タルトには嫌な役回りばかりさせているな。
本当に強いよなぁ……タルト。
「今日はもう、休みましょう。明日が本番ですから」
「わかった。なぁ……タルト」
「はい」
「本当にいつも……ありがとうな。ちゃんと考えるよ、俺」
「……おやすみなさい、リクト」
タルトは、フリフリと尻尾を振りながらテントに戻っていった。
ツキシオのこと。
自分のこと。
考えることができる時間も、もうあまりない。
明日には……ベルサ砦に到着する。
◇
ビステッカが静かに片手を挙げると、部隊がほとんど音もなく進軍停止した。あの、茂みの奥に見える建物……あれがベルサ砦か。
そこは砦という単語から連想される要塞のような仰々しさはなく、石造りの大きな病院、といった印象だった。外壁の名残もあるが、基礎しか残っていない。
そして、その場所は一言で言えば、“異様”だった。
まず、砦の正面入り口あたりに、魔族が三体。
姿形はバラバラだ。大きさからして、以前に”上位個体”と呼んでいたやつではないと思う。
ただそいつらは、それぞれが明後日の方向を向いて静止している。
見張り……の訳はないな。ただ、"居る"だけか、もしくは……"漏れている"のか。
そう思えるほど、砦の周囲がおかしい。
ゆらゆらと空間をねじ曲げるような薄紫の陽炎が砦全体を取り巻いている。
「これ……汚染ですか? ここまで濃いものは初めて見ます……」
「アタシもよ。タルトちゃん、万全でない者はもう後方へ」
「わかりました」
ここに身を屈めているだけで、吐き気がしてくる。
あの濃い汚染のせいだろうか。まだかなり距離があるのにこれ……砦の中はどうなってるんだ?
「ビステッカ総隊長、第三小隊、準備整いました」
「わかったわ。第一小隊はシオンちゃんを中心に扇陣形、第二小隊、突撃準備」
ビステッカ中心に部隊が突撃準備を進めていく……気がする。
視界が、狭い。音が聞き取りづらい。
喉の奥が張り付き、口の中もカラカラだ。
「はぁ……はぁ……フゥ……はぁ……」
わかっている。
俺は、極度に緊張している。ちゃんと自覚している。
俺は、冷静だ。大丈夫だ。
俺は……。
「……リクト」
不意に重ねられた手。
その手は、震えていた。
不安そうな瞳で、俺を見つめるツキシオ。
くそ……ダメだ。
お飾りだろうが、俺は分隊長だ。
虚勢を張れ。格好をつけろ。
俺が不安にさせて、どうする。
「……大丈夫だ、ツキシオ。上手くいく。きっとマドレーヌさんも、助かる」
「うん」
怖い。
魔族が、怖い。
戦闘が怖い。汚染が怖い。剣も、魔法も俺にはなんにもない。
失敗が……怖い。自分の失敗で誰かが傷つくのも、作戦そのものが失敗するのも、死ぬほど怖い。
……ねじ伏せろ。
推しが、震えてる。
「リクト、大丈夫ですか?」
「タルト? あれ? 後方担当じゃ……?」
「ここからは私も前線です。フォローします。前だけを見てください」
「ああ……心強い。ツキシオ」
「……うん!」
ビステッカの指示で第三小隊長がこちらを向いた。
……始まる。
「第二小隊、構え。第三小隊攻撃準備」
「はっ! 弓隊、強化破魔結晶弾を装填してください。目標、ベルサ砦正面門、構え」
第三小隊長の号令で弓隊が一斉に弓を引き絞る。
「作戦開始!」
「放て!」
一斉に放たれた矢が弧を描き、砦に降り注ぐ。その矢じりはすべて圧縮強化された破魔結晶だ。
ある矢は門扉に激突し、弾け、ある矢は魔族を貫き、またあるいは誘爆した。
一瞬でクラスター弾のごとく正面門が破魔結晶の光に包まれる。
「突撃開始! 行くわよっ!!」
ビステッカを先頭に第二小隊が一斉に砦へなだれ込んだ。
それに合わせて俺も大地を思いっきり蹴る。
よし……動ける!
「どぉりゃぁあーー!」
盾を構えたビステッカの体当たりで門扉が粉々に吹き飛んだ。
そのド派手な突入に合わせ、俺も第二小隊に紛れるように砦へ侵入する。
中は、灯りもなく薄暗い……これは、広間……いや、エントランスと言い換えたほうがいいか。お土産が並んだ棚や旅の補給物資。奥には食堂にしか見えない机や椅子。
本当に……砦とは名ばかりなんだ。ここは、旅の拠点になっていた民間施設だった。
なのに……人の気配が、ない。
『随分と早いな……我が予測より二日以上も早い。人間にも有能な指揮官がいると見える』
怖気を形にしたような低く冷たい声。
中央の受付台に腰かけるように……そいつは、在った。
異常に長い手足に濃紫の肌、歪にねじ曲がった翼。そして頭部顔面にぽっかりと空いた底知れぬ穴。
もう隠す気なんかないのだろう、それは異形そのものだった。
マドレーヌさんを襲撃し、砦を襲った元凶。
異常個体の、アヴァンツィ。
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