15.反撃の狼煙
◇反撃の狼煙
ガシャガシャと金属のぶつかり合う音が、城正門前の街道に響く。
早朝から続々と集まってくる兵士たち。
巨大な盾と分厚い装甲で戦車のような重装兵、フルプレートに剣や槍を持った歩兵部隊。軽装の弓部隊に少し怪しげなフードの魔術部隊。
少人数ながらタルトを中心とした救護隊もいる。
次々と荷車に乗せられていく食料や予備装備。大聖堂の町でも見かけた巨大な軍鶏。
軍備だ。戦争の準備。映画の中でしか見たことないやつだ。
「リクト分隊長!」
「え? あ、はい!」
鋭く力強い声に振り返ると、軽装ながら戦士を思わせるオオカミ系の獣人の女性。歳は俺よりも少し年上くらいで、なんと俺の部隊の隊員である。
「詠唱歌姫遊撃分隊、出発準備整いました!」
「あ、そ、そうなの?」
「はい!」
「ごめん、俺なんにも指示できなくて……」
「大丈夫です! ビステッカ総隊長からは、リクト分隊長は分隊長としては役に立たないので、私の方でしっかりフォローするよう言われております!」
聞いたことないぞ、そんな分隊長。
俺はてっきり、俺とツキシオだけの部隊なのかと思っていたが、他に女性隊員二人と男性隊員一人を抱えた五人分隊だった。
軍行動を舐めるなと怒られた。
ちなみに俺の分隊長らしき仕事は、ほとんどこの女性隊員に任せっきりだ。
「それもごめん、頼りない分隊長で……」
「いえ、これもリクト分隊長にしか出来ない、成すべき事のため! なんなりと申し付けください!」
いや……うちの隊員、みんなこうなんだけど。
まかり間違っても自分にカリスマや求心力があるとは思えない。
ビステッカに何を吹き込まれたんだろうか……?
「それに、頼りないなど謙遜なさらなくて大丈夫です! 皆、リクト分隊長の元に配属されたことを誇りに思っております!」
「なんでだよ……ちなみに、理由を聞いても?」
「わかりきったことです! あのビステッカ総隊長の前に立ち塞がり、かの総隊長の一喝にも一歩も譲らず、ついには総隊長に膝をつかせて今回の作戦を通した、と! 異世界より召喚されて僅か数日。そんなことが出来る分隊長など精鋭の近衛十字特別隊にもおりません!」
なるほど……尾ヒレが付いてるじゃねーか!
盛大に!
「えっとその話って……」
「はっ! ピアット防衛軍内でも持ちきりであります! なので、軍備などというものはすべて私にお任せ頂いて大丈夫です!」
ジーザス。
ビステッカ……“なんとかなるわよ!”とか言っていたが、これも見越してか?
話は、昨日の作戦室まで遡る。
◇
作戦室が反撃作戦でにわかに活気づき、一通りの段取りを終えたあたり。
俺はビステッカに呼び出された。
城内にはしっかりビステッカの執務室まであった。あまりに豪華な扉に、しばしノックしようとした手が彷徨う。
偉い人の部屋やんか。
「……び、ビステッカ、入るぞー」
「はーい」
なんという間の抜けた声。本当にさっきのと同一人物か?
装飾が施されたドアノブを回すと、中ではビステッカが執務室机に座り書類を見ていた。
それを囲うようにタルト、他数名の騎士。身なりからして隊長かな。
「ちょうど来たわね。では採決を取るわ。リクトを分隊長として認めない者は異議を」
「第一小隊、異議なし」
「第二小隊同じく、異議なし」
「第三小隊、異議なし」
え……え?
何をやってるんだ?
俺の採決?
「救護隊および後方支援小隊……異議ありません」
へ? タルトまで?
待って、なに? これ?
「これで体裁も整ったわね。ようこそ、作戦本部へ。詠唱歌姫遊撃分隊、分隊長リクト。アナタの参加を歓迎するわ」
「ま、待って? どゆこと?」
さっき、いきなりビステッカに分隊長をやれと言われ、そのままベルサ砦攻略の作戦会議に参加したけど……それまだビステッカの独断だったの?
「シオンちゃんのために根性みせなさい、ってことよ。とりあえず確認なんだけど……アナタ、この国の命運よりもシオンちゃんの方が大事よね?」
「な……? なんだその、答えにくい質問!」
「答えてるようなもんじゃない、それ」
「ぐっ……」
よくわからないが……どっち?と聞かれたら、そりゃ……ツキシオだが。
それと分隊長になんの関係が?
「ベルサ砦に攻勢をかける話は聞いたわね。ここから先は極秘。今回のベルサ砦攻略戦、通常の攻略戦に見せかけて奇襲作戦を決行するわ。これは……シオンちゃんに凄まじい負荷がかかる作戦よ」
「え……ツキシオに?!」
「ええ。アナタが感じた、なぜ魔族は居場所を明かしたのか、という違和感。答えは……罠ね。しかも、詠唱歌姫の襲撃に成功している前提の罠」
「……どういうことだ?」
「魔族は、詠唱歌姫の襲撃に失敗したとは思っていないのよ。だから、考える時間を与えずベルサ砦の人たちを人質に取り、軍隊をおびき寄せる為に汚染を垂れ流した……と考えるのが妥当なの」
いやちょっと待て。
それ簡単に言ってるけど……もし歯車が一個でも狂ってたら、今、詰みかけてたんじゃ……?
「逆に言えば、まだ切り札がこちらに残されていることを魔族はまだ把握していない。ここに反撃の余地が生まれるわ。罠にかかったふりをするのよ。詠唱歌姫の健在を隠し、機先を制して……詠唱歌を正面から食らわせる」
「え、いや……ちょっと待って。それ、ツキシオが……」
「だから、言ったでしょう。シオンちゃんにかかる負荷が凄まじいって。これはいきなり異世界へ召喚された少女に、国の命運がかかった作戦の中核を背負わせる作戦なの」
ビステッカの目が、真っ直ぐに俺を見据える。
彼は……わかって言っている。これがどんなに冷酷な作戦なのか。
わかっていて……後が無いんだ。
「……続けるわ。シオンちゃんの詠唱歌を最大に活かすためには、軍との連携、タイミングの把握、咄嗟の状況判断が必要よ。でも今の本調子じゃないシオンちゃんに、これ以上負担はかけられない。かと言ってうちの連中が間に入ることも、今の彼女には負担にしかならない」
”シオンちゃんのために根性みせなさい”
そうか……これは、そういう話か。
「リクト分隊長。彼女にかかるはずだった重圧……アナタが肩代わりしてみせなさい。そしてこれはもう、アナタにしかできないわ」
◇
とは言え、本当にやることがない。
下手にやろうとすると邪魔にしかならないから、雑用を手伝ったりしてみた。
それはそれで隊員に“勘弁してください”と言われてしまった。
うーん……マドレーヌさんの様子を見に行くのも邪魔になるし……なんなんだ、この分隊長。
「リクト……分隊長?」
「あ、ツキシオ! もういいんですか?」
「ううん。もうちょっと見て回りたい、かな。なんか話してるのが見えたから」
ツキシオは今、出発準備をしている人たちを見て回っている。
それ負担になるのでは?とも思ったけど、ツキシオたっての希望となればダメとも言えない。
「リクト……暇そうね」
「う……もはや見てわかるほど暇そうなんですね……」
分隊長が暇そうにプラプラしてるの、士気に関わりそうなんだけどな……。
「そっか。なら……ちょっと上に行かない?」
「……上?」
ツキシオが見上げる先……城壁の上か。
城の周りは街を囲うものよりも低いが、ぐるりと城壁に囲われている。見た感じ、確かに上に登れそうだ。
「さっき、入り口があったの。行こ?」
「あ、ああ」
ほとんど返事を待たずに行ってしまったので、俺も慌てて後を追う。
ツキシオの様子を伺うのには、ちょうどいいのかもしれない。
ツキシオは……今は目に見えて落ち込んではいない。だけど、それを鵜呑みにしちゃダメなのも既に証明済み。
まぁ、実は無理をしていた……とわかったところで、俺に何ができる?という問題は棚上げなんだが。
「あ、シオン様!」
「順調ですか?」
「はい!」
ん……?
巨大軍鶏に鞍を取り付けている兵士が話しかけてきた。ツキシオも笑顔で答えてる。
「歌姫様!」
「シオンち~ゃん!」
「シオン様!」
お?
お?
おお?
道すがら……すれ違う人がみんなツキシオに声をかけてくるんだが。
もしかしてツキシオ、見て回ってたというより、声をかけて回ったのか……?
「あ、リクト。ここから登れるよ」
「本当だ。いいのかな、勝手に入って」
「怒られるのは分隊長だから大丈夫!」
それは大丈夫ではないな。でも冗談を言えるくらいには回復してる……?
暗い螺旋階段を登ると、城壁の上は案外すぐだった。
一気に開ける視界、少し強い風。街が外城壁の方まで見える。
気持ちいいな。
「ここからだと、みんなも良く見えるね」
「ホントだ、ちょうど真上ですね」
下にいるときには雑多な人で見えなかったが、上からだとタルトやビステッカも見つけた。
ビステッカは作戦本部にいた人たちに囲まれてるし、タルトも指示を出したりで忙しそうだ。
「ねぇリクト……あそこの大きい盾の人ね。小さいお子さんがいるだって。今度、その子に歌を教えて貰えませんか、だって」
「お、おお」
「あっちのヤクーに餌をあげてる人は、彼女と喧嘩してるみたい。今、タルトさんに話しかけた人はね、緊張して昨日はあまり寝てないんだって」
「えっと……ツキシオ?」
「ん?」
下から吹き上げる風が、顔にかかっていた彼女の髪をかき上げる。
ダークブラウンの瞳は、とても穏やかに見えた。
俺の心臓は鷲掴みだが。
「リクト……気付いてたでしょ?」
「え……? えと……ごめん、でも具体的に思い当たったのはバザールの時で……」
「……ホントに気付いてた」
「え……? あ」
今……カマかけられたのか。ツキシオは何に、とは言ってない。
「はぁ……正直に白状します。私ね……最初はゲームみたいだな、って思ってたの。異世界だし、アヴァンツィも歌うだけで倒せるし、ワクワクした。今もそれが無くなったわけじゃないよ? でも……あの光景だけは違った」
「同士討ちの時……ですよね?」
「そこまで気付いてたの? うん……そんな覚悟なんか無かったもん、私。異世界も魔物も、旅だって怖くなかった。人が傷つくのは……怖い」
俯いてしまったので表情は見えない。
なんて声をかけていいのかも……わからない。
ツキシオは俺と違って、ただ被害者でいることすら出来なかったんだから。
「だから……見て回ってきた。声をかけて回った。一人一人の顔を見てきたの!」
ツキシオが、顔を上げた。
……俺は、思い違いをしていた。
声をかけて回ったりしたら、みんなの期待を一身に浴びてしまう。
それは負担になるんじゃないか。
重圧なんじゃないか。
プレッシャーに潰されてしまうんじゃないか。
「“人々”なんかいなかったよ、リクト。みんな……生活がある。繋がりがあって、明日を見てる。そのかけがえのないもの守るために、ここにいる」
……違った。
ツキシオにとって、期待は……負担なんかじゃないんだ。
「その人たちの希望になるなら……私は、歌える!」
彼女は……月ケ瀬詩音。
アイドル。
ツキシオは、言いきったその勢いのまま、城壁の“へり”に飛び乗る。
え、いやちょ……なにしてるの?!
「つ、ツキシオ、あぶな……」
「大丈夫! 見てて」
瞳を閉じ、大きく息を吸う。
その瞬間、まるで彼女に協力するように……風が止んだ。
「……マドレーヌさんは絶対に助けるよ、リクト。……絶対!」
空に抜けるように響く、ツキシオの歌声。
兵士たちの手が一斉に止まった。
そして、口々になにかを交わし、指差し……やがて、城壁を見上げる。
この場にいた兵士たち、全員が。
「ははっ……すっげぇ……」
俺の常識など、尽く通じない。
それはごく短い曲だった。
ファーストアルバムのアルバム収録曲『ワイルドスピード』からサビの一節のみ。
だが、歌い終わったツキシオが城壁の“へり”からぴょん、と降りた時……後ろから響いていたのは、割れんばかりの大声援だった。
完全にウォークライだ、これ。
「なんというか……流石です、ツキシオ」
「えっへん! あ……リクト、マドレーヌさん助けるまで、それ禁止」
「それ?」
「私に敬語! 私はリクトの部下……ですよね、分隊長?」
へ……?
ツキシオが……部下?
部下……だな?!
おい、なにしてくれたんだ、ビステッカ!
◇
隣に並んだ騎士が姿勢を正すと、腰に装備した剣がガシャ、と重そうな音を漏らした。
確かこの人は……第二小隊——この軍の主力を担う歩兵部隊の小隊長だ。
「リクト分隊長は初陣だったか。そう固くなるな、敵はまだ先だ」
「は、はい」
なんで俺の整列位置がここなんだよ、ビステッカ……!
横に居並ぶのは各小隊の隊長と近衛十字特別隊の精鋭。
そして正面には、重厚な盾を片手で持っている重装兵、その後ろには屈強な歩兵部隊。
さらに後ろに弓隊、魔術隊、救護隊……それらが一様に整列し、正門前の街道を埋め尽くしている。
俺が背にしている城壁の上には、城に残る守備隊も整列している。
ビステッカ、電撃作戦だから急造だって言ってたはずだけど……ここにいるのは、間違いなく“ベルサ砦を奪還すべく結集した軍隊”だった。
経験したことのない種類の緊張で、自然と背筋が伸びる。
「ビステッカ隊長。準備、整いました」
「ありがと、タルトちゃん」
銀の鎧を纏ったビステッカが俺たちの前に立った。
ここにいる全員の気がさらに引き締まったのを嫌でも感じる。
しかも……今の俺は、それとは別の重圧を感じていた。
極秘の奇襲作戦。
その細かい詳細を、聞いた。ツキシオの歌を最大限に通すための作戦。
この重圧は……自分の肩に作戦の可否がかかっていることに対する重圧。
今、目の前にいる兵士たちの命を預かる重圧。
歯を……食いしばれ。
これは、ツキシオが受けるはずだった重圧だ。
「あら……みんないい顔ね。シオンちゃんの歌のおかげかしら……全軍、傾聴!」
小隊長たちが一斉に拳を胸に当て、敬礼の姿勢を取った。
その瞬間、個々の兵士だったものに、一本の芯が通ったように感じた。
結集した軍隊が、ひとつの塊になった。
「これより、ベルサ砦奪還戦を開始する! 全軍——前進を開始っ!」
次話 ベルサ砦奪還戦




