2.責任者をだしてください!
◇2.責任者をだしてください!
ケツに硬い椅子の感触。目の前には円卓みたいなデカい机。
そして椅子をひとつ空けて座っている……推し。
なんだこれ? 2.責任者をだしてください!なんだこれ?
「はじめまして、異世界の民よ。私はマドレーヌと申します。貴方を……貴方たち?を詠唱歌姫として召喚したものです?」
「あの、えと……私もいきなりで頭がついて来ないんだけど……あれ、待って。異世界? ここ、異世界なんですか?」
いきなり説明が疑問形のネコミミ金髪美人と、初手で異世界に反応している推し。
とりあえず、推しが近いということしかわからない俺。
話が入ってこない。
「はい。ここは貴方達がいた世界とは別の世界です。アヴァンツィ……世界の脅威に対抗するため、貴方の歌が必要なのです」
「ホントにあるんだ、異世界転生……私が、その詠唱歌姫なんですか?」
「はい、そう……だと思います。歴代の詠唱歌姫もみな女性でしたので……」
露骨に二人の視線が刺さる。
流石に、なにか言うべきだろうか……?
「あのう……」
「あ、はい。どうぞ、男の方」
「俺は、呼んでないって認識で……合ってます?」
あ、目が泳いでる。
いやどうすんだよ、これ。
あ、ツキシオはあんまりこっち見ないでください。動悸がします。
「あの、申し訳ないのですが、こちらとしてもどうしてこうなったのか……このようなことは初めてで……本当に申し訳ございません」
深々と頭を下げるマドレーヌさんとその後ろの神官たち。
なにひとつわからなかったが、どうも事故ってるらしい、ということはわかった。
こう素直に謝られると何も言えないが。
「あの、とりあえずこの世界の事を説明させてください。お呼びしたのはこちらです。もちろん、過不足なきようこの国最高クラスの護衛と、最高クラスの装備の用意もございまして……」
「失礼します!」
突然、勢いよく開け放たれたドアが話を遮り、兵士風の男が転がり込んできた。
思わず天を仰ぐマドレーヌさん。
あれは、”あーもう、何ひとつ上手くいかない……”って顔かな。
だが、その兵士の言葉でマドレーヌさんの表情は一変した。
「魔族の……アヴァンツィの襲撃です! 現在西門にてビステッカ隊長が迎撃にあたっています!」
「……なんですって?!」
……なにひとつわからないのに、敵はくるらしい。
◇
「おお……すげ……」
建物を一歩出れば、そこはまんまファンタジーの世界だった。
振り返れば霞むほど高い位置にあるとんがり屋根と凝りまくった意匠。俺たちがいた場所は、外から見てもなんとか聖堂だ。
そして周りに広がる、中世ヨーロッパ然とした街並み。
店先に果物らしきものを並べた店や、剣や槍のような武器を並べた店。地面に放置された桶や工具。人々の生活の跡。
ただ、そのどの店にも人影が無かった。通りも全体がガランとして活気が無い。
なるほど、確かに今は緊急事態らしい。
「あ、やばい。置いてかれる」
俺も少しは考えた。敵襲らしい。俺が行ったところで邪魔にしかならない。待ってた方がいいんじゃないか、と。
だが俺はその考えを捨て、マドレーヌさんたちを追うことにした。
マドレーヌさんの隣を、よく見知ったステージ衣装が走っていたから。
こうなると俺には選択肢など一つしかない。
案外、彼女たちの背中にはすぐに追いついた。
一人……ものすごく足を引っ張ってる人がいる。
「ぜ、ゼヒィ――……ゼヒィ――……ハァ……ウップっ……ゼヒィ――……」
「え、えっと……大丈夫ですか? マドレーヌさん?」
「し、しんぱい、にはっ! および、ま……ゼヒィ――」
「もう少しです。頑張ってください、司祭」
懸命に走るマドレーヌさんと、周りで励ましてるツキシオや神官服たち。
サライが流れそうだ。
まぁ、走るの苦手な人だっているよな。
考えが足りなかった。
その走るの苦手な人が、ここまで必死に走る理由まで、俺には想像できていなかった。
その西門が見えてきた頃。俺はようやくその理由を思い知る。
飛び交う怒号。舞う砂埃と打撃音。
これは……”血の匂い”というやつか。生理的に受け付けない。
目の前に広がっていたのは、戦場だった。
「ぜひっ……ぜーー……っつ! じょ、状況を!」
マドレーヌさんが、息を整えるのも待たずに声を張り上げる。
その場所は、十数人からなる甲冑を着込んだ兵士が横並びに壁を作って守っていた。
西門という単語から連想される強固な門扉からはかけ離れた、簡易的な木製の門。
俺は……率直に言って後悔した。なにも考えずについてきていい場所じゃない。
腕から血を流してる奴、砂まみれの兵士、倒れてる奴もいる。
ここは俺の知らない世界だ。テレビの中でしか見たことがない世界。
戦場を裂いた声に反応して、一人の兵士が即座に彼女へ走り寄る。
繊細な意匠が彫り込まれた銀色の甲冑。身を覆うほどの大盾。他の兵士とは一線を画すその装備は隊長格を思わせる。
「……マドレーヌちゃん! 待ってたわよっ! もう、キリがなくて、こいつらっ!!」
ん……あれ?
男性の声……だよな?
いや、男性には間違いない。
ゆうに百八十を超える長身に、鎧を着ててもわかる鍛えられた筋肉。鋭い眼光と言葉使いは合ってないが。
そしていよいよ、俺はここが異世界だと認めざるを得なかった。
ハリウッド俳優顔負けのブロンドと整った顔立ち、そして特徴的な尖った耳……エルフだ、この人。
「ビステッカ隊長っ! 魔族の、……ごほっ! しゅ、げき……と……」
「とりあえず落ち着いてマドレーヌちゃん。まだ本体は来ていないわ! でも、あの様子だもの……十中八九間違いないと思うわ」
そうだ、なに呆けてるんだ俺。襲撃されてるんだ。
あれ、ツキシオはどこに……?
「わ、すごっ! でっかいイノシシ!!」
でかい……イノシシ?
ツキシオが見ているのは門の外、壁を作る兵士たちの更に先だった。
「マジか……なんだ、あれ……」
俺は目を疑った。
でかい……確かにでかい。俺の想像の少なくとも十倍は。
木の幹を思わせる野太い足に、重機かトラックを思わせる巨体が載っている。正面に突き出た鼻が人の顔の何倍もある。
イノシシは危険な生き物だと聞いたことがある。子供であるうり坊の近くには母イノシシがいるから近寄るな、とも。
冗談じゃない、なんだこの生き物は?!
こんなのと今まで戦ってたのか?! この人たちは!
「ジャイアントボア! くっ、三匹も……」
マドレーヌさんがジャイアントボアと呼んだこの生き物。
信じられないことに、そのジャイアントボアの側には、何匹もの絶命し倒れたものも横たわっていた。
すげぇ……倒してる。こんな化け物みたいな生き物を。町を守ってる。
ただ……とても正気には見えないんだが、コイツら。
目は血走って真っ赤に染まり、ひっきりなしにダラダラと涎が地面に垂れてる。身体中に刻まれた刀傷や突き刺さった矢を気にも留めていない。
もちろん俺はコイツらを見たのは始めてだ。こういう生き物な可能性もあるが……いや、どう見ても普通じゃないだろ。
それでも、俺はわかっていなかった。
危機感というものの本質が。
危機とは、その敵意が自分に向けられる可能性のこと。危機感とは自分が標的に成り得る想定。
この期に及んで、まだ俺は傍観者のつもりでいた。
一瞬のことだった。
三匹の中央にいた一番前のジャイアントボアが突然地面に頭をこすりつける。いや、そう見えた。
次の瞬間に響く爆音と土煙。そして飛び散る石のつぶて。
それが攻撃だと気づいたのはその時だった。
人の腕くらいはあろうかという牙が地面を抉り、力任せにひっくり返された地面がまるで散弾のように襲い掛かる。
ここにいる中で一番小さく、華奢で、防具らしきものすら着けていない。
一番弱そうな、ツキシオへ向かって。
次話 魔族、アヴァンツィ




