13.夜のバザール~急転直下
◇夜のバザール~急転直下
昼間のメイン通りも十分活気に溢れてはいた。流石は大都市、人の数が違う。だが、ここ城下の街にはもうひとつ、勝るとも劣らない商業区画があった。
立ち並ぶ屋台の数々に食欲を直接刺激する香ばしい匂い。夜の帳が降りた街路をランプが幻想的に照らし、その下では酔っぱらい同士の怒号が飛び交う。
「おお、すごい活気だ……まさに冒険者の街って感じだな!」
「あら、いいわねその表現。でも昼間よりも更に治安が良くないわ。あまりアタシから離れないでちょうだい」
城下の街が誇る商業区画のひとつ、バザール。
その夜の顔は幻想と活気を背中合わせにしたような、神秘と混沌を同じ皿に盛り付けてしまったような……そんな不思議な場所だった。
「でもたしかに、ビステッカがいないとちょっと怖いよな、ここの雰囲気……」
「そうですねぇ。ですがビステッカ隊長の銀鎧を前にして、まだケンカ売ってくるようなアホはもうこの街にはいません。そうですよね、ビステッカ隊長」
「アナタがそう言うからわざわざ着替えたでしょ、マドレーヌちゃん」
「しれっと混ざっとる……」
ここでの夕食の提案はマドレーヌさんから。
"城にある銀鎧をビステッカに着せておけば安全ですから、夕食はバザールに行っても良いのではないでしょうか?"
ビステッカはこの手の話は断らない。というか、城の方に別の銀鎧があることの方が驚きだ。どう見ても特注なのに。
ビステッカが鎧を取りに行っている時間、宿で小休憩。それで入り口に再集合。
……普通に集合場所に生えてた。マドレーヌさん。
しかもいつものヒラヒラした白い神官服は着替え、フードを被った魔術師姿。
お忍びである。完全に遊びに来ている。
「あ、あそこの店がオススメですよ! ヘルシーなのにパンチもあって、しかもお安いんです!」
「マドレーヌ司祭はお詳しいんですね」
「そ……そんなことは、ないですよ? そんな気がしただけ! そう、気がしただけです!」
そして浮かれていらっしゃる。常習だな、この人。
まぁ知ってる人のオススメがあるなら、手早く決まった方がいいかな。
ちょっと、ツキシオの様子が気になるし。
武具屋では元気だな、と思ったけど、やっぱり違和感があるんだよな。ツキシオセンサーが反応している。
「いいかな、ビステッカ」
「もちろん。シオンちゃんもいいかしら?」
「え、あ……はい! えっと……?」
「決まりですね! それでは参りましょう!」
グイグイ行っちゃったけど、たぶん今の、ツキシオ聞いてなかった返事だぞ?
……聞いて、なかったよな?
なんか、城下の街に着いた直後みたいな感じじゃないか、ツキシオ。
ただ、他のみんなは気づいてないみたいだ。
暴走司祭に至っては早速スタッフに声をかけ、どう見ても勝手知ったる動きで奥のテーブルを確保している。常連であることを隠す気あるのか、この人。
「さて! 皆様、よろしければ料理が来る前に今後のスケジュールを整理しましょう!」
「旅に出るんですよね? そんで国を八つまわる。先代詠唱歌姫が魔族の王を封印した武具が各地にあるから、それを順に解放する、だっけ」
「え、ええ……そうなんですけど……」
「あらリクトちゃん、ちゃんと覚えてるわね。マドレーヌちゃん、アナタ、そうやってここを経費で落とそうとしてない?」
マドレーヌさんは……すぐ目が泳ぐので、わかりやすい。
◇
「さて、経費申請のために、今後の整理をしていきます」
「言いやがった、このネコミミ司祭……」
「はいまず、この旅の目的……引いてはシオン様を召喚した理由ですが、私たちの世界の住人では太刀打ちできない、魔族の王を再封印していただく為です。先代の詠唱歌姫の封印は四十年の月日で徐々に弱まり、その影響で魔族——アヴァンツィが今後、各地に出没し始めます」
「もういたのは、イレギュラーなんだっけ」
「はい、リクト様。本来は魔族出現の前に召喚し、準備をするはずでした。今回はイレギュラーにより少し前倒しで召喚の儀を行っています」
来て早々に“助けてください“だったもんな。
今思うとだいぶムチャだな。
「ですがシオン様の準備も整いましたので、明後日、大聖堂にて出発の式典を行います。その式典の中で大聖堂にある封印武具をシオン様が解放、これがひとつ目になります。封印武具の解放は、シオン様が魔族の王を封印する手段を得るのと同時に、先代の封印が弱まることを意味します。つまり、解放のたびに魔族は強くなります。あ、その品はこちらですよ、店員さん! あーきました、コレコレ! これです!」
料理が運ばれてくるたびにテンションを上げていくマドレーヌさん。
タルトが取り分けてくれてるが、流れが途切れるなぁ。
ただそれよりも……もっと気になるんだが、あれ。
「マドレーヌさん、あの……それ、お酒ですか?」
彼女の前に鎮座している、キンキンのジョッキに入った泡立つ琥珀。いや、こっちの世界では聖職者が禁酒するルールなんか無いのかもしれないが。
「御神酒です」
「……え?」
「ですから、これはお酒ではなく、神聖なる御神酒です。なにも問題はありません」
そんな泡立つ御神酒、聞いたことないが?
「はい、では、カンパーイ! 魔族は基本、封印武具の周囲に現れます。そして、シオン様が消滅させてしまえば、早々に復活はできません。ですので、新たな地に到着したらまずは魔族の掃討、そして解放が先代詠唱歌姫の文献に記されてる手順です……んぐっ……んぐっ……プハァー! ですが、解放自体、シオン様ならいつでもできますので、このあたりケースバイケースかと」
「でも……その先にいるはずの魔族まで、今回は現れた、ですか?」
「はい。シオン様が仰るとおりです。ですので、今回はかなり急ピッチで準備を進めさせて頂きました。申し訳ございませんシオン様。本来はもう少し余裕があるはずなのですが……」
こうやって整理すると……今回、イレギュラーだらけじゃないか?
いや、そもそも俺もイレギュラーか。
「ですが私たちも、歴代詠唱歌姫の文献以上の情報がないのです。シオン様たちが準備を進めている間、調査部隊を組織してピアット全域を調査しましたが……現時点では新たな魔族の出現はありませんでした」
「その報告はアタシも聞いているわ。だから、イレギュラーは慎重に備えつつも本来の封印武具の巡礼の手順を踏みましょう、というのが議会の決定ね」
「そういうことです……ですが! ここで私たちが沈んでいたら、それこそ魔族の思う壺! みなさん、とりあえず飲んで食べましょう! 大丈夫、経費です!」
なるほど……結構強引にいくタイプか、マドレーヌさん。
まぁ、言っていることにも一理あるな。
でもなぁ……状況は整理できたけど、推しと旅かぁ……。
朝起きたらツキシオがいて、道中もツキシオがいて、メシ食ったり買い物したりもツキシオがいるんだよな?
距離感大丈夫かな、俺。
ただでさえイレギュラーだなんだってあるのに、あんまり皆にも迷惑かけられないもんな。
あいつ、怖かったもんな。
あの、みんなが上位個体って呼んでたやつ。
——「ひっ! うう! うそ……、ひ、人がっ! 人同士が……! み、みなさん、やめて……やめてください!」
え……あ?
なんで、今あの光景が?
あれは……この世界に来て、唯一ツキシオが泣いていた場面だ。
上位個体の魔族が魔術を放って、西門で兵士たちが同士討ちを始めて……?
あ、あれ?
「リクト……リクト!」
「……え?」
「マドレーヌ司祭の正面から離れてください。こっち!」
タルトに引っ張られ、席の端の方へ誘導される。
そこにはすでに困った顔のツキシオもいた。
え? なに?
「聞いていらっしゃいますかっ! ビステッカ隊長っ!」
「っ……あー……逃げ遅れたわ」
ドン!という音と共に乱暴に置かれたジョッキと座った目。
あ、あれ? マドレーヌさん、まだ飲み始めたばかりじゃ……?
「もうダメみたいですね。マドレーヌ司祭、死ぬほどお酒弱いんです」
「あんな酒豪みたいなフリだったのに?!」
「いいえ、こっからなんです、面倒くさいのは。ビステッカ隊長は……もうダメです。手遅れです」
ちょっと待って。
マドレーヌさん、あんなナリで酒癖悪いの?
いや待て待て待て。それどころじゃないんだ。
ピアットに到着した時……一番最初、目に入るのは?
城門にいた大量の兵士だ。
魔具屋と武具屋、おかしかった場面。その場に共通であったもの……鎧、だ。
そしてこの場所、バザール。仕事上がりの大量の兵士がそのままの格好で飲んでる。
そして、さっきの場面。
……え?
いや、繋がる。繋がっちまうけど……え?
「……ビステッカ隊長! 聞いていただけますか? 私、今の仕事も、責任も! 生き甲斐を持ってやっております! 誇りを持っています! ですが……ですが! ひとつだけ、ひとつだけ納得できないのです! そんな規律も、ルールも無いのですよ? そんなものはないのに……なぜか皆さま、私に清らかさを、純潔さを求めるのです! 司祭ともなればそれが当然だ、とでもいうかのように! でも私は、私だって! 彼氏だって欲しいのです! いちゃいちゃしてみたいのです!」
「十二回目ね、この話……はい。はいはい、聞いてるわよ」
「司祭にだって浮いた話のひとつやふたつ、あってもいいではないですか! なんとなくだめ、っておかしくはないでしょうか?! おかしいですよね?」
「ええ、そうね。アタシもそう思うわー」
「そうなのです! おかしいのです! もうこんなの……お酒を恋人にするしかないじゃないですか!」
ちょっと、静かにしてもらえるかな?!
いやでも……もし。もしもだ。
思い過ごしならいい。でももし、この予想が当たっちまったら。
ツキシオが抱え込んでるものは……とてつもなく、重い。
ツキシオ、もしかして同士討ちの光景で、自分の使命に他人の命まで重ねてるんじゃ……?
「おまたせしましたー! こちら追加のエールになります!」
「そこにおいておいてくらはい!」
この時……気づいたのは、ツキシオだけだった。
まだスキルすら使用できない、なりたてのジョブ、シーフ。だが危機察知能力に長けたその本能だけが、危険を感じとっていた。
だが……それでも、それは遅かった。
「あぶないっ!!」
ツキシオが叫ぶのと同時、マドレーヌさんの前へエールを置いていた店員の……”顔面がドロリと溶け落ちた”。
深淵を覗き込んだような気持ち悪い穴だけがポッカリと顔面に張り付いている。
『存外と容易いのだな、詠唱歌姫』
穴の底から響くような薄ら寒い声。その声と共に穴から吐き出された、漆黒の魔弾。
すべてがスローモーションに見えた。
ほぼ、ゼロ距離から発射されたソレを、防ぐ術も、避ける術も。この場の誰もが持ち得ていなかった。
「いやぁぁぁぁあ! マドレーヌさんっ!!」
悲痛なツキシオの悲鳴が、酒場の喧騒をつんざいていた。
その悲鳴は……ツキシオが考えないようにしていた未来が、最悪の形で現実になったようだった。
次話 崖っぷち




