9 権利書
──現代
モンテ・シルヴァ鉱山
坑道西口Dライン シェルター
「おい、ちょっとまてよ。マイカ・ソロモンだって? それって、あのマイカ・ソロモンのことか?」
ケンがそう言うと、ミリーはゆっくり頷いた。
「『あの』ってどういう意味だよ。ここでの有名人なのか?」
ウェンがそう訊くと「有名っていうか、このコルドバ・タウンの大地主ってやつだな。この鉱山だって彼のものだ」
「じゃあ、その『権利書』って……」
「ええ、お察しのとおりよ」
「じゃあなんだ? それが理由で、ミリーはここに居るのか? なんでそれが『償い』なんだよ」
ウェンは眉間にシワをよせて言ったが、ケンの方は何か腑に落ちた表情だった。
「あのな、カーマイン。マイカ・ソロモンって言ったらこの街の大地主でも有名だが、違う意味でもかなり有名人なんだよ。この街のありとあらゆる犯罪、事件の裏で彼の名前が出てくるんだ。だが、絶対に逮捕されねぇ。どういう意味かわかるよな?」
「……なるほど」
ウェンは何度も首を縦に揺らした。
「テッサも、なんでそんなダメダメな息子に権利書を渡したんだよ」
ウェンが言った。
「彼女は……テッサが渡したわけではないの」
アーヘン・ハーゲン公国
エルデン・カッセル・シティ
──テッサと再会した日から20年後
ミリーはリューベック国際大学でデザインの講師をしていた。
授業が終わり帰り支度をしてから、キャンパスを歩いていると、背の高い30代の黒人男性が彼女の視界に入った。彼は隣りに居たこの大学の生徒になにか尋ねると、生徒が彼女を指さした。
彼がゆっくりとミリーの方へ向かってきた。
「ミリー・ファイですよね?」
ミリーはどこか見覚えのある彼の目に懐かしさを覚えた。
「お久しぶりです。僕はマイカ・ソロモン。大昔、母と一緒にお会いしたことがあります」
親しみやすそうな笑顔と声だったが、ミリーは少し警戒した。
「思い出したわ、マイカ。大きくなったわね。テッサは元気なの?」
「ええ。母は元気です。ただ、仕事が忙しくて来られなくて」
マイカは笑顔で答えた。
「そう。それで、あなたはどうしてここへ?」
ミリーがそう言うと「わかっているでしょ? 例のあれを返してもらいに来たんですよ」
マイカはまだ笑顔だったが妙に威圧的な声で言った。
「久しぶりなのでテッサに会いたいわ。彼女の連絡先をもらえないかしら?」
ミリーが話をそらそうとするとマイカの表情が変わった。
「面倒なことになる前に、早く渡したほうが良いですよ」
マイカはそう言って彼女の腕を強く掴んだ。
「あなた、部外者でしょ? 私が声を上げればすぐに警備員が来てあなたのほうが面倒なことになるわよ」
マイカは彼女を睨みつけたあと、ゆっくりと彼女の腕から手を離し降参のポーズを取って後ろに下がった。
「また会いましょう、先生!」
そう言って、マイカは去っていった。
ミリーは先ほど彼と話している間に彼のUNIから抜き取ったデータを自分のUNIに移動させた。
そして、テッサ・ジョーンズを検索した。彼女の連絡先がヒットしたのでその情報を下に現在の居場所を検索した。
「そんな、まさか……これは、共同墓地だわ。彼女に一体何があったの」
ミリーは普段、アルタリだからといってこのようなハッキングまがいなことはしないようにしてきたが、今回はすぐにでもテッサ・ジョーンズについて知る必要があった。
ミリーは一瞬でこの街の個人情報にアクセスし、その中から彼女の情報を探し当てた。
「交通事故? ですって。そんな今の時代にありえないわ」
さらに警察の情報にまでアクセスを試みた。だが途中で強固なファイアウォールに引っかかったためにすべての情報は得られなかった。どうやら息子のマイカ・ソロモンの証言によって警察は事故死と断定したようだった。
それから1週間ほど経った後、帰宅すると家が荒らされており、壁には
〈権利書を渡さないと次はお前の首だ〉
そう書かれていた。警察に相談しようとも思ったが、この権利書がテッサ・ジョーンズのものである以上、法的にも実の息子である彼のものになってしまう。いっそのこと、この権利書を破壊してしまおうかと思ったが、テッサがこれを自分に託したあの日の顔が頭から離れなかった。
何日も考えあぐねているうちに時間切れになった。
彼は案の定、警察を使った。もう成すすべもなく、ミリーは権利書の入ったメモリーカードを彼に渡した。
その時の彼の勝ち誇ったような表情、その目はテッサと同じ色の深い緑色の目だった。
それから数カ月後、彼女のもとにとある老婆が訪ねてきた。
彼女はテッサが昔住んでいたアパートの大家をしていて、彼女が亡くなる数年前にもし自分に何かあったらミリー・ファイと言う女性に渡してほしいと頼まれていたのだった。
「これを受け取った後、アタシは病気になってしまってしばらく入院していたもんだから、こんなに遅くなってしまったんだ。悪かったねぇ。彼女は本当にいい人でね。暴力夫から逃げてきた女性や迫害を受けている人たちをたくさん助けていたんだよ。本当はそのためのシェルターも作ったんだけど、戦時中の政府に没収されてしまったらしい」
老婆は目に涙を浮かべて話すと、傷だらけのUNIをミリーに手渡して去っていった。
「テッサ、私に一体何を遺したのかしら……」
ミリーはソファーに腰を下ろして彼女のUNIにそっと手を触れた。その瞬間に彼女の脳内に沢山の情報がダウンロードされた。
「そうだったの。わかったわ」
そう呟くとミリーは何かを決心したような表情で立ち上がり、棚の奥からスーツケースを取り出した。




