3.魔族、アヴァンツィ
◇3.魔族、アヴァンツィ
「詠唱歌姫!!」
マドレーヌさんの悲鳴が耳をつんざく。
全てがスローモーションみたいだった。
予備動作見切っていたエルフの隊長は咄嗟にマドレーヌさんを自分の盾に引き入れた。瞬時に防御態勢を取る兵士たち。
俺とツキシオだけが、無防備だった。
真っ直ぐにツキシオへ襲いかかる無数のつぶて。
俺の体は、反応すら出来なかった。意識だけが必死に"推しを守れ"と叫ぶ。
だが、それに反応してくれる反射神経も、飛んでいくつぶてに追いつける運動能力も、俺は持ち合わせていなかった。
見ていることしか出来ない。
ひとつでも当たれば、致命傷。そんな凶悪な散弾がツキシオを襲う。それを……。
「わっ……ちょっ……まっ…………んもう、危ないな、キミっ!!」
ツキシオは、視認してから全部避けた。
一瞬、場の空気が凍る。
忘れていた呼吸を思い出した時、腰から下の力が一気に抜けた。
よ、良かった……"ツキシオだった"。
彼女にはいくつもの二つ名があった。
”振り付け五倍速余裕アイドル” ”手拍子を先回りして舞う妖精” ”進む道を間違えた運動神経バグ”
そのいずれも彼女の規格外な運動神経を指すものだ。
旅行番組で元オリンピック代表選手と温泉卓球で互角に渡り合い、鬼ごっこの番組に出れば一人だけパルクールの会場と化す。
その運動神経……特にバグっている反射神経は異世界でも健在のようだ。
「もう! 危ないって言ってるでしょー!!」
再び飛んできた二撃目もなんなく躱す。
すごいな……俺の推しは。ここで見てるだけの俺と大違いだ。きっと彼女のような人が、"物語の主人公"なんだ。
「よ、避けてます……」
「え、えーっと……マドレーヌちゃん? もしかしてあの滅茶苦茶な動きしてる子が……」
「は、はい……今回の詠唱歌姫なんですけど……避けられるものなんですね、あれ……でも、チャンスです! ビステッカ隊長、これを」
「いいの? マドレーヌちゃん」
「はい。なにせ詠唱歌姫にまだ何も説明できていなくて……もう、実演した方が早いかと!」
「わかったわ!」
ツキシオがジャイアントボアを引き付けてる間に、マドレーヌさんがエルフの隊長に何かを渡している。
……小瓶、か?
「ちょっと、詠唱歌姫の子っ!!」
「え、あ、私?」
「そう! そのまま引きつけておいてちょーだい! 本体を炙りだすわ!」
エルフの隊長がぶん投げたその小瓶は、キレイな弧を描いてジャイアントボアの足元へ。そして地面に激突し、スタングレネードのように炸裂した。
瞬間的に広がる、淡い閃光。その優しい光はジャイアントボアの周囲をまとめて包み込む。
目の錯覚、ではないと思う。
ジャイアントボアから黒い"靄"のようなものが引き剥がされ、その光に溶けていった。
次第に、落ち着きを取り戻していくジャイアントボア。鎮静剤でも射たれたかのように大人しくなり、血走っていた目が色を取り戻していく。
だがそれは、終わりではなく始まりだった。
──ゾクリ
それは、今まで感じたことのない種類の寒気だった。
なんだ……アレ。
いつから……いた?
生き物というにはトゲトゲしく、長い手足を折りたたんだ濃紫の異形。ジッとこちらを見据える瞳に生気はなく、それでいてゾッとするほど冷たい。
そうだ。あの時、転がり込んで来た兵士。彼はこう言っていた。"魔族の襲撃"と。
魔族。
体は半透明で向こう側の景色がうっすら透けていて、殴ってなんとかできるような存在には見えない。
ただ、そこにいる。それだけで暗い穴ぐらへ引き込まれるような恐怖に襲われる。
ジャイアントボアは真の敵じゃなかった。
"アヴァンツィ……世界の脅威に対抗するため、貴方の歌が必要なのです"
こいつが……魔族──アヴァンツィ。
次話 二人の『夜紡ぎレゾナンス』




